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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

      TOP > ARCHIVE - 2017年05月  
  

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ネット言説は「評論家の劣化バージョン」なのか? 

 昔は、「評論家なんてのは、いかがわしい連中だ」というのは、生活民の常識だったそうな。

 そりゃあもっともで、普通に生きていれば評論家になんてならずに済むのであるし、第一、評論家がどのようにして成り立つかを考えてみれば、すぐに察しがつく。

 と言うのも、評論家という生業は、どう考えても「数」を動員しなければ成り立ちませんでしょう。

 そして、もともとの「権威」というものの代替として「数」に価値の移る力学が、大衆社会における重大な悪弊の一つでもあったのでした。

 だから、「評論家はいかがわしい」という生活民の常識はおおむね正しいと見ておくべきなのです。


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 そもそも、世の中に影響を与える者は、正統な権威というものが背景にあらねばならない。

 これは人類普遍の大原則です。

 影響を与えるということは「良い影響」と「悪い影響」があるわけで、それが「良い影響」であるための最終的な根拠はその地域における時間的な「慣習」と「権威」以外にないのですから。

 つまり、本来「政治的な領域への発言権」は、その地域における「暴力を祖に持つ特権階級」にのみ、付与されているべきものなのです。

 これは日本で言えば、かつての武士階級ということになるでしょう。

 で、世界が狭くなり、日本は近代化へ向かい150年以上たったわけですが、それでも可能な限りこの一大原則は保守されていなければならない……というのは日本生活民としての「底流の常識」としてあった。

 だから、維新後の政府、やむをえずしつらえた議会、官僚制度、経済制度、昭和期の軍組織を背景とした政府、戦後の「地方の既得権を背景とした自民党」と「中央官僚」という政治体制……などなども、

「暴力を祖にもつ特権階級……を祖にもつ権力」

 だったのです。


 ・


 これに対して、都市大衆市民の「不満」などに迎合して数を動員する存在が、評論家などのいわゆる「知識人」であった。

 評論家、知識人という職業は、地方や共同体や市民社会、産業社会に適合しないハグレ者が、わずかな知識を糧に生活したりチヤホヤしてもらうための一方策であった……と表現することもできます。

 この場合、 彼らを生活的に埋め込む人間組織は非常に希薄で、「暴力を祖にもつ特権階級……を祖にもつ権力」の体系からは一見して超然していることが多かった。

 哲学用語で言えば「疎外」の状態。

 疎外された知識人は「暴力を祖にもつ特権階級……を祖にもつ権力」と「被権力者たちの生活」を外から眺め、そこに「偏見(道徳)」と「矛盾」を指摘し、人々をびっくりさせ得意になっていたわけです。

 こういう「びっくり」によって、生活民の中から大衆性を喚起し、「偏見(道徳)」や「矛盾」や「権力」を打ち破ろうとするのが知識人のメジャーなスタイルであった。

 評論家、知識人がロクなものではないというのは、論理的に解釈すればこういうことなのであります。


 ・


 しかし、平成に入り「暴力を祖にもつ特権階級……を祖にもつ権力」 もいよいよ滅ぼされてしまった。

 政治制度改革と小泉純一郎によって自民党が壊され、行政改革によって官僚組織が壊され、その他構造改革で産業と地方が壊されて……と、日本の人間組織はもはや焼け野原といったザマです。



 これはまったくかつての評論家、知識人たちが望んだ状況でしょう。

 例えば、丸山正男の『であることとすること』という低劣な評論を高校で習いますね。

 上の「平成の諸改革」はまさにこの丸山正男の言う「すること」の社会を目指すために「であること」を破壊するものであった。

 言い換えれば、こうした知識人によって「啓蒙」された世代が社会の責任あるポジションにつくようになったのが平成という時代であり、平成の失われた30年は「ほんとうにその通りにやればこのような失敗が起こる」という順当なことが起こったにすぎないとも言える。

(加えて言えば、この世代は自分が国家社会のリソースの恩恵をたっぷり受けておきながら、なんら感謝の情もないだけではなく、これをぶち壊し、焼け野原を残して引退し、「日本人は勤勉さを失った」とか「今の若者は元気がない」とか「内向きでなく、世界へ出ていかなければならない」云々のたまっているわけで、そりゃあ嫌われて当然の世代だと言わざるをえないのです。)



 ただ、こうなってしまえば、かつての知識人的な生業も、成り立っていきません。

 皮肉なことに、壊す対象が本当に壊れてしまえば、壊す運動はその勢いを失い、生業としても存立しなくなるのです。

 でも、それで「めでたし」といかないのは、そんなかつての知識人たちの啓蒙は、現在ではおおよそ「社会人」としての常識として昇華されてしまっているからです。

 これは非常に深刻なことです。

 何故なら、その常識の上では国家の意識は百年続かず、国家の意識がなくなれば「社会」も存立しなくなり、厳密に言えば「社会人」が子供を作る正当性が無くなることになるからです。

 何故なら、継続しないことを前提とした社会の上で子供を作るのは、罪以外の何物でもないからです。


 ・


 そしてこれに対して、21世紀にはネットの言説というのも出てきましたね。

 マスメディアに根城を置く評論家に対して、ネット上の言説はかつての知識人の理屈に反を唱える様々な筋が繰り広げられてはきた。

 このブログもその末席を汚すものです。



 しかし私は、この「ネット上の言説」というやつにも希望を見いだすことはできません。

 希望を見いだせないどころか、これが非常に汚濁にまみれた低劣な様相を呈しているのも明らかです。

 特にスマートフォンやSNSなどの隆盛によりネット空間が急激に大衆化すると共に、その低劣さは右から左、上から下まで異臭を放つほどとなった。



 でも、それは当然と言えば当然なのです。

 だって、よくよく考えてみればこうしたネット上の言説は、かつての知識人の「大衆市民に向けての数の動員」という論理の繰り返しでもありますでしょう。

 ブログの「バズる」の論理などまさにそれです。

 さらに、知的な鍛練の無いぶん、ネット上の言説は「かつての知識人の劣化バージョン」とも言える。

 だからと言って、「反知性主義」などと言って知識人の知性を礼賛するのもチープこの上ないけれど、逆に、知性がないということが希望の根拠になるとも思われない。

 のみならず、ネット上の「生半可な知識」の表出が、実はかつて繰り返された知識人たちの議論の、非常に浅薄な部分を抽出し焼き直されたものに過ぎないなどということはよくあることでしょう。



 ・



 ならば我々生活民は黙っているのが最も良い……とも思われるが、それは「暴力を祖にもつ特権階級、を祖にもつ権力」が残っていればこそ成り立つ態度である。

 もはや、国家構造、官僚構造、地方の構造、自民党の構造、産業構造……もろもろが壊されバラバラであり、我々はフと気を抜けば、ほぼなんの事業観を共同することなく、ただ一個のホモサピエンスとして丸い地球上にポツンと佇むだけの空虚な存在に成り下がってしまう。

 そこで黙っているのは、漫然と国家の終わりを待つのと同じことになるし、そういう人間に「子供を作る正当性」はないのです。

 だから、我々は本当に振る舞いようがない。

 生活民のよきあり方は「政治に口を出さないこと」なのに、もはや黙っていることさえ正当な生き方として想定できないのですから。

 まあ、ギリギリセーフとして想定しうるのは、
「なるべく良い口の出し方をするのを維持し続ける」
 というくらいです。

 ネット言説に 「かつての知識人の劣化バージョン」 以外のものを求めうる可能性はそこだけでしょう。

 すなわち、我々には、まず黙ってやる生活がある。

 これが前提で、その生活と繋がりを失わない上でギリギリセーフの態度を示すという部分だけ、「評論家」風情よりもまともな言説となる可能性が出てくるわけです。



 とは言えこの可能性が現実のものとして活かされるためには、やはり「知性」が備わっていなければなりません。

 そうなると、以下の三つの条件が必須になってきます。


 第一に、
「言説以外で、生活を成り立たす生業があること」

 第二に、
「生活を成り立たした上で、時間的余裕がすごくあること」

 第三に、
「天皇に対して信仰と忠誠を持ち、国民に対して統治者目線を持ち合わせていること」



 まあ……そう考えると、ネット言説が全体としてロクなものでないのは当然でしょう。

 だって、そんな条件の揃うヤツ、ゴロゴロいはしないんですからね。

 総じて平均すりゃあ知性に欠けた暴論がばっこし、「評論家の劣化バージョン」に集約されていくに決まってはいるのです。



(了)
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