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2.藤井聡教授V.S.リフレ派(マンデルフレミングモデル前半) 

 アベノミクス登場以来、アベノミクスを「金融政策を重んじ、財政政策を軽んじるリフレ政策」として解釈した者達は、マンデル・フレミングというモデルを振りかざすか、あるいは、マンデル・フレミングモデル的世界観を前提としております。
 というわけで、今日はマンデルフレミングを「藤井教授対リフレ派」の対立項として論じます。

 なお、「マンデルフレミングモデル!」などと、さながら必殺技のような名前に怯む方もおられるでしょうが、安心してください。
 これは全然難しくないし、実際くだらない話です。「マンデルフレミングモデル」ではなく「まんでる・ふれみんぐ・もでる」と可愛いらしく表記すれば驚かれなくて良いのかもしれませんね。


 マンデルフレミングモデルがどうしても好きでたまらない……という方には無理にとはいいませんが、そうでもないという方はどうかランキングにご協力ください。お忘れにならぬよう、押してから読んでいただけると嬉しいです。





ローマ


 確かに、マンデル・フレミングモデルによれば「変動相場制で資本移動が自由ならば、財政政策は無効で、金融政策はとても有効」という結論が導かれはします。
 しかし、これは『仮説ーー演繹』の営みであるから、「仮説を成り立たせる条件の揃った状況下では、普遍的に適応される」という性質のものであります。つまり、「現実世界」と「仮説ーー演繹の経済モデルにおける世界」の間には『乖離』があるはずなのです。

 では、マンデルフレミングモデルの世界では一体どんなことが起こって「変動相場制で資本移動が自由ならば、財政政策は無効で、金融政策はとても有効」という風になるのでしょうか?
 その流れをごく簡単に説明すると以下です。

「政府が公債を発行し、政府が支出を増やせば確かに需要が増える。しかし、政府が市場の通貨を需要すれば、その分だけ市場の通貨が減り、金利が上がる(貸したい側が減り、借りたい側が増えるはずだから)。金利が上がれば海外から円を買う動きが出て円高になる。円高になれば輸出が減る。『総需要=消費+投資+政府支出+輸出-輸入』だから、政府支出で増えた分の需要も、輸出減で相殺される」

 こうやって説明されると、「なるほど、そうかもしれない」と思われるかもしれませんが、これは色々と綻びの多い論理なのです。


 その中でも藤井教授は、これに極めて有効な反撃をしています。
 それは、「政府が市場の通貨を需要すれば、その分だけ市場の通貨が減り、金利が上がる」という部分が成り立たなければ、上の理屈はまるで現実世界では通用しないはずだ、という反論です。

 まず、政府が公債によって通貨を吸い上げても、まだ貸す側が借りる側よりも過剰ならば、金利は上がりません。つまり、そもそもデフレで資金需要が低く(お金を銀行から借りてまで投資するという見通しのつく企業が少ないから)、銀行が貸し所に困っている状況で、公債の発行による金利の上昇は考えられない。つまり、マンデルフレミングモデルが成り立つためには、「通貨を貸したいという供給より、借りたいという需要の方が多い」という状況……インフレの場合でしか当てはまらないのです。
 つぎに、財政出動に併せて金融を緩和するのであれば、通貨の供給不足による金利上昇は避けられるという事も、指摘されております。『財政政策』を『金融政策』で補佐するというのは、こういう事です。
 さらに、これまで公債を発行しているが金利は低いままできたという「事実」があります。これで、マンデルフレミングの演繹が、現下の帰納的な分析においては適用できない事がほぼ明白にされていますでしょう。勿論、帰納はその普遍性を立証できませんが、「過度な演繹を帰納で、過度な帰納を演繹で批判する」という常識的態度を持てば、これは無視のできないことのはずです。

 まとめると、
「デフレでは政府の公債発行は金利を上昇させないし、財政出動に金融緩和を併せれば金利上昇は抑えられるし、その証拠に今までの公債発行は金利を上げていない」
 ということ。
 それならば、少なくとも現下でマンデルフレミングは適用できないし、さらにクラウディングアウト(公債発行が金利を上げ、民間投資を圧迫するという理論)も適用できないはずです。

 乱暴にまとめてしまいましたが、藤井教授の反駁の要旨は、概ね以上のようなものです。
 そして、この反駁に対するリフレ派の反駁で、有効なものを見た試しがありません。(何処かにそういったものがあれば、教えていただきたいくらいです)



 さて、この対立を外から眺めていると、ふと、疑問に思う事があります。
 というのも、「マンデルフレミングがインフレ時にしか適応できない」という藤井教授の論はもっともではあるけれど、そもそも「ISーーLM分析」を拡張したものがマンデルフレミングモデルであったはずなのに、それがインフレ時にしか適応できないというのは一体どういうことなのか……

 次回はこの疑問を探る方向で論を進めたいと思います。



(つづく)
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Category: 経済

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コメント

No title

「金利が上がっていないからマンデルフレミングモデルは現下では適用できない」というのは、少し結論を急ぎすぎたお話かと。通貨高は実際に観測されています(小渕・麻生政権)し、そもそも金利が実際に上がってから悠長に当該国の通貨(この場合は「日本円」)を買いに行く投資家はいません。つまり、通貨高が発生していることそれ自体が金利の上昇が(目に見えない形で)あった証拠と言えます。

孫引きで申し訳ないですが、
http://ameblo.jp/typexr/entry-11717184761.html

「事実から帰納せよ」と仰るのであれば、「通貨高」という「事実」にも同様に目を向けるべきでしょう。

※というか、藤井氏が提示した公債発行額と金利の推移を示すグラフでも公債発行の短期的な拡大の際に金利(特に実質金利)の上昇が認められるんですがね。



そもそものお話をすれば、いわゆる「リフレ派」がマンデルフレミングモデルを持ち出すのは大抵の場合、「金融政策無効論」に反駁するときです。「金融政策は効かない」「財政出動をやれば事足りる」という論に対する反論に用いられるわけです。そして、財政政策“のみ”を行ってもデフレ脱却や経済成長に資さないことは小渕・麻生政権における実績という「事実」からも帰納されるお話です。

マンデルフレミングモデルを持ち出したから「リフレ派が財政政策を否定している」というのは拙速が過ぎます。彼らは「金融の緩和政策が必要不可欠だ」と言っているに過ぎず、財政政策そのものの是非には言及していないのですから。

私に言わせれば藤井氏を初めとした「反リフレ派」の主張は被害妄想もいいところです。



ここからは私個人の考えですが、「『財政政策』を『金融政策』で補佐する」というのは事実上、固定相場制を志向するということです。固定相場制になってしまえば、マンデルフレミングモデルに則って、財政政策は(単独でも)有効となります。藤井氏らは表向きはマンデルフレミングモデルを否定しておきながら、その実、マンデルフレミングモデルを参考に「財政政策が(単独でも)有効になるような」提言をしているのです。

ここで、歴史という「事実」に立ち返りましょう。

昭和恐慌下で大蔵大臣に就任した高橋是清が真っ先に行ったのは金本位制からの離脱、すなわち固定相場制から変動相場制への移行です。世界を見回しても、「金本位制から離脱した順番」に大恐慌から立ち直っていきます。

恐慌(デフレ)からの脱却にバツグンの効果を発揮する「変動相場制下での(自由な)金融緩和政策」を重視することが「事実からの帰納」でなくて何でしょうか?そして、「事実」に逆らって固定相場制を志向する藤井氏らの態度はあなたの仰る「常識的態度」と言えるのでしょうか?

空き地 #- | URL | 2014/07/03 11:30 [edit]

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