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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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安倍内閣を支持すべきか否か 


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『安倍内閣を支持するべきか否か』



 安倍内閣は、堅調な支持率の一方で、TPP、消費税、規制緩和等々の議論を経て、世の一部からは不審の声を集めているように見えます。

「安倍内閣を支持すべきか否か……」

 このような『迷い』が、世の底に蠢いているように感じられてならないのです。

 そこで今回は、「内閣への支持、不支持」ということそのものについて論じてみたいと思います。



 さて、今日の結論をいきなり申せば、

「今生きているだけの日本人の一人一人には、内閣を『支持する権利』も、『不支持する権利』も無い」

 ということを、我々は肝に銘じておく必要がある……と、なります。


 誤解して欲しくないのですが、日本人の一人一人に「内閣を不支持する権利が無い」と言っているのではないのですよ? 
 日本人の一人一人には、内閣を『不支持する権利』も、『支持する権利』も、「どちらもない」という所が肝なのです。


              ・


「日本人の一人一人には、『内閣を不支持する権利』も、『支持する権利』も無い」
 この事を詳らかにするために、まずは『議院内閣制度』の趣旨に論を及ばせる必要があります。


 まず、成人した日本人で、生きている者にはすべからく、「中央議会(国会)で法律についての議論をする代表者」=『国会議員』を選ぶ責任と権限を有していますね。
 そして、それら「立法府の代表者」の中から、また代表者を選んで、「行政府の長(内閣総理大臣)」を選ぶわけです。

 つまり、我々は
ーー今生きている国民が代表者(議員)を選び、その代表者の中からまた代表(首相)を選ぶーー
 という、一見回りくどい事をやっているんです。

 これを『首相公選制』にして、「民が直接首相を選べるようにしよう」などという、甚だ浅はかな議論が横行していたりもするわけですが、『議員内閣制度』という政治制度が「回りくどい」のには、それなりの理由があるわけですよ。

 その理由とは、大きく見て二つあると言えます。
 それは、

①行政府と立法府の連携を担保するため

②民主主義の間接性を担保するため

 です。

 その辺りを、少し詳しく見てみましょう。


              ・


①「行政府と立法府との連携を担保する事」

 立法府(国会)と行政府(内閣)の間には、一定程度の連携が不可欠です。

 言わずもがな、行政府(内閣)というのは、国家の政治を執り行う所です。財政、軍事、外交、国土計画、産業政策、社会保障……諸々を高級官僚を従えて指導するトップです。
 しかし、それらは、『法律』と密接な関わりがあるわけですよ。だって、行政府(内閣)は、立法府において可決された法律を元に、政令や省令を出したりするのでしょ。政治的指導には常に『法律』が不可欠なわけです。

 逆に、立法府(国会)も、行政府が出す『法律案』を「可か不可か議論し、決を採る」のですね。それは、まず、政治的指導や政策の中で「どんな法律の案を審議するか」というものがなければ、法律案の審議、議論が自体が始まらない、ということでもあります。
(勿論、議員立法というのもありますが、それもやはり行政府の政策との関わりの上で出てくるものですね)

 つまり、『三権分立』とは言えど、あんまり分離してしまったら『立法』も『行政』も機能しないってことです。
 その、「立法と行政における一定程度の連携を担保する必要性」が、「国民が国会議員を選び、その国会議員によって首相を選ぶ」なぁんて事をする大きな理由の一つなのです。



②「民主主義の間接性を担保する事」

 また、議院内閣制などという面倒な事をやっている、もう一つの大きな理由に、「民主主義に間接性を持たせるため」というものがあります。
 民主主義を間接的にする……というのは「大衆世論が、直接的に政治へ反映されていってしまう」のを抑制するという事ですから、これは本当にとてもとても重要な事なんですよ。

 誤解してもらいたくないのですが、『大衆世論』イコール『国民の意思』ではありません。とりわけ、ここで言う『大衆世論』とは、単に「今、日本列島で生きている人間の一人一人の具体的な政治への意見」の中で「多数を占めていると思われたもの」の事を指しています。

 おおよそ、『民主主義』と呼ばれるイデオロギーの中で最も危険かつ邪悪なものは、この『大衆世論』が直接的に政治へ影響を及ぼす事なのですよ。


              ・


 さて、議院内閣制度が、①「行政府と立法府の連携を担保するため」、②「民主主義の間接性を担保するため」という機能を果たしているということを意識すれば、「今生きているというだけの日本人の一人一人」が、直接的に内閣の『不支持』や『支持』を述べ立ててしまっては、その機能が台無しであるということがわかるでしょう。
 つまり、「世論の多数の支持、不支持」が、内閣の政策のありように影響を与えてしまってはならないでしょ……という事です。



 まず、内閣への『不支持』ですが、もし「大衆世論の多数が内閣を『不支持』し、その不支持によって内閣が倒れる」という事が『アリ』なのだとすると、「内閣は、常に大衆世論の直接的な世論に迎合していなければ存続していけない」という話になってしまいます。
 つまり、「一人一人が内閣へ不支持して良い」という前提に立ってしまうと、内閣総理大臣を民なるものが直接選ばずに「代表者の、そのまた代表者」という風にして選ぶことによって得られていた「民主主義の間接性」が損なわれ、民主主義が直接的になってしまうのです。


 逆に、内閣への『支持』ですが、これも良くない。もし「大衆世論の多数が内閣を『支持』し、内閣がその支持を背景に政治を執る」ということが『アリ』なのだとすると、内閣は、『国会』での議論よりも、『大衆世論』を重んじることになるでしょう。
 つまり、一人一人の直接的な内閣への『支持』は、「行政府(内閣)と立法府(国会)の連携」においての、力のバランスを崩してしまうわけです。
 さらに、その強まった内閣の力は『大衆世論による直接的な民主主義』を背景としているわけで、また、弱まったのは『国会』=『代表者による議論という、間接的な民主主義』なわけです。
 そうなると、これもまた、「間接的な民主主義が阻害され、直接的な民主主義が力を発揮してしまっている」と、見ないわけにはいきません。


              ・


 そう考えると、『内閣支持率』なるものを集計したりする事自体、甚だ『越権的な行為』であると考えるべきでしょう。


 ましてや、時の内閣に対し、国会議員でもない人間が「内閣打倒」を叫びのたまうなどもっての他です。
 それは、たとえ民主党政権下のような内閣であっても、同様なのですよ。
 そもそも、民衆の多くは普通に働いていて忙しいですから、政治の事などほとんど一切分からないし、分からなくて自然なわけです。でも、「代表者を人柄で選ぶ」という事くらいは、生活の中で実践的に獲得しうる経験値で出来るはずだ……というのが代議制でしょう。
 その上で、もし時の内閣が劣悪であったなら、首相を選ぶ代表者達(議員)を選ぶ時に、「自分達がした人柄判断」の方に問題があったと考えるべきなんであって、後から世論をもって内閣を打倒しようなどとして良いはずないんです。


 或いは、時の内閣に対し、国会議員でもない人間が「内閣絶対支持」を叫びのたまうのも自重してもらわねば困ります。
 ましてや、「私は、自民党は支持しない。だが、安倍首相個人を絶対支持する!」などという種類の支持は、本当にマズいわけです。
 そもそも、先ほど俺は『国会』を間接的な民主主義としての「代表者の議論の場」と規定していましたが、事実上それをなしているのは、『古い自民党の体質』による『自民党内の議論』であると言って差し支えありません。
 つまり、安倍首相には、民衆の直接的な『世論』ではなく、『自民党内で熟議を経た論』の方を重んじてもらわねば困るのです。
 何故かと言えば、『自民党内で熟議を経た論』は、国内のあらゆる『地域』や『既得権益』の代表者が『議論』して出した論であり、つまり「国民の意思が間接的に反映されたもの」だからです。

 それを、「戦後レジームで腐った自民党」を「安倍さんが打破してくれるはず」……などという一種子供っぽい発想をもって、盲目的に支持して良いはずなどないのです。
 何故なら、その発想自体も、実はそいつがそう思っているだけに過ぎない、直接的な民主主義の一つでしかないからです。

 いくら「戦後体制からの脱却」という言葉が素晴らしくても、「議員による議論」という間接的な民主主義の裏打ちなければ空理空論になってしまいます。
 もし……もし仮の仮に、世論が「戦後体制からの脱却」を圧倒的に支持し、その直接的な世論を背景に内閣が政策を打ち出すということになっても、そんなものは上手くいくはずはありません。だって、そんな事になったとしても、「戦後体制からの脱却とは何か?」という所で、世論がひと纏まりの考えを持つなどということは、絶対に出来ないでしょ?
 何せ、「デフレからの脱却」ですら、世論では、多種多様の、混沌とした経済論議が繰り広げられているわけですから。


 内閣は、『議員による議論』という間接的な民主主義……つまり、「日本全国のあらゆるコネと、シガラミと、既得権益」と結びついてこそ機能するものです。
 自民党は、「国内における、コネとシガラミと既得権益」の代表者が議論し、全国の権益を調整する機能を持つ『既存の政治権力機構』ですよ。
 この、「既存の政治権力機構」を無視したり、ぶっ壊したり、打破してしまい、大衆世論の力をもって「政治を変えよう」などすれば、絶対に失敗します。
 それが、どんなに素晴らしいと思われるような『世論』であろうと、絶対に失敗すると断言してもいいです。
 何故なら、『既存の政治権力機構』の断続性の無い所で、間接的な民主主義(コネ、シガラミ、既得権益の調整)が機能しなければ、中央と家族の間にあるはずの『中間組織』(産業、地域、会社、学校)が国家の中でどう絡み合って行くか、という所がスッポリと抜け落ちてしまうからです。



 というか、俺からすると、「熱烈に安倍首相個人への支持」を表明してきた者達は、もう一方で『既存の政治権力機構』を『打破』したい……といった、ある種の「アナーキーな心根」があるように見えるのです。

 もう本当に、「既存の権力の中に腐った奴らがいて、そいつらを懲らしめれば上手く行く」といったようなガキ臭い決めつけは、止めるべきだと思いますよ。



 と、いうわけで、今回はかなりとりとめのない感じになってしまいましたが、
「安倍内閣を支持するか否か」
 という問いには、
「そもそも、内閣を『支持』したり、『不支持』したりなどしてはならないのだ」
 ということをもって答えるべきだという考えを示させていただきました。

 以後、何回かは今回のように『政治』について論じたいと思います。



(了)



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