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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

      TOP > ARCHIVE - 2017年03月  
  

種子法廃止に反対 


 種子法廃止法案が3月23日衆議院農林水産委員会で可決したそうです。

 種子法というのは、『主要農作物種子法』というもので、

【第一条  この法律は、主要農作物の優良な種子の生産及び普及を促進するため、種子の生産についてほ場審査その他の措置を行うことを目的とする。 】

 ものです。

 主要農産物とは、「稲、大麦、はだか麦、小麦及び大豆」と規定されています。

 これまで、都道府県が、これらの種子に対する審査、生産物の審査を行ってきたものです。

 そして、種子の国家的自給を担保するものでもあった。


 しかし、これが「種子事業に対する民間の参入を阻害している」ということで、廃止されるというのがこのたびの「種子法廃止」です。

 当ブログはこの「種子法廃止」に反対致します。


 これは例の、「政府の権限をはく奪して、民間の自由にすればイイものができる」という理論を、国家的に保護しなければならない領域に関しても、なんでもかんでも適用する平成の悪弊です。
 そして、そこには「外資の参入をしやすくする」ことを肯定的に見る価値観が内包されている。

 帰結としては、価格競争になり質の担保が保持されなくなる懸念があるとともに、食料自給の根幹が毀損されるものである懸念もあります。


参考

主要農作物種子法
http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxselect.cgi?IDX_OPT=3&H_NAME=&H_NAME_YOMI=%82%A0&H_RYAKU=1&H_CTG=1&H_YOMI_GUN=1&H_CTG_GUN=1&H_NO_GENGO=S&H_NO_YEAR=27&H_NO_TYPE=2&H_FILE_NAME=S27HO131

【種子法廃止】種子の自給は農民の自立
http://www.jacom.or.jp/nousei/closeup/2017/170330-32373.php


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『自由貿易主義への偏執は、もう誰も国家のことを考えなくなっている証拠』 


 昨年、イギリスのEU離脱やトランプの当選などによって、世界は「自由貿易推進」から「国内産業の保護」が赤裸々に求められる流れになることが明瞭になってきました。

 すなわち、グローバリズム経済というのがキレイごととしても成り立たなくなって、経済にはナショナリズムの土台が不可欠である……ということが、かなり表面上にも噴出してきているということです。

 しかし、相変わらず日本では「自由貿易礼賛」の空気が大勢を占めているようです。


 例えば先週、安倍首相はEU各国を周り、「EU統合への支持」と「保護貿易への懸念」及び「自由貿易の推進」を訴えたそうです。


http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170321/k10010919501000.html
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3009020.html
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00353025.html


 この関係性は整理するとこうなります。


1、アメリカやイギリスは「自由貿易が国内産業を空洞化させる」ことに対する懸念を、かなり赤裸々に表明するようになってきている。

2、日本政府は「(アメリカやイギリスを始め)世界が保護貿易化する」ことに対する懸念を示し、世界に対して自由貿易路線を訴えている。


 もちろん、日本はとりわけ21世紀には一貫して過激な自由貿易路線を突き進んできたわけですが、今日の関係性は去年の前半までとは局面が変わっています。
 それは、トランプ大統領の誕生で位置取りが切り替わっているからです。

 そもそも、トランプ大統領の当選前は、少なくとも以下のような可能性が(ギリギリのところで)成り立っていた。

 すなわち、

1、アメリカは「自由貿易」を推進している。

2、ゆえに、日本も「自由貿易」を推進している。

 と。

 であるから、外国視点からは、

「日本の自由貿易推進が、単なる国際的なポーズであり、本心は自国産業を保護することも考えているには違いない」

 というふうに見てもらえることもできたでしょう。

 もちろん、日本人はもうとっくに誰も本気で日本国家を千年続けようとは思っていないので、本当はそんなことは誰も考えていないのですが、少なくとも昭和期くらいまでは(何やかんや言いながら)日本もちゃんと国家のことを考える国であったし、外人からすれば、「当然、日本もそれなりに日本国家のことを考えて自国産業保護のことを考えているに違いない」と、ある程度勘違いしていくれていたところもあったはずなのです。

 しかし、トランプの当選でアメリカが「自国産業の保護」を赤裸々に言い出したにもかかわらず――つまり、「自由貿易主義による世界市場の統一」というのがキレイごととしてすら通用しなくなってきたにもかかわらず――まだこうも「自由貿易、自由貿易」と自由貿易を「進歩の光の先」と強調して憚らないとなると、どういうことになるか。

 それは、日本はもう自国産業を保護するという国家的な観点を持ち合わせておらず、誰に強制されているわけでもなく「自由市場主義による世界市場の統一の経済理論へ、国家主権を譲渡しようと本気で考えている」のであり、つまり誰も本気で全体として日本国家を続けていこうとは思っていない……ということが、外国にバレてしまうということです。

 こういうことが理解されるであろう……と想像できるのは、他国でもそれなりにナショナリズムが失われてきていることが想像されるからですが(本当にナショナリズムがあれば、本当にナショナリズムがないという状態を本当には理解できない)、それでも日本ほどナショナリズムの失われた先進国は無いであろうとも察知されるからです。
 その証拠に、各国それなりに自由貿易への反発があるわけですから。

 そうなると、それまで勘違いしてくれていた部分と、かつての強いナショナリズムを誇った日本のイメージも相まって警戒していた部分が、もはやハリボテだということが露呈したということにもなるのですから、外国からすれば経済的にも、軍事的にも、日本を喰っていくのに躊躇はいらないということになりますでしょう。


 これは、首相ご自身が「本気で日本を千年続けて行こうとは思っていない」ということでもあるのですが、首相のこの感覚は、どうやら日本の平均的な人たちの平均的感覚とほぼ一致しているようでもあるのです。

 だって、トランプ大統領が当選し「アメリカが必ずしも自由貿易の進歩観にコミットしない」ということになった瞬間、日本人は何をどう考えて良いか、どう喋って良いか、しばらく右往左往した後、結局それまでの思考体系にしがみつくという形で決着をつける他なかったわけでしょう。

 つまり、首相の国際経済観は、この日本のそこかしこで言われている国際経済観のごく平均的なものと見事一致しているのです。

 つまり、誰もナショナリズムを基礎に「強きも弱きも日本として連帯しよう」と思っていないので、「自分たちの産業構造を再構築しよう」などとも思っておらず、「ただそれぞれ各々が浮いたり沈んだりすること」だけが最大の関心事であるから、「外国企業の参入から国内産業を保護する必要性」も「価値」として想定外なのでしょ?

 そういう人々にはそういう人々にふさわしい政治――つまり、国家にこだわらない政治――がもたらされるというのも、現代が「民主主義」の世の中というのであればまったく当然至極のことでしょう。

 そして、国家の経済はナショナリズム抜きに発達し得ないのであるから、昨今の経済的な没落に際する苦しみもまったく自業自得としか言われないのです。


(了)


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eコマースと宅配事業 



 eコマースが宅配事業を圧迫している……という問題が、注目を集めています。

 とりわけ、ヤマトが通販宅配の総量規制を敷く方針を固めて、世間でもかなりメジャーな話題になってきているようです。
(ヤマトの労組も会社側もエライと思う)

 私は、この問題は結構「ツボ」だと思うので、しばらくこれについて特に論を深めてゆくことにしました。

 そもそも私は、現在の日本国家全体の経済力の増強のためには、「土建」や「物流」といった産業がかなり重要になってくるはずだと思うのです。

 そしてこれを機に、この問題をみんなでもっともっと強調して、日本経済界全体で大議論がされればそれは国益なんだと思います。




 そういうわけで今日はとりあえず、考えるべき領域について、四区分してみました。




1、「実際の把握」

 まず、今起こっている「eコマースによる宅配サービスへの圧迫」の実際をもっと見極めて解釈する必要があります。



2、「物流の産業構造改革についての反省」

 次に、この問題が、平成日本人の「国家における物流組織」を蔑ろした態度そのものを示している可能性を見る必要があります。

 そもそも、少なくとも十年くらい前(私が学生だった頃)には既に、「物流の産業構造改革」というのが世間で盛んに言われておりました。

 簡単に言えば、「日本の物流は中間業者がたくさんあって非効率で既得権益なので、アメリカ風に『生産』→『消費者』と直繋がりに近い形にしろ……」というふうにみーんな言ってたわけです。

 その最終形態がeコマースなわけでしょう。

 でも、この「宅配事業への圧迫」という問題によって、「そもそも物流の中間業者の構造を省いて消費価格を下げても、国家全体の経済の循環に悪影響を及ぼすこともありえるんじゃない?」というところまで議論が広がればいいなぁ……と思っています。



3、「価格についての思想」

 また、この問題が話題にされる時、一般に「適正価格」という言葉が使われ始めてます。

 これは平成日本人としては画期的なことです。

 だって、みんなこれまで「自由市場でついた価格が適正価格だ」っていう前提でいろいろ言ってきたわけでしょう。

 それがなかったことのように急に「適正価格」などと臆面もなく言えるのは実に面の皮が厚いことだなぁとは思う。

 けれど、これは価格についての思想転換を促す論筋を立てうる可能性があるように思われます。

 すなわち、「市場価格=適正価格ではない」と認められれば、政治的に相対価格を管理する必要があるという筋が立ち、『談合』や『産業組合』も時と場合によっては必要だという筋も立つからです。



4、「eコマースの大衆性、不健全性」

 そして、eコマースという事業形態そのものが、国民の大衆性を強めてしまう不健全性を持ち合わせているのではないか、という部分も考えられれば良いなと思います。



 以上、四つの領域について論の繋がるように組み立ててみようと思います。

 でも、そのためには物流について少し勉強しなきゃいけないですけれど。
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