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日本が日本であるために

 

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俺は左翼が嫌いです 


 俺は左翼が嫌いです。
 とりあえず以下へ、俺がこの世で最も嫌いな左翼用語を、嫌いな順に並べてみます。

一位『民主主義』

二位『自由』

二位(同率)『平等』

四位『理性』







左翼がお嫌いな方は……どうかランキングにご協力ください。
お忘れにならぬよう、押してからお読みいただければありがたいです。












 さて、俺には少し理解出来ないのだけれど、左翼と言えばすべからく『共産主義』や『社会主義』の事だけを指すと考える風潮が、日本にはある気がします。
 よって、『保守』と言えば、「社会主義と逆なもの」を指すと考えられているのではないでしょうか。

 しかし、「社会主義」の逆は、「自由民主主義」(リベラルデモクラシズム)という、これまた左翼思想なわけです。


 すると、俺から見ると、日本では『左翼自由派』と『左翼平等派』が争っているだけにしか見えないのですよ。


                ・


 そもそも、『左翼』というのは、大衆の個々人が「自由と平等」を政府権力から請求する姿勢から始まります。
 ただ、よく考えると、「自由」と「平等」は背反項であること分かるでしょう。
 そして、「その背反項である自由と平等を、どのように調和させるか」という問いに対し、左翼思想は『民主主義』を唱えるわけです。それも、左翼思想における民主主義とは、「人民一人一人の直接的な意見で、多数を占めた世論」が政治決定の根拠であるといった類の『人民主権』を基礎とします。

 しかし、常識的に考えれば、「人民一人一人の直接的な意見で、多数を占めた世論」が「正しい解を導く」かどうか、これがわかりません。
 そして、これが「正しい解を導く」と考えることができれば『直接民主主義』を肯定することが出来、「誤った解を導く」と考えれば『直接民主主義』は否定されるべきものになる――という関係が成り立っているのがおわかりでしょう。

 さらに、この「人民一人一人の直接的な意見で、多数を占めた世論」が「正しい解を導く」かどうか……の議論上で、焦点となるのが、人間一人一人の持つ『理性』が、「全体として調和するか否か」というものです。


 ところで、『理性』というのは、『道徳』とは違うのですよ?
 理性とは、合理的、実証的な、人間の判断能力を言います。
 つまり、『理性』とは、「人間の持つ合理性」のことを言っているのです。

( ただ、その理性というやつには、『人間個々人の持つ博愛的な心根』も含まれて語られているので、道徳と混同されます。
 しかし、理性に基づく博愛とは、「先天的に人間が持って生まれた合理性である」という考えの倫理です。
 対して、『道徳』とは、「社会的、後天的な偏見」という考えの倫理なのです。
 ですから、強い左翼思想を持ったインテリは『道徳』を毛嫌いするのですよ。)


 左翼思想では、「この理性(合理性)に基づく一人一人の判断が、全体として調和する」と考えるわけです。
 換言すれば、「自由と平等の整合性」は、一人一人の人間が、明瞭かつ合理的に判断していけるもののはずだ――と考える思想であるといえます。
 そもそも、これを『左翼思想』と呼ぶのです。


 また、恐ろしいことに、その左翼の前提に立つと、その時々の政府が持つ権限や裁量を限りなく剥奪していくことが出来てしまいます。
 だって、「人民の多数に、明瞭かつ合理的に『正しさ』を選び取る能力がある」のであるならば、その人民の多数の意志に背く中央政府の判断は、すべからく「権力者が、人民より不当に搾取したものである」と考えなくてはならなくなるからです。

 そして、もしそうだとすると、人民の多数には『革命権』が生まれながらにしてあると考えなければならなくなります。
 だって、「人民の多数に、明瞭かつ合理的に『正しさ』を選び取る能力がある」とするならば、『政府』が「正しいかどうかも人民の多数が選びとることができる」とこう考えなくてはならなくなるからです。

 さらに過激になると、「政府打倒」を断続的に引き起こすことが、「人民主権を担保するため」に、必要なことになる……という考えになってきます。
 つまり、「政府を『信任するか、不信任するか』の手綱は、常に『人民の多数』に握られていなければならない」というような発想です。この発想は、つまり、「人民の多数の世論」が政府のあらゆる政策決定の根拠でなくてはならないという発想を極めた思想ですから、これこそを『極左』を呼んで然るべきなんじゃあないでしょうか。


                ・


 しかし、常識的に現実を見てみれば、人間の一人一人には、明瞭かつ合理的に『正しさ』を選び取る能力などないんですよ。
 どんなに科学が発展しても、イノベーションが起こって、ITに革命が起こっても、人間がそのような合理性を獲得しうるなどということはありえないのです。

 現代で左翼思想の傾向を持つ奴っていうのは、少年ティックなSF的な技術信仰があって、――『科学(人間の理性)』の進歩をもって、既存の政治権力から、権力を剥奪していく――という物語が頭の中に出来上がっているのだと察せられます。

 特に、『経済学』なんてやっていたら最悪です。

 経済学とは、『経済的合理性(人間の理性)』をもって、政府へ『自由』を請求するか、『平等』を請求するか……の、どちらかでしかないことがほとんどなのですから。

 経済学者を見た時は――経済的な合理性の仮説をもって「自由を請求する左翼」か「平等を請求する左翼」か――おおよそどっちかでしかないと考えて差し支えないのです。


 大衆世論はもっと混沌としています。

 この二十年、『政府からの自由』と『政府による平等』のどちらをより強く求めるかで、右往左往しております。

 そして、大衆がこの二つで右往左往している時点で、「人民の多数の世論」は、「明瞭な合理性など判断する能力はなかったのだ」と悟るべきなんじゃないでしょうか?







 日本を保守するために必要なのは、個人の自由や平等ではなく、理性でもなく、ましてや民主主義なんぞであろうはずもありません。


 今、日本を保守するために必要なのは、国家の伝統精神を背景に、「中央集権」と「国民統合」を計って、一致団結して夷敵を打ち払うことなのだと、俺は思います。



(了)



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コメント

No title

こんばんは。またお邪魔いたします。
書いてらっしゃる事で思い出した本があります。
ユダヤ人ラビが書いたという「日本人に謝りたい」。
読まれた事がありますでしょうか。
私はずっとこの本はユダヤ陰謀論か日ユ同祖論のトンデモの類と思い込んでいたのですが、ネットで内容を公開している人のページで読んでから、そんな稚拙なものでないと知りました。
要約のページは↓です。

http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe800.html

著者が実在なのか真偽不明ではありますが内容はとても濃く、フランス革命の欺瞞や、相反する自由と平等そして「民主主義」がなぜ至上使命のように扱われるのか、説かれています。「ユダヤ」云々を省いて読んでも世界と日本の左傾化の全体像が掴める気がして、現実と合致するのが不思議です。
もし既に読まれていたら、ごめんなさい。

紺屋の鼠 #4TUF.cSM | URL | 2013/10/29 20:31 [edit]

Re: No title

紺屋の鼠さま、書籍オススメありがとうございます。

タイトルは存じておりましたが、いわゆるユダヤの陰謀的な本だと思って手を付けておりませんでした。

しかし、要約を見るにそういった毛色のものとは一線を画すように思われますし、なにより紺屋の鼠様のオススメですので、読んでみたいと思います。

いつも、仲良くしてくれてありがとうございます!

後藤真(おーじ) #- | URL | 2013/10/30 19:25 [edit]

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