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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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3月9日(自信) 

 そう、自信です。
 自信こそ、我々が『正当』というものへ拘るために不可欠なものであり、また、正当に拘る事ができてこそ、真の自信を得る事ができるのです。

 それは心理学でいう『抑圧』からしつらえた虚飾の自信ではなく、心の奥底から、自分が自分であるという事についての信念の事であります。

 我々の市場をグローバライズ(アメリカナイズ)したり、グローバルな(アメリカの)経済圏に時代と共により属して行く……などという事を心から歓迎している者が、本当はどれほどいるでしょうか。私は、もはや世界はそのような事が可能な風に出来ていないと考えますけれど、それ以前に普通に嫌でしょう。
 実は、「嫌だけれど現実的に考えて、チャイナよりはアメリカの方がマシ」と考えて、それで妥協していたはずなのです。

 いや、現実を見て妥協することは良いのですよ。
 しかし、それを妥協と認めないでいると、妥協した現実から理想へ向かう『意志』が欠如するのです。

 例えば、「我々には柔軟性があるから、自ら進んで市場をアメリカ化しているのだ」とか、「我々は民族的に勤労的で、優秀だから、グローバル市場(アメリカ圏市場)で競争して勝てるはずだ。だから、自ら進んで市場を開いているのだ」などと言い張ったり。

 こういうのは自信ではなく、『虚勢』というものです。
 本当は誇りが傷つけられているのに、「傷つけられていません」とする方便です。
(視点を変えて見れば、それは、現時点での徴兵可能性を一ミリでも増やしたくない一方、ナショナリズムだけは充足させたい……という信じられないほど勝手な民衆の都合へ上手に応えた虚勢や方便でもあるのですが)


 我々に必要なのは、日本が日本である事への自信であります。
 日本を、日本ではないものにして代替的に得る虚飾の自信など必要ないのです。

 政府のあり方、経済のあり方、市場のあり方、産業のあり方、そして生活のあり方に至るまで、我々の歴史的な正統、正当、適正、価値、基準諸々における共通感覚についての自信……つまり、独立への自信こそが必要なのです。

 当たり前ですが、経済は政治と切り離せないし、また、軍事や外交とも切り離せません。
 それは単に貿易が政治的パワー・ゲームだというだけの話に留まらないのです。
 つまり、国際関係において、我々が我々の思う大儀に基づいて適正に振る舞うという独立した立場を持ってこそ、国内政治や経済においても自分たちの内発な『公正についての共通感覚』を信じてやっていこうという気になる……という意味で。
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