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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

      TOP > ARCHIVE - 2012年08月  
  

韓国大統領 

 韓国大統領の、天皇への失言。これはただですましちゃならんと考える。
 竹島侵入も重大な問題であるのは勿論であるが、これはさらにわけが違う。

 日本の領土問題の意識の低さが叫ばれているが、土地という物理的な物への関心が無いというよりは、前提として「領土を保有する国家に対しての意識が低い」ということなのではなかろうか。
 つまり、『領土』というくらいだから、「土地を領有する主体」が無ければ領土にならない。領土を領有する主体は、言うまでもなく国家である。まず国家が領有している土地を、私有財産として個人が持ったり、政府が公共物として管理したりしているだけで、『領土の領有』は国家にしかできないのだ。
 そうなると、『国境』には、物理的な土地の境界線よりも、「国家意識」という精神的、概念的な境界線が先にあってこそ存在するということになる。
 当たり前のことである。
 国家が無ければ領土を保有することはできない。故に、国家意識が薄ければ、領土意識も薄いに決まっているのだ。

 さらに、領土を『我が国固有の』というというように歴史性から主張する事から見ても、国家が「歴史的な存在」であることは明らかだ。あるとき突然国家なるものが天から降ってきたりなどするわけがなく、国家は国家として、世代を越えて存在するからこそ、「国家だ」と共通認識を持てる。
 領土というものが国家の歴史とともにあるからこそ、「我が国固有の」という論理がなりたつのである。

 そして、その領土を領有したる『国家』あるいは『国家の歴史』の根本に、天皇の存在が大きくあるということは、言うまでもないことであろう。
 天皇は「日本を歴史的に定義するもの」であるし、「日本国民を定義するもの」でもある。つまり、日本という国家の歴史的な意識は大部分において天皇に依っているということだ。

 そうなると、日本が国家として領土を保有する『主体』と成りうる正当性は、天皇に依っているということである。

 たとえば、俺が日本国内で、「九州に新政府作ります。選挙は俺の下で執り行い、領土も我々が領有しますので、此方に従ってください」とか言っても誰も相手にしないだろう。「国民主権」ということならばこれでも構わないはずなのに何故か。当たり前だけど、「天皇がいるかいないか」である。

 だが、天皇という国家の歴史的正当性そのものを侮辱され、そのままにしておけば、領土を保有する主体としての正当性と権威のほうが先に傷つけられることになる。
 だからこそ、これは領土問題に先んじる問題なのである。

 韓国と、韓国大統領をただで済ましてはならない。天皇の権威は、日本の権威である。国家の歴史的な根幹である。そこにヘラヘラと無礼を働いたのだから、それ相応の処置が必要なのは当然だろう。



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Category: 政治

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