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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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part2減反政策の廃止について~米の生産と価格の調整への擁護 

「part1減反政策の廃止について~米の生産と価格の調整への擁護」
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の続きです。



 おおよそ、減反政策と聞いて一般に思い浮かべられるのは、単に「稲作が減らされていく政策」というイメージくらいのものでしょう。日本人の米への愛着を思えば、そうしたイメージに対して反発を覚えるのは理解できるし、俺とて稲作の保守を心から願う者であります。
 ただ、そもそも『減反政策』とはなんであるか……この事を置き去りにして、これを語ってはワケがわからなってしまうでしょう。

 今回は、とにかく農協が嫌いだ……という人には無理にとは言いません。が、別にそうでもないという方はどうかランキングにご協力ください。お忘れなきよう、押してから読んでいっていただけると嬉しいです。





kigi


 結論から言えば、「稲作の減反」とは、国家による生産、価格調整なのです。
 このことを理解する為には、「豊作貧乏」という言葉を見てみるのが一番です。

 例えば、ある年、気候はとても良く、稲は爛々と実り、大変な豊作になったとします。去年は凶作だったので人々はとても喜んだのですが、何しろ大変な豊作です。人々が米を買う量よりも、農家が生産した量の方がずっと多くなってしまいました。
 すると、米は余ります。余った米は、捨てなければならなくなってしまうので、農家は価格を下げます。また、それぞれの農家はみんなそうやって価格を下げていかざるをえなくなります。
 すると、どうでしょう。豊作であったのにもかかわらず、米の価格が下がって、普段より収益が落ちてしまいました……あな、悲しや。

 というのが、豊作貧乏です。

 そして現在、米はおおむね毎年「豊作状態」である、と言えば話は分かりやすいでしょう。それは、品種改良、技術改良によって、土地あたりの生産高が向上しまくったというところが大きいわけですが、それは必ずしも良い事ことばかりではなかった……というか、それが必ずしも全体として調和するとは限らない、ということなのです。


 つまり、米が生産過剰状態になっているにも関わらず、政府や農協がコメ市場に対して何の処置も施さなければ、値崩れを起こすのですよ。

 食糧管理制度時代の減反政策は、米を国家が買い取って価格を統制しておりましたので、過剰供給分の買い上げによる政府負担を減らすという意味合いが強かったわけですが、少なくとも1994年の食糧法への移行、2004年の改正による『規制緩和』による『コメ市場の自由化』の段に至っては、「生産の調整による、価格の調整」という意義での『減反政策』に移行していったという経緯があったわけです。

 勿論、減反政策、生産調整がなかなかうまく行かなかったのも事実です。というのも、稲作の土地を他の作物に切り替えるのは技術的になかなか難しいという点がひとつと、それまで米を作ってきた人の人生はそんなに簡単に進路変更可能なものではないからです。
 つまり、減反政策が上手くいっていないというのは、作物切り替えによる生産量の抑制があまり達成されていないということなんですね。ですから、当然ながら米価も下がってきてしまっているわけです。まさにデフレの象徴とも言えます。

 ただ、これは経緯的に、「減反という規制が邪魔をしてそうなった」というのではなく、「政府による全体の規制が弱すぎる」と見るべきでしょう。論理的に考えて。
 だって、「米から他の作物への切り替えが難しい」というのは、むしろ「自由な市場競争」の中での方がネックになる事柄じゃあないですか。




 さて、現在、そんな弱々しい規制の下、なんとか値を崩さず保っていられるのは、おおむね農家と市場の間に農業共同組合が入っているところが大きい、といえるでしょう。

 「農協が間に入っている」というのは、つまりこういうことです。
バラバラ散り散りの農家が、豊作状態で自由に市場へ生産した米を流せば、そりゃあ供給過剰で、米がものすごく安くなってしまう。あるいは、価格の値崩れが無くとも、毎年の総生産高による供給状態の動向に価格が大きく左右されたら、農業なんてやっていけないわけです。
 だから、農家から、農協が安定した値で買い、価格もある程度政府や農協のコントロールと予定調和が効いて、どうにか値を崩さずにいるのです。
 また、農協を通さずに農家が直接自由市場へ米を流通させることも今は可能です。しかし、おおよそその価格だって、まず農協が買い上げた米の価格や、政府が備蓄米として買い上げた価格を『基準』として、社会的に決定されているところがあるわけです。

 米価の『適正価格』の維持には、そうした政府、地方、農産業界、農協、農家……といったコミュニティーの中での「社会的偏見と、先入見と、道徳と、コネと、シガラミと、人間関係と、予定調和と、既得権益」が絶対的に不可欠であると、俺は強く主張したいのであります!





(つづく)




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