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日本が日本であるために

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天皇についての感覚をどう引き継ぐか 

 今日は、『天皇』について論じさせていただきます。
 本当は、俺のような市井の民草が、天皇および皇室について何事か口にするなどというのは不遜以外の何物でもないのかましれません。
 ただ、日本の保守を天皇論抜きで考える事は、絶対に不可能なことですから、勇気を出して少しだけ論じてみたいと思います。




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 現在、天皇は政治に介入しないということになっています。
 しかし、これは別に「国民に主権があるので、天皇が政治へ介入して来ないようにしている」のではありません。

 これは、天皇という存在が、「常から、直接政治をお執りあそばれる存在ではない」という事になっている国家の習わしの問題なのです。

 つまり、「民の意志が政治決定権を握るべきだから、天皇に政治決定させないようにしている」のではなく、「そういう習わし」であると捉えるのが適切であるということです。



 また、この『習わし』というものは、「今、生きている日本人の多数の意見」よりも強い主権を持っています。
 何故なら、『習わし』は、今生きている国民だけではなく、もう死んでしまっている過去の国民の意思をも連ねたものであるからです。

 ですから、もし、今生きている日本国民の大多数が、「今上陛下より親政賜りたい」と思ったとしても、陛下がそのようにお振る舞いあらせられる事はないのです。
 何故なら、「今生きている日本国民の大多数の請求」よりも、「もう死んでしまった幾億の国民の意志をも含めた、習わし」の方が、より上位であるに決まっているからです。

 逆に言えば、今、陛下が親政をお執りあそばれないのも、別に「国民主権を侵さないようにするため」ではなく、そういう習わしだからと捉えるのが適切でしょう。



 それに、そもそも『国民』というモノについても、これは『習わし』であったり『伝統』であったりを強く引き継いだ「国家の属性を帯びた民」の事を言うのであって、単に「日本列島という一定地域に生まれた人間」の事を言うのではないのです。

 つまり、日本の『国の民』とは、天皇という存在がなくては、存在しようがないということです。何故なら、天皇なしに「民が、日本の国の属性を帯びる」という事は不可能ですから。国の属性を帯びない民は、『国民』と呼べるシロモノではありませんので、天皇の無いところに国民は無いというのは、よく考えれば至極当たり前の事でしょう。

 また、逆に、天皇が存在しうる為には、天皇の纏う歴史的な神秘性、世界観、宗教観、道徳観……の下にある『国の民』が、歴史上間断なく存在していなければ、不可能であったとも言えます。

 よって、天皇の存在と、国民の存在には、存在の相互依存の関係があって、「天皇がなければ日本国民は存在しないし、日本国民のないところに天皇は存在しない」という構造になっている事をまず認識していなければなりません。



 さらに、有力貴族の政治、武士、幕府の政治、大日本帝国時代に至るまでの歴史を経て醸成された、「天皇は、常から直接政治をお執りあそばれるものではない」という習わしは、次のような筋があって形作られていったものであることを理解する必要があります。

 それは、「時の天皇が直接政治をお執りあそばれる」となると、「時の天皇に対して、どれだけ影響力を及ぼすか」が「すべての政治決定の梶」となってしまう危険性があるということです。
 これの何が危険かというと、「その時の天皇に影響力を及ぼす者の言う事」が、正しいかどうかは分からないのに、その影響力を及ぼした者の言う事が、一度天皇のお言葉として出てしまうと、甚大な権威を帯びてしまう……という所があるからです。
 それが、世に言う『奸臣』かもしれないし、そうでないかもしれない。ですが、それを判断する資格や能力のある人間など、存在しえないわけです。

 また、世を見渡せば、人それぞれ色んな政治的意見というものがありますでしょう。
 その世のすべての意見をお聴きになる……などということは、いかに陛下とて不可能です。
 そして、もし、個人個人のそれぞれが勝手に、時の天皇へ直接意見を奏じることで政治を動かそうとしたならば、その「時の天皇へ直接意見を奏じる権限」を巡って、無秩序な権力争いになってしまいかねません。

 つまり、「天皇および皇室による政治介入を避ける」のは、「天皇および皇室を政治的に利用する奸臣」を危険視してのことであり、また、それは天皇をめぐる国内での争いや政府の転覆を危険視しての事なわけです。


 ですから、勿論「日本の国家として中央の意志を指し示す権威は、天皇という歴史的存在以外にあり得ない」という事は言うまでもないことですが、時の天皇へ政治的意見なり決定なりを奏上するにあたっては、その前段階として、充分な熟議を経て、全体の合意が形成されたモノである必要があるわけです。

 その「前段階としての全体の合意」というのがいわゆる政治であって、現代で言えば内閣やら国会やらでの熟議であるわけでしょう。


 勿論、だからといって、「天皇とは常に政治と関わりのない所にあらせられるのか」と問われれば、そうではないと答えます。
 例えば、『国家の非常事態』には、時の天皇より直接政治判断を下賜くださる場合もあるわけです。というより、時の天皇が直接政治判断を下賜せねばならないような『国家の非常事態』というのは起こり得るものである、と捉えるべきなのでしょう。



 さらに、これらを見ると、天皇はその権威をもって「中央政府の所存を指し示している」という側面もあると捉える事も出来ます。
 民主主義(多数決)と人は言うけれど、「その多数決をどこで、どのように行うか」、というのは民主主義で始める事はできないのです。例えば、俺がここで「今日から俺が日本の中で多数決を取るから、その多数決に基づいて政治を行います」と言ったらそれも民主主義ではあるはずだけれど、誰も相手にはしないでしょう?
 今の日本政府が、政府を名乗って多数決を取り仕切っているのは、その上に天皇があらせられ、中央の所存をお示しになっているからに他ならないわけです。

 ただ、ここで気をつけなければならないのは、そのことをもって、「天皇が中央の所存をお示しになっている」という事を『手段(機能)』と捉え、「今生きている日本人に対して、便宜を計るための政府」を『目的』として捉えるような、勘違いを起こしてはならないということです。
 だってそれは、とどのつまり「個人個人が、政府に便宜を計ってもらいたいからこそ、天皇の権威が必要だ」というような筋になってしまっていますでしょう。

 何故この勘違いがマズいかと言うと、天皇の権威とは、それを感じる国民の伝統精神が力の源であるはずだからです。つまり、先ほど述べた、天皇の纏う歴史的な神秘性、世界観、宗教観、道徳観……といったものを時代を越えて共有する精神のことです。

 そうなると、そこで「個人個人が、政府に便宜を計ってもらいたいからこそ、天皇の権威が必要だ」というような指向、心根が常識化してしまうと、たちまちのうちに天皇および皇室の力も薄れていってしまう……という事になりかねません。

 そして、厄介な事にこの指向を持った者も、一見、皇室を大変尊重しているかのように見えるわけです。



 俺も、天皇および皇室を、どう敬い、どう心の中に置くか……という事については、まだまだ答えらしい答えは出せていないのだと思います。
 それはおそらく、少し前までは常識として日本人の心にあったはずの「天皇の纏う歴史的な神秘性、世界観、宗教観、道徳観」を自然に感じる感覚をほとんど得ることなく成長してきたからでしょう。

 ただ、日本の国家を天皇抜きに捉えるのは絶対に不可能ですから、当世代として、「天皇および皇室を、どう敬い、どう心の中に置くか」を、どのように過去から引き継いだものか……と慎重に模索していく必要があるんだろうと思います。


 また、今の世にあっては、単に声高に陛下への万歳を叫び上げるだけで互いが通じ合ったりできるものではなくなっているのだとも思うのです。
 何故なら、下手をするとその万歳には「個人個人が、政府に便宜を計ってもらいたいからこそ、天皇の権威が必要だ」というような下卑た心根が含まれてしまっているのかもしれないからです。



(了)



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Janre: 政治・経済

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コメント

No title

今まで深く考察したことがない私にもしっくり来る「天皇論」です。
後藤様から溢れ出る論理に惹きつけられます。

すでに5回ほど読み返しました(笑

今日も知的興奮を感じながら眠れます。

ありがとうございます^^








りょうすけ@政治初心者 #fb8Y2ThU | URL | 2013/11/07 02:20 [edit]

Re: No title

りょうすけ様、コメントありがとうございます!

 天皇および皇室については、基本的に「これこれこうだから、尊重すべきである」なんて事を論じるのさえ無粋甚だしい事なのだと存じます。
 しかし、「天皇をはじめとする国家の伝統なり、姿勢なり、態度なり」を、不自然に押し隠す雰囲気の中で育った者は、「伝統、姿勢、態度」を論理で捉える事もある程度やっていかざるをえないんだろうと思ったりもするのです。

 おおよそ俺には出過ぎたテーマだとは思いますが、りょうすけ様ご自身の「天皇や伝統についての捉え方」において、何かしらのヒントになったのであれば嬉しいなあ、と考えております!

後藤真(おーじ) #- | URL | 2013/11/07 17:14 [edit]

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