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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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政府における、短期的な支出と恒常的な支出 

 安倍政権が発足した去年の師走。アベノミクスという言葉がにわかに世論へ躍り出た頃に、このブログでは次のような記事を書いたと記憶しています。

「『アベノミクスの三本の矢』には、大まかに分けて二筋の捉え方があって、賛同している者の中でもリフレ派とケインズ派がある。今(当時)は、別段対立を起こす必要はないのかもしれないけれど、次第にそのせめぎ合いが起こっていくだろうから、せめて違いがあるというくらいは掴んでおく必要があるぜ」
※アベノミクスと、リフレとケインズ http://shooota.blog.fc2.com/blog-entry-47.html

 と、まあ拙い文章のクセにエラそうな調子で書き連ねていたわけです。

 ただ、自己宣伝するようでなんすが、十ヶ月ほどたって振り返ると、「この時期あって、俺もなかなか良いこと言ってたじゃん」という風に思われて、「この人を見よ!」なぁんて叫びのたまいたくなったり、ならなかったり……

 まあ、そんな俺の醜き自慢心は置いておいて、事此処に至れば、「アベノミクスの激流の中、何か違った二筋の流れが水面下でせめぎ合っていたのだろうな」ということは、広く意識され始めたのではないでしょうか。

 というのも、今回の消費税騒動で、少なくともその姿勢に「違いがある」という事は、明瞭に映し出されからです。さらに言えば、先だってのTPPへの交渉参加についてのそれぞれの姿勢も、記憶に新しいですよね。
 だって、「現時点での消費増税に猛烈な反対を示した者は、TPPには寛容」であり、「TPPに猛烈反対の者は、現時点での消費増税に寛容」であるーーというのは、中々に明瞭になっておりますでしょう。

 さらに申さば、アベノミクスにおいて甚だ不明瞭だった水面も次第に透明度を増して、次の事が多くの人の目に映っているように思われます。

 それは、『財政出動への姿勢』です。

 つまり、「消費税やTPPに対する姿勢は、財政出動に対する姿勢とも連結していたようだ」というのが、多くの人に意識され始めているのです。

 ただ、「多くの人に意識され始めている」ということは、これからは「財政出動に肯定的かどうか」だけで経済思想を眺めてはならないーーと、言うことでもあります。


              ・


 そう言えば、消費税の件で「つんのめり過ぎ」ていて、安倍首相の発表から、その立場を浮遊せざるおえなくなった『一部のリフレ派』においても、様々な身の処し方が見受けられますよね。
 とある人は(名指しはしませんけど)、最後まで跳ね回って、世話になっていたとある報道組織にまで噛みついて、仰々しい威勢を放ったまま表舞台から撤退していきました。俺は、この人の論じ方が、「白川を討て」などと叫びのたまっていた頃から大嫌いでしたけれど、去り際の徹底した狂犬の風体は「文学的な意味では嫌いではない」と思いました。

 対して、この人の経済論における理論的支柱であった『先輩』は、後輩の跳ねっ返りを尻目に、ケインジアンにすり寄って、「財政出動」を唱えるようになりました。尤も、この『先輩』は元々そこまで財政出動に反発するタイプのリフレ派ではありませんでしたけれども、このように、「(自民党や内閣ではなく)『安倍首相個人』を心棒する姿勢をもった、一部のリフレ派」は財政出動に肯定的になっていくのではないかと思いますよ。

 何故なら、彼らの「(自民党や安倍政権、安倍内閣ではなく)『安倍首相個人』への絶対的心棒」と「リフレ派的な指向から来る消費増税への猛反発」に、今や整合性が取れなくなってしまったからです。
 今まで『安倍首相個人への心棒』を傘に保守言論会を立ち回って来た人は、安倍首相が四月よりの消費増税を決定した事によって、首相の消費税増税判断の根拠である『併せて行う経済対策の支出』を、幾ばくか支持しなければ立ち回って行かれないのでしょうしね。

(『先輩』なども「コミンテルンが云々」とか、随分と乱暴な事をおっしゃっていたと記憶しますけれど、そういった不義などまるで無かったかのように立ち振る舞われる様は、本当に如何なものかと思います……が、言論人というのはおおよそそういう性質のあるものと捉えておかなければならないのかもしれません)


             ・


 まあ、そういった一部の世事は置いておいたとしても、一転にわかに「財政出動への肯定の雰囲気」が、世に醸されたように見受けます。
 おおよそ、「消費税によって一定程度起こるであろう家計消費のマイナスに、何らかの経済政策を打たねばならんな」という気持ちが、多くの人にも沸き起こっているからでしょう。


 しかし、この『財政出動への肯定の姿勢』という観点での見方においても、一つ気を付けなければならない指向があると、俺は考えます。

 とどのつまり、それはやはり、「今いる我々一人一人に、好景気を享受させろ!」といった種類の心根による、「財政出動の請求」であってはならないという事です。

 ……いや、これは別に「単なる精神論」で言っているわけではないのですよ。
 また、俺はかねてから申し上げていますとおり、「デフレの解消には財政の出動が不可欠である」と強く考えております。何故なら、いわゆるデフレスパイラルを脱するのに、「政府が、消費性向の高い産業へ発注をすることによって有効需要を増やし、雇用を増やし、給料を増やし、収益を増やし、投資、消費を増やす……」という手法が効果的であることは、幾つかの歴史が証明しているからです。


 ただ、『財政』というものを俯瞰した時に、そこには『恒常的な支出』と『短期的な支出』があるという事を無視してはならないーーと、主張したいのです。
 これは普通に考えれば当たり前の事ですよ。だって、政府支出はそもそも景気の調整弁などではなく、『国家統治の為』にあるんですから。

 例えば、議会や省庁や軍隊などに付ける予算ーー政治家、官僚、軍人に支払う給料や、建物、軍備……諸々の費用は、恒常的に(絶え間なく)支出する領域ですよね。社会保障費だってそうでしょう。

 対して、道路、橋、堤防、鉄道などをゼネコンに発注したり、軍備を更新したりするのは、短期的な支出ですね。期間限定の減税措置なんかもそうでしょう。要は、いわゆる建設国債で賄ったりする領域です。


 すると、『財政出動を肯定する者』の中でも、次のような違いが生じ、水面下で対立するのは、ほぼ間違いないと断言できます。

 それは、

一、「短期的な支出を増やす事には肯定的だが、恒常的な支出は減らして行くべきだとする姿勢」

 と、

二、「短期的な支出は勿論、恒常的な支出も増やすべきだとする姿勢」

 です。

 これを、至極乱暴ではありますが、換言致しますと、

一、「景気対策の為の支出は増やして良いけど、政治家や官僚の待遇を良くするとかありえん」

二、「景気対策としての支出は勿論、政府の規模そのものを今より大きくするべきだ」

 という風になります。

(声を大にして叫ばせていただくと、俺は後者の立場です!)



 これは、本当に重大な『違い』ですよ?

 一見、「デフレの脱却の為の『財政出動』には双方賛成なのだから、あえてその違いを取り立てる事もないだろう」と思われるかもしれません。
 しかし、何回か申し上げている通り、デフレとは短期的な問題であるし、「長期的な国家経済へのビジョン」や「根本の経済思想」を無視して、「単に、好景気をもたらしてくれる技術論」だけを追ってしまうと、徐々に生じていく歪みや対立に右往左往する事になるんじゃあないでしょうか?
 また、好景気をもたらす技術論を遂行するために、「細かい所はおざなりにして、一つに纏まる」というのは、後から考えるとかえって話をややっこしくするような気もするのです。
 だって、それって「多数派を形成する為に、話を単純化して、多くの人に分かりやすくする」って事でしょ? 「難しい話を何とか言葉を尽くして分かりやすくする」っていうのと、「難しい話を、単純化して分かりやすくする」っていうのは全然違いますからね。
 それに、「多くの人が賛同するような理屈に向かって行く」のは、概ね「間違った方向へ進んで行く」のとイコールであると考えて差し支えないのだと思いますよ。


 よって、今は少なくとも、「短期的な財政出動を肯定する者」の中でも、「恒常的な支出を増やすか、減らすか」という所に『違いがある』というだけでも認識しておくべきなんだろうと思います。



(了)



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Category: 経済

Thread: 政治・経済・社会問題なんでも

Janre: 政治・経済

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コメント

はじめまして、こんばんは。
私は、今年になって政治に目覚めたのですが、この数日間の増税騒動で、頭がこんがらがってしまいました…。
私は三橋さんが言うケインズ的なものがしっくり来ていたのですが、上念さんや倉山さんはそれとは違うのでしょうか?
倉山さんはあまり小泉・竹中批判をしない(ごまかしているような?)気がしていたのですが、新自由主義寄りなのでしょうか…。
そして安倍総理がいったいどちらを向いているのか全く分からないので、モヤモヤしています…。

チワワ #- | URL | 2013/10/07 22:10 [edit]

Re: タイトルなし

チワワ様、はじめまして。コメントありがとうございます!

 政治や経済に混乱を覚えたというなら、私の編み出した理論を信じれば良いのです。それは……

 などと、言って差し上げる事ができればよいのですが、残念ながら俺にそんなことはできません。
 というか、政治や経済の事なんて、実の所、誰も分ってないんです。だって、政治や経済を完全に掴むことができたら、それは文字通り『神』のような何かでしかないでしょう?

 ただ、それぞれの人が何を主張しているか、というのは話の筋を丁寧に聞いて行けば、ある程度理解できるんだろうと思います。

 俺は、チワワ様が名前を上げられたお三方の書籍や言説を、そこまで丁寧に読みこなしておりませんので、名指しをして非難する立場にありませんが、それでも彼らの経済における姿勢は「全然違う」と断言できます。
 それは、どちらが良い、悪い、というような判断を差し置いたとしても、経済における「話の筋が全然違う」のでありますから、「違う」ということだけは犬と猫が違うことと同じくらい明白に違います。

 その三名だけではなく、政治、経済を論じておられる先生は沢山いらっしゃいますが、それを「どの政策に賛成で、反対か」で腑分けしてはならないんだろうと思います。
 真剣に論じていらっしゃる方は、日本語に『筋』があるはずですので、その筋を解して参考になさるようにされれば、以外とすんなり立場みたいなものが見えてくるのだと思いますよ。

 なんだかエラそうな事を申し上げてしまって、申し訳ありません。
 政治や経済における立場の違いは複雑怪奇かもしれませんが、俺も分かる範囲でなるべく丁寧に書いていきたいと思いますので、またいらっしゃっていただければ幸いでございます。

 

後藤真(おーじ) #- | URL | 2013/10/08 02:11 [edit]

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