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1.藤井聡教授V.S.リフレ派 

 現内閣官房参与で、京都大学大学院教授の藤井聡教授と、俗にリフレ派と呼ばれている経済論者達の対立……というテーマについて、何回かやっていきます。一年半前とは違い、既に「保守分断だ!」などと文句を言う人も少なくなっているでしょうから、思う存分やります。
 今回は、そのフィールドであったアベノミクスの経緯から。


 リフレが好き……という方には無理にとはいいませんが、そうでもないという方はどうかランキングにご協力ください。お忘れにならぬよう、押してから読んでいただけると嬉しいです。




倉敷2


 「藤井聡教授とリフレ派の対立」は、アベノミクスが登場し、その経緯の中で鮮明化していった対立であります。(勿論、思想背反そのものは以前からありましたが、アベノミクスがそのフィールドになったということ)

 アベノミクスとは「三本の矢」ーー
第一の矢『金融政策』
第二の矢『財政政策』
第三の矢『経済成長戦略』
 と言って、自民党復権総選挙の少し前に提示された経済政策の指針のようなものです。
 ただ、そもそもの登場時点では、それは「二本の矢」言って然るべきものでした。
 というのも、第一の矢、第二の矢に比べ、三本目の矢「経済成長戦略」はこれがなんなのか誰にも分かられていなかったのです。(勿論、安倍首相にも)

 ただ、少なくとも、方向性としては次の二通りの理屈が考えられたはずです。

1、政府の指導による経済成長の戦略(計画・統制)
2、政府の排除による経済成長の戦略(規制緩和・構造改革)

 今でこそ、第三の矢、経済成長戦略とは2の規制緩和・構造改革路線だという話になっていますが、少なくとも一年半前の衆議院総選挙で、安部首相はこれを「研究開発等の政府投資」としておっしゃっていたのであり、また、麻生財務大臣は「経産省による産業政策」とすらおっしゃっておられたのです。
 ちなみに、「産業政策」とは、明治に礎石を築いた「殖産興業」とか、戦後に成功した「傾斜生産方式」というような、官僚による産業の統制のようなもので、構造改革や規制緩和といったような政府の権限を剥奪して市場に開放する方向性とは『真逆』な政策論だとすら言えるものです。

 勿論逆に、安部首相の言葉の端々に構造改革的なきらいは垣間見えていたし、産業競争力会議などの設置という問題は当初からありましたから、第三の矢、経済成長戦略が「計画、統制」か「規制緩和、構造改革」のどちらの方向へ向かって行くかは、判然としないという非常に微妙な情勢が「政権樹立前後」から「TPP交渉参加表明」まで続きました。それは、ちょっとした国際情勢だとか、大衆の都合だとか、それに応じて影響力の大小が決まっていく内閣周辺の雰囲気だとかに左右されるような繊細な情勢でした。

 その雰囲気の「鍵」となっていたのは、明らかに「一本目の矢、金融緩和」と「二本目の矢、財政出動」とを束ねる『文脈』だったのです。
 つまり、金融緩和と財政出動という二つの脱デフレ政策を、どう関連づけ、どう運用するか……この短期の方向性が、第三の矢、「経済成長戦略」という長期の方向性についても、密接に関わっていたということ。

 そう。急所ーーツボはここだったのです!

 その「金融緩和」と「財政出動」の文脈をどう捉えるかというところに、「藤井聡教授とリフレ派の対立」があったし、アベノミクスがどういった方向で形作られ、方向付けられてゆくかという「雰囲気の焦点」があったのであります。


 今日はとりあえず、ものすごく大まかにこの「藤井、国土強靱化」と「リフレ派」の態度を腑分けしておきます。


・藤井聡教授、国土強靱化
 第二の矢『財政政策』を主に、第一の矢『金融政策』は補佐として考える。
 さすれば、必然的に第三の矢『経済成長戦略』は、「政府投資」や「産業政策」といった計画、統制、大きな政府……の方向性を前提としてゆくことになる。


・リフレ派
 第一の矢『金融政策』を主に、第二の矢『財政政策』は補佐として考えるか、否定する。
 さすれば、必然的に第三の矢『経済成長戦略』は、「規制緩和」や「構造改革」といった自由市場解放、輸出主導、小さな政府……の方向性を前提としてゆくことになる。


 少し乱暴でしたが、大枠の対立項はこういう事だった。
 今でこそ、アベノミクスとは「リフレで構造改革」だということになっていますが、それは次第にその度を強めていったに過ぎない。そして、この「アベノミクスにおけるリフレの勝利の原動力」は、やはり『民主主義』だったのです。結論を言ってしまうと、この度もまた、民主主義が失敗したということに過ぎないのであります。
 何故なら、リフレの論理における思想ーーパラダイムは、「大衆のパラダイム」と呼ぶべきシロモノだからです。

 果たして、リフレ派が大衆の純粋化された姿なのか、リフレ派が大衆を代表したのか。それは見極める事ができませんし、それは大した問題ではないでしょう。
 ただ、藤井聡教授が果敢にもリフレ派と闘い続けてくれたお陰で、その形跡に、リフレの思想=大衆のパラダイムというものが分かりやすく見て取れるようになっている。

 そのために、次回はマンデル・フレミングという一昔前にリフレ派の間で流行った(今も流行っているのでしょうか?)話を、振り返ってみようと思います。



(つづく)


※参考過去記事
 おおよそ一年半前の記事なので、今から見ると拙すぎて恥ずかしいのですが、2012年12月以来、主張が変わっていないことの証明として。
「アベノミクスとリフレとケインズ」
http://shooota.blog.fc2.com/blog-entry-47.html
「アベノミクスとリフレとケインズ2」
http://shooota.blog.fc2.com/blog-entry-49.html


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