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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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混ぜるな危険 

今回話したいのは、混ぜるな危険ということである。
 一体何を混ぜると危険なのかというと、政治思想上の右左と、経済の主義の二つについて、である。

 これは多くの人が混同している大変危険な問題である。何故ならば、政治思想上の右左において常にバランスを希求していかねばならないのと同様に、経済の主義もバランスを取ることが不可欠だからだ。

 (尚、以前『右と左』という記事で書いたことと重複する部分もあるかと思うが、ご了承いただきたい。)

 政治思想上の右左とは、国家の統治に関する立場の話しである。右が国家の枠組み、日本で言えばご皇室や歴史の断続性。左が国民の自由と平等、日本で言えば天皇の下の民主主義。

 対して、経済の対立軸は、大きな政府と小さな政府というものにわけられる。

 仮に、J国という国があったとしよう。J国民は百人いて、その国の一年間で回る物質量が千あったとする。そして、あなたが政府だ。この際に、あなたが取れる経済体制を4つに分類してみる。

①「あなたが国民から税金を1も取らなかった場合」
 これは無政府状態である。政府として予算がつかず、近代国家としては権限も権力もほとんどない。故に統治も効かないから、政府と呼ぶのさえおこがましいといった状態だ。

②「あなたが国内の物質量千を全て徴収し、それを政府として全て管理した場合」
 これが完全なる計画経済である。私有財産を否定する経済思想だ。これは統治はものすごく効くが、市場経済の競争原理がほとんど効かない。

③「あなたが、国内において一年間で回る千のうち、800ぐらいとか大部分を徴収するが、残りの200は市場経済に任せ、私有財産も一応は認めた場合」
 こういった経済体制は大きな政府と呼ばれる。完全なる計画経済ではないが、多くの税を取り、政府の管理する部分が大きい経済のことを呼ぶ。市場経済の競争原理はあまり効かないが、社会保証とリフレーションなどの統治に適している。

④「あなたが、千のうち200ぐらいとかを徴収して、大部分の残り800を市場経済に任せた場合」
 これは小さな政府と呼ぶ。税率が少なく、政府が管理する部分が小さな政府であるということだ。これは競争原理はすごく効くが、統治はあまり効かない。


 大きくわけて以上の4つの中であなたはどれを選択するだろう。?や?はマズいと思うかもしれないが、?か?はどちらを選ぶべきなのか。

 結論から言えば、③と④の間でバランスを取るべき、なのである。何故ならば、政府の権限を維持して国家の統治を効かすことも、国民の間で円滑に物質を回すことも、双方重要な事案だからだ。
 そしてそれは、J国の歴史に基づく倫理観や価値観によってなさねばならない。③と④の間でどこが適切であるかの正解など、存在しないからだ。(正解があるのならば、全ての国がその経済体制を採用しているはずだ)

 ここで、我らが祖国日本に立ち返ってみよう。
 以上のことを踏まえれば、我々日本人が「こんくらいが中くらいの政府かな」と思うラインを常に希求し、微調整していくことこそ、日本がとるべき経済体制、経済施策であると、分かるはずだ。
 そんなに難しいこと言ってないし、極端な断定もしてない。ただ単に、「経済体制は経済体制で、日本の価値観に基づいたバランスを取るべきだ」と言っているだけだ。


 しかし、俺が生まれる数十年前、冷戦が勃発し、日本国内では左翼全盛の学生運動や彼らが形成した思想的土壌のようなものが生まれたという経緯がある。彼らの思想は極めて歪で、その歪な思想に反抗する形を取らざるを得なかった右派の思想も必然的に歪になった。それが日本の現代政治思想史なのではなかろうか。
 その弊害の主たる部分として、保守派=自由主義経済、左翼=計画経済、というイメージがこびり付いたことにある。それは、戦後新左翼が信望していた共産主義が、極端な計画経済を採用していて、それに対抗する保守派は必然的に自由主義経済の方へベクトルが向いたからである。
 言葉のイメージというのは怖いもので、本来全く別の対立軸を持ってバランスを取るべきである政治思想と経済体制を、抱き合わせのイメージで考えてしまっているのだ。だから、「右左って何? よく分からない」と混乱するのである。または明らかに誤解して捉える人間も多く出る。


 次回の政治記事は、政治思想と経済体制の対立軸を、分かりやすく4つに分類してみようと思う。



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 結論から言えば、?と?の間でバランスを取るべき、なのである。何故ならば、政府の権限を維持して国家の統治を効かすことも、国民の間で円滑に物質を回すことも、双方重要な事案だからだ。
 そしてそれは、J国の歴史に基づく倫理観や価値観によってなさねばならない。?と?の間でどこが適切であるかの正解など、存在しないからだ。(正解があるのならば、全ての国がその経済体制を採用しているはずだ)

 ここで、我らが祖国日本に立ち返ってみよう。
 以上のことを踏まえれば、我々日本人が「こんくらいが中くらいの政府かな」と思うラインを常に希求し、微調整していくことこそ、日本がとるべき経済体制、経済施策であると、分かるはずだ。
 そんなに難しいこと言ってないし、極端な断定もしてない。ただ単に、「経済体制は経済体制で、日本の価値観に基づいたバランスを取るべきだ」と言っているだけだ。


 しかし、俺が生まれる数十年前、冷戦が勃発し、日本国内では左翼全盛の学生運動や彼らが形成した思想的土壌のようなものが生まれたという経緯がある。彼らの思想は極めて歪で、その歪な思想に反抗する形を取らざるを得なかった右派の思想も必然的に歪になった。それが日本の現代政治思想史なのではなかろうか。
 その弊害の主たる部分として、保守派=自由主義経済、左翼=計画経済、というイメージがこびり付いたことにある。それは、戦後新左翼が信望していた共産主義が、極端な計画経済を採用していて、それに対抗する保守派は必然的に自由主義経済の方へベクトルが向いたからである。
 言葉のイメージというのは怖いもので、本来全く別の対立軸を持ってバランスを取るべきである政治思想と経済体制を、抱き合わせのイメージで考えてしまっているのだ。だから、「右左って何? よく分からない」と混乱するのである。または明らかに誤解して捉える人間も多く出る。


 次回の政治記事は、政治思想と経済体制の対立軸を、分かりやすく4つに分類してみようと思う。
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Category: 経済

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