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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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何故、輸出をするのか 

 世間では、「輸出を伸ばす」ことが、「とにかく良いこと」とする風潮があるように思われます。
 勿論、俺も「輸出なんぞに意義がない」などと言うつもりはありません。

 しかし、そもそも、「国家として何故輸出をしているのか」という所を置き去りにしては、輸出入に対する姿勢そのものを見誤ってしまうと思うのです。




 今回は、輸出へ強い思い入れのある方には無理に頼みません……が、そうでない方はランキングにご協力ください。
お忘れにならぬよう、押してからお読みいただければありがたいです。







 何故、輸出をするのか……もっと言えば、「何故、政府が民に外国への輸出を自由にさせているか」という問い。

 これに対して、結論から申すと、
「自国で物理的に自給できないものを輸入するため」
 であると答えます。

 つまり、もし「自国で、あらゆるものを充分に自給できる」のであれば、輸入は必要ないし、輸入が必要ないということは、輸出も必要ないのです。
 いや、「必要ない」というより、そうした場合は、本当に『鎖国』するのが、国家の独立の為に最も望ましいと考えられます。

 しかし、この高度に近代化、現代化された現代の産業構造の中で、「自国で、あらゆるものを充分に自給する」ということは、ほとんど不可能です。
 とりわけ、エネルギー資源や原材料については、どんなに気合いを入れても「領土内で産出されないもの」については輸入せざるをえません。

 基本的には、そういった「輸入せざるをえないモノ」を輸入するためだけに、輸出が必要になってくるのであります。



 ですから、「個々の企業や、個人」が、「海外市場でモノを売って利益をあげる」という事そのものは、別に国家の『目的』ではないのです。
 勿論、「個々の企業や、個人」にとっては目的となり得るし、個々が利益を求める姿勢そのものは、否定されるいわれのないものでしょう。

 ただ、個々の利益の一つ一つを足し算していけば、最終的に『国家の利益』になっているかというと、そうではないのです。
 換言すれば、ベンサム的な功利主義のように「一人一人の効用を足し引きして、その解を最大する事」は、必ずしも『国力の増進』と整合するものではないということです。


 例えば、A社がX国で、100万ドルを売上げたとします。
 まず、もしA社がその中の90万ドルをX国で雇用や費用として使ってしまうとしたら、その90万ドルは日本の国とは全く関わりのないものだと考えて差し支えない、ということはおわかりでしょう。つまり、例えばA社が現地生産をしていた場合、「仕入れ、雇用、経費、諸々」が日本の国の経済に一切関わりのない所で行われているが故に、この90万ドルについてはほとんど何の意味もなさないものとして捉えるのが適切である、という事です。


 あるいは、B社が現地生産ではなく、純粋に日本国内で生産したモノを、X国の市場で売り、100万ドルを売り上げたとしましょう。X国で生じた費用は10万ドルで済んだとします。
 B社が日本国に帰属する会社であると考えるのであれば、この『90万ドル』は日本国に帰するものであると換算して良いでしょう。
 ただ、この90万ドルは、B社が永遠にそのまま90万ドルとして持っていたとしても、意味がありません。おおよそ、A社は、90万ドルを、9千万円に換えて自社の雇用や費用や利益にするわけです。

 しかし、そうなると、それは「B社が国内で製品を作り、それを日本銀行が円を刷って買って、海に捨てる」というのと何が違うのかという疑問が、瞬間わき起こるはずです。
 だって、このB社の作った製品は、とどのつまり外人が利用しているだけなのですから、作った製品による効用の方は日本国内にはないわけでしょう。
 この「X国で製品を売って、9千万得る」のと、「日銀が刷った9千万と製品を引き替える」ということの違いを見れば、『輸出』によって得られる国益が『円高』であることがわかるはずです。

 つまり、B社が90万ドルを、国際市場にある9千万円と交換したことによって、「国際市場から、日本の会社であるB社へ、円が移転した」ことが、最終的な国家の益であると考えなければ、それこそ「日銀が9千万円刷って……」という事と大差ないということになってしまうのです。
 そして、「国際市場から、日本の会社であるB社へ、円が移転」したことによる、『円高』が何故、益であるかと言えば、「その分、海外市場から安く輸入する事ができるようになる」から益と呼ぶ事ができるのです。

 円高を国益と見なすのが難しいようでしたら、あるいは、B社が「100万-10万=90万ドル」を外国で獲得し、日本の輸入企業C社が、B社の90万ドルを9千万円に引き替えたとします。
 そうすると、B社の九千万円がC社に移転したのは自国内のことですから、X国からC社に90万ドルが移転したということを見れば事足ります。
 すると、B社とC社が日本企業であることを考えると、B社が輸出したのは、C社が輸入するためであった……と考えるのがごく自然なはずです。


 つまり、国家として、民に輸出する自由を与えているのは、「国家の属性を帯びた者が外貨を獲得するため」だし、何故、外貨を獲得するのかといえば、「輸入するため」なわけです。


 さて、輸出が輸入のためにあるということを考えると、『輸出』についての思想は、『輸入』についての思想と切って切り離せないと言えます。
 つまり、『輸入』の意義について、どこまでを国益として換算するか……ということです。


 そして、「過剰なる輸出への思い入れ」には必ず「輸入による、価格の下落」=「消費者の効用」を国益として換算する態度がついてまわります。
 俺は、この事を糾弾しないわけにはいかないのです。


 輸入についての価格の下落を、消費者の益として換算する態度というのはこうです。
 例えば、自国の市場で、製品aが千円だったとします。
 それを、自国市場の外からやってきたX国の外国企業が8百円で売ったとすれば、製品価格が下がって「消費者の益」ということになる……と、こう換算したりするのですよ。
 さらに、製品aを製造していた自国の企業、産業は職を失うわけですが、彼らに対しても、「X国の市場で勝利している製品bの方を作っていくのが、両国の消費者にとって益になる」とこうやるわけです。

 もっとスゴいのになると、リカード理論なんてのもあるわけですが、今日の所はその説明は割愛します。
 ただ、どちらにせよ、「国境を越えた産業において、それぞれの国がより効率的に生産できる産業に特化する」方が良い……という理屈があって、それが『輸入』対する意義の見積もりを大きくし、それが故に『輸出』に対する意義の見積もりも大きくなっていたりするわけです。

 しかし、そもそも、「それぞれの国がそれぞれの産業に特化する」という話には、「それぞれの国の間で、あらゆるものの相対価格が同じである」という場合にしか適合されないはずです。
 例えば、二財の相対価格、製品価格と労働価格、製品価格と原材料価格、といった相対的な価値の基準が、国境を越えた場合あまりにも違うのです。
 また、「それぞれの国の間で、あらゆるものの相対価格が同じである」というのは、到底「一般に適応されうる理論」と呼べるものではなく、なにか特別な場合にのみ適応される机上の空論でしかありません。もっと言えば、「お花畑的地球観」といって差し支えないでしょう。

 また、「国境を越えた産業において、それぞれの国がより効率的に生産できる産業に特化する」ということを受け入れた場合は、「産業構造の維持」とか「自給による独立性」などといった国家論は「政治的なるもの」として除外されてしまっている、ということも糾弾しないわけにはいきません。
 もし、万が一「国境を越えた産業において、それぞれの国がより効率的に生産できる産業に特化する」というような話で短期的に上手くいったとしても、それは「産業構造が単一化した」ということと「自給可能な財が減った」というでありますから、長期的には『国力』が毀損されたと見ないわけにはいきません。




 輸出、輸出と騒がしい世の中ですが、まず「輸出とは輸入の為にある」ということを忘れてはなりません。
 また、輸入は「自国市場で価格競争を起こし、一人一人の消費者へ益をもたらすため」にあるのではなく、「国家全体で、どうしても物質的に自給出来ないものを輸入するため」であることも忘れてはならないと、俺は考えます。

 何しろ、「一人一人がより多くの効用を得る」ことよりも「自給できる産業を多く持ち、国家としての弱みを持たない」ことの方が『国力』としては価値の大きい事なのですから。



(了)



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コメント

No title

こんばんは^^

円高円安といった経済的事象(適切な言い方じゃないかも)について、ついつい個人的な損得で見てしまいますが、「国家」「国力」といった視点から見ないといけないですね。納得です。


わかりやすい例えを散りばめてくださってありがとうございます。
経済も苦手な自分でもなんとか理解できたので、改めて後藤様の凄さを感じました。賢人ほど、難しいことを易しい言葉で伝えることができますから。

軌道から外れまくった自分の思考を、後藤様のブログで少しずつ修正できてきているような気がします。
と書きながら、自分が後藤様のブログを好きな理由が改めてわかりました。

読んだ自分が以前より賢くなっている、と感じさせてくれるからです(笑



りょうすけ@政治初心者 #X.Av9vec | URL | 2013/11/06 00:17 [edit]

Re: No title

りょうすけ様、コメントありがとうございます!

 お返事遅れましたことをお詫び申し上げます。

 いつも勿体ないお言葉を頂戴いたしまして恐縮です。

 おっしゃるとおり、それぞれの売り上げという視点から見るのと、国家全体としての視点で見るのでは、全く意味合いが変わってきたりするものなのですよね。
 外国為替に関しては、短期的には円高であろうと円安であろうと「急激な変動」を避けるべきだし、長期的には緩やかな円高を臨んでいかねばおかしな話なんだと思います。

 例については、何とか分かりやすくと頭を捻って書いているので、そうおっしゃっていただけると、とても安心します。
 ただ、例を用いて「複雑なことを分かりやすく説明する」のが、「分かりやすくするために単純化する」という風に陥っていかないようにと、細心の注意を払いつつやっていきたいと思います。

後藤真(おーじ) #- | URL | 2013/11/07 17:13 [edit]

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