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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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前川喜平・文科省元事務次官を証人喚問せよ! 

 文科省の元事務次官(事務次官=省庁側のトップ)前川喜平氏が「加計学園問題に関する文部省内の文章はあった」と口を割っていますね。

 さらに記者会見を開き、証人喚問に応じる意向も示している。

 この意義を、加計学園問題そもそもの流れから簡単に説明するとこうです。



1 安倍首相は、規制緩和策の「国家戦略特区」を利用し、加計学園(学長が首相の友達)に獣医学部の新設を許可するよう文部科学省へ圧力をかけていたのではないか……という疑惑があがった。

2 証拠として「官邸の最高レベルの意向だ」などという文部省内の文章があり、それがリークされた。

3 文科省は「調べた結果、あんな文章はなかった。ありゃデタラメだ」と言った。

4 前川元事務次官が「いや、ああいう文章はあったよ」と口を割り、証人喚問に応じる意欲を示した。


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 加計学園問題の意義を突き詰めて言うと、

「既得権益を打破すると言われて進められた『岩盤規制の緩和』そのものが、既得権益である可能性を象徴的に表していること」

 です。

 だから、これはとてもとても重要な問題なのです。



 まず、この問題で「従来的な規制緩和論」の「岩盤規制をかける者」として想定されているのは「文部科学省」でしょう。

 そして、「既得権益」として想定されるのは「既に獣医学部のある大学」ということになります。

 で、文部科学省の張っていた「岩盤規制」が「緩和」されると、「既に獣医学部のある大学だけが持っていた獣医学部をやるという既得権益」が打破されて、「他の大学にも獣医学部をやるチャンス」が巡ってくる。

 そうなると、「獣医学部」の「供給」が増える。

 供給が増えると「獣医学部」の競争が起こって、経済的にも合理的になる。

 これが従来的な「岩盤規制を打破する」的な規制緩和論の筋ということになり、また、これがグローバリズムの「競争力」の筋にも繋がってきた。

(さらに言えば、この「規制緩和論」「グローバルな競争力」の筋は、「アメリカへ市場を開放することに対する屈服感を和らげる大衆的効果」とも繋がりがあったのです。)



 そして政治的には、こうした「規制緩和論」を「政治主導」で行うことが「民主的」で「合理的」で「正しいのだ」というような筋が張られてきました。

 しかしこれは、小泉政権、民主党政権を経て、おおむね失敗に終わったのが歴史であった。

 それでも、安倍首相ご自身を含めた「大衆」は、もはやこの「規制緩和」「政治主導」の「物語」を無自覚レベルで大前提しているので、国家戦略特区のような政策も大して違和感なく受け入れられてしまっていたのです。



 しかし、加計学園問題では、その従来の規制緩和論で「敵」と想定されていた「規制をかける者側(官僚側)」が反逆を起こした。

 それが前川喜平元事務次官ということになります。

 これは画期的なことなのです。

 だって、「岩盤規制を緩和する者としての官邸と専門家(政治主導や産業競争力会議的なモノ)」に対して「岩盤規制を敷く者(官僚や産業構造)」が刃向かう……というストーリーは、他で見たことがありません。

 私は純粋に、この「岩盤規制を敷く者(官僚や産業構造)」が「岩盤規制を緩和する者(政治主導や産業競争力会議的なモノ)」へ刃向かうところを応援したいと強く強く思うのです。



 もちろん、加計学園問題についてそういう応援の仕方をしている人はまれで、単に「安倍首相が気に食わない」というモチベーションで叩く人間が多数であることは承知しています。

 また、そうした連中は「安倍叩き」と同時に「官僚叩き」「自民党叩き」「既得権益叩き」にも「ヘイト」を燃やすことも承知しています。

 が、単なる安倍叩きのヘイトでも、上記ストーリーを完成させる力学となるならば肯定的に見ておこうとは思えます。

(※そこが、この問題の森友学園問題とは違うところです)



 逆に、ここで前川氏の人となりを「天下りモノだ」とか「出会いバーに行っていたヤツ」などとして文句をつけ、安倍擁護に回るのは卑怯です。

 というのも、(第一に「天下り」がそんなに悪いことであるとも思わないというのもあるのですが)ここではこの人自体がどのような人物であるかは関係がない。

 前川氏が「かつて文部科学省のトップであった」という事実は事実なのであり、その上で加計学園問題の「官邸の意向だ」という文章について知っているというなら、それだけで重大な証言と言えますでしょう。

 そんなに嘘だというなら証人喚問すれば良いのです。



 あるいは、「中国からカネを貰っているに違いない」みたいな話に至っては言いがかりでしかありませんね。

 こうした前川バッシングは「ホシュの安倍擁護」に加えて「規制緩和論擁護」の力学も織り交ざっているように見えます。



 ◇◆◇



 もっとも、私は「証拠不十分」や「これでは首相の責任とまでは言えない」という筋での首相擁護ならば、論理的には整合すると思うのですよ?

 しかし、規制緩和論を前提にした人間が、安倍擁護のホシュ派に媚びを売るように「前川氏は中国、韓国からカネをもらっているに違いない。それだけ安倍さんが怖いのだ」みたいなことを言うのは、まったく噴飯ものと言う他ないのです。


(了)


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加計学園問題は、安倍政権が「政府の国家権力を放棄する」問題である 

 世論では、何か

「安倍政権が強権を振るって政府機関を扶養し、我々国民(自分)を圧迫している!」

 という筋での「不満」を述べ立てる者があります。

 あるいは逆に、

「安倍政権が強権を振るって政府機関を扶養し、我々国民(自分)を守ってくれているのだ」

 と擁護する者もある。



 しかし、それは両方間違っているのです。

 だって、安倍政権のおおよその実際は、

「強権を振るって、政府機関から権力を剥奪している」

 のですから。

 そして、こうした「政府機関から権力を剥奪すること」は、実のところ国家そのものを毀損することでもあるから「問題」なのです。

 ここらへんのところ、よくよく考えていただきたいところです。


(ちなみに、これを「安倍政権は、政府機関から権力を剥奪しているから良いのだ」という連中もいるので話がややこしくなる。と、言うか、こういうやつが一番多い気もするし、私が一番ムカつくのもこういう連中)


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炎


 まず、世論の大衆的気分としては、以下の前提がほぼ無自覚に敷かれています。


1 国家権力や政府機関からは、その権限を剥奪した方が民主的で楽チンできる。

2 時の政治権力は、国家権力や政府機関を扶養しようとするもので、これによって個人が国家に縛り付けられてしまいそうで嫌だ。 

3 故に、強権的な政権は、国家権力、政治権力を扶養しようとする。これが嫌だ。


 ……そういう物語を前提しているから、「手続き的に強権的な感じのある安倍政権」については、当然、「国家権力、政府権力を扶養している者」として捉え、その前提の上で「支持」だの「不支持」だのと騒いでいる。

 しかし、それはまず前提が間違っているから、ちゃんちゃらおかしな話になっているわけです。



 例えば昨今、加計学園問題というのが持ちあがっていますが、あの問題の筋は、

「文科省という政府機関の、『今、日本国家で獣医学部の増設が必要かどうか』の判断と設立許可を施す集権的国家権力」

 を、首相の地位を利用して都合のいいふうに剥奪したんじゃねえの?……という疑惑でしょう。

 つまり、

「規制緩和」=「政府機関が国家権力を手放すこと」

 を、首相の都合の良いふうにしたんじゃないの?……という疑惑じゃないですか。

 これを国家戦略特区という「一定区域において強権的に国家権力を手放すことができる」という政策を利用して行っている……という話なわけでしょう。

(つまり、竹中平蔵のパソナが戦略特区を利用して外国人家政婦を派遣している筋と同様なのです。)


 ・


 だから、加計学園問題は「規制緩和論者」や「規制緩和という言葉を知らなくても、その物語を前提している大衆」からも「安倍擁護」の力学として現れるのであります。

 故に、案の定あまり燃え上がっていない。

(リベラルはリベラルで共謀罪でもちきりですし。)

 大衆動向として森友学園と違うのはそこらへんなのです。

 何度も言っていますが、「森友学園問題は大衆にとって都合が良いもの」で、加計学園問題は「大衆にとって都合の悪いもの」なのです。

 森友学園問題を騒げば「戦前コスプレ保守」を「踏み絵」にして政府が国民(自分)を制限してくるのを牽制できる……という「大衆的都合の良さ」があるわけですが、加計学園問題を騒ぐとこれは今まで自分達が請求してきた論筋上の疑獄であるから大衆的に都合が悪いのです。


 ・


 この大衆力学に抗うためには、安倍政権一般の問題が、

「強権を振るって、政府機関から権力を剥奪していること」

 だという根本的な理解が必要になります。

 それはすなわち、「安倍政権の問題」とはイコール「平成の大衆の問題である」と反省することと同義なのです。



 ……もちろん、誰もそんな反省はしないに決まっているでしょうけれど。


(了)

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国家戦略特区のガキ性 

 国家戦略特区のガキ性は、

 特定の区域で「政府が統治権力を手放す」

 ことによって、「グローバルな競争力をつける」

 という思想構造にあります。



 これは単に、

「労働者をコキ使えるように、労働者を保護する法律を緩和する区域としての問題」

 ということに留まらない。



 むしろ、平成で言われてきた「経済思想」を、集約して純粋化したものが国家戦略特区というものだというふうに見ておくのが適切なのです。



 そのストーリーは、「規制緩和」で日本の構造を改革して、経済におけるグローバルな競争に勝つ……というもの。

 そして、これは人生で一度も「規制緩和」「構造改革」「グローバリズム」などという言葉を使わなかったり、大して意味を把握していない者でも、

 社会人としての「処世」

 で、そのストーリーを前提して時事諸々を語ってきたのであります。

 その上、大衆はそのような前提で集約された「改革」が民主的に断行されてゆかないことに不満を述べ立てたりさえした。


ゴリラ



 平成大衆市民は、自分が恩恵に授かっている既得権益以外の既得権益を「ズルい!」と述べ立ててきました。

 で、「政治権力が既得権を構成し、経済合理性を阻害している」という経済ジャーナリズム的な物語を好む。



 また、国内の既得権益の打破の理論は、常にグローバリズムを引き連れてきた。

 この辺りは、「日米構造協議」や「年次改革要望書」など以来の関係性であるから、

「冷戦構造が弱まった中でも、徴兵される確率を1%でも下げておきたいからアメリカに軍事依存しておきたいので、市場開放で屈服しておこうとする力学を、グローバリズムの想定でゴマかしておく」

 ために、規制緩和の方向性に合理性を付与してきたのかもしれない。


 なので、

1 「規制緩和構造改革で既得権益を壊したい」→「グローバリズム」

2 「グローバリズムで徴兵される確率を1%でも下げておきたい」→「規制緩和、構造改革へ合理性を言う」

 という二つの大衆力学が、この方向性を押し進めていった。

 少なくとも、私には平成という時代はそのように見えた。



 そして、この平成の時代を用意したのは、丸山正男的な「日本的な組織を脱して、近代民主主義の合理性を極めるべき」という民主主義的なインテリ思想でもあった。

 政治における民主主義の徹底は、経済における民主主義の徹底とほぼ構造としては同じなのです。


 ・


 しかし、よくよく考えてみれば、真の日本の庶民の生活は「政治的な既得権益」の中にあったのです。

 各地方共同体や産業の構造に「政治的既得権益」として残された「封建的前提」が、政治の基盤になり、市場経済の土台にもなっていた。

 そこから切り離された「バラバラな大衆」は、原理的に言うと「どうなってもいい者」でしょう。

 だって、国民が国民であるのは、国民的な慣習を土地や共同体、組織などに埋め込まれて存在しているからであって、そこから切り離されて「バラバラの大衆」と堕したならば、「単に日本国籍を持った人間」ということになるから、そんな連中が別に死のうが生きようがどうでもイイじゃないですか。


 ・


 第一、既得権を打破してそこから個人として自由になりたい……だんて思想を好むのは、10代後半から20前後のガキの仕方というものです。

 10代後半から20前後のガキは、自分を縛る前提がいかに不合理であり不条理であるかという屁理屈を述べ立て、そこから自由になりたいということばかりを請求するものでしょう。

 子供なら仕方ありませんが、それを大人になっても続けているのが「平成の大人」なのです。



(了)

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加計学園問題でこそ安倍叩きをやるべき! 

 私は、森友学園問題での安倍首相叩きの方は、その騒ぎ方に「卑劣」なものがあったと思っています。

 それは別に安倍首相や森友学園を擁護したくて言うのではなくって、疑惑の筋そのもののショボさに反比例してあれだけ騒ぐということは「コスプレ的な戦前を踏み絵にして、政府を制限し、国家に縛られないようにしておこう」という大衆の都合の力学がその背景にあったようにしか見えないからです。

 それは本当に、(汚い言い方ですみませんが)ウンコみたいな精神集合体なのですよ。



 しかし、一方。

 第二の森友学園問題とも言われる

「加計学園問題」

 は、騒ぐべきです!

 これで安倍首相を叩くべきです!

 積極的に「炎上」すべきです!



 そもそも、森友騒ぎで安倍内閣が潰れても潰れなくても何一つ意味なんてなかった。

 が、仮に加計学園問題で安倍内閣が潰れれば、これは日本国家にとって大きな意味を持つでしょう。

 また、もしこれで安倍内閣が潰れはしなかったとしても、加計学園問題が騒がれる「度合い」は森友学園騒ぎを凌駕しなければならないはずなのです。


月光工場


 もっとも、現時点ではこの加計学園問題とて、確かに疑獄の筋としてはショボいし、朝日新聞の「文科省内部文書」とやらが本当かどうかは知れない。

 でも、たとえ内部文書がどうであっても疑獄の筋は残るのです。

 また、証拠というのは本当とエセが混ざるものでもあるはずで、仮に一つがエセだからと言って、その次が本当でないという話にはなりませんでしょう。

 それに、日本国民は森友学園であれだけ大騒ぎしたのであるから、当然、これくらいの無理筋でも同等に騒いでもらわなければ困る。



 森友学園は、無理筋な疑獄を騒ぐことで「戦前コスプレ右翼」を「踏み絵」にして「政府を制限」して「徴兵される確率を1%でもさげておこうとする」みたいな「無自覚的な大衆の都合」の力学が確かにあった。

 ならば、加計学園の無理筋な疑獄でも、「国家戦略特区」を「踏み絵」にして「規制緩和、構造改革、自由貿易主義的なものを反省しておこう」という力学にすることは理論上『可能』なはずです。


 ・


 ただ、もちろんこれは「理論上には可能」ということであって、おそらく「加計学園問題」は「森友学園問題」に比して100分の1くらいにしか燃え上がらないでしょう。

 何故なら大衆にとって、

X「戦前コスプレ右翼を踏み絵にして政府が個人(自分)を制限しないように牽制する」

 ことの方が、

Y「国家戦略特区を踏み絵にして規制緩和、構造改革、自由貿易主義的なものを反省する」

 ことよりも100倍気になることだからです。


 すなわち、この砂鉄のようにバラバラな大衆の個々の無自覚な都合上、

X:Y
 =
100:1
 =
「森友学園問題の燃度」:「加計学園の燃度」

 というくらいなもんでしょう。

 本当に、どーせその程度なんです。



 私は本当に、こうした大衆クソ力学をどうしたら駆逐できるか……という類いのことばかりを考えているのです。

 もし仮に万が一、加計学園問題が森友学園問題騒ぎ以上の炎上の体を見せたら、そういう意味でも大きなことだと思います。


(了)

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