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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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賃金にかんする序章 

 今日は、賃金の問題から論じてみます。

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 賃金の話題をするために、まず、『名目賃金』と『実質賃金』というものを説明しておきましょう。

 字面は何だか小難しいようですが簡単な事です。

 名目賃金は、その額面とおりの賃金です。
 たとえば、ある人が一年間働いて200万円の給料をもらったならば、その「200万円」が名目賃金というわけです。

 実質賃金は、その額に「物価」を加味したものとなります。
 たとえば、ある人が一年間働いて200万円の給料をもらったとしても、世の中の「物の値段」が上がれば、その「200万円」の価値は、当初の200万円より下がっているでしょう?
 逆に、「物の値段」が下がれば、その200万円の価値は、当初の200万円より上がっている。
 つまり、缶コーヒー1本100円である世の中の200万円と、缶コーヒー1本千円である世の中の200万円では、200万円の価値が違うのです。

 そういう風に考えると、一見、「物の値段が下がりつづける」というのは、良いことのように思えます。と言うのも、物の値段が下がり続ければ、200万円で買える缶コーヒーの数は増え続けるでしょう?
 ですから、『デフレーション』(物の値段が下がり続けること)というのは問題ではないと言う人達が、かなりいました。

 しかし、デフレーションを、『デフレスパイラル』として一連の流れとして考えてみると、少し厄介な事がわかる。

 デフレスパイラルとは、

1、モノの値段が下がる
2、企業の粗利が下がる
3、給与が下がる
4、消費(需要)が下がる
5、供給が余る
6、モノの値段がまた下がる

 という循環です。

 つまり、物の値段、企業の粗利、給与、消費、投資……といった経済項目は、相互に連関しあっているということ。

 ただそれでも、その相互連関が市場の中で『均衡』して進むのであれば、デフレーションは問題ではないという事になります。
 この場合の『均衡』というのは、「物の値段、企業の粗利、給与、消費、投資」といったもののあらゆる推移を人々が予測し、そしてその通りに進んでゆく……という意味です。(あるいは平均としては)

 しかし、現実世界の人々に、そこまでの『理性』はありません。
 つまり、人々の『予測』は極めて不完全であるし、また、人々は自分の予測が不完全であるという事も知っています。

 特に企業は、需要が減り、粗利が減ってゆく世の中では、将来が不確実であると見なし、貨幣を信用資産として保有しておこうとします。(流動性選好)
 すると、物の値段が下がる以上に、『給与』と『投資』が減り、貨幣は『企業の内部留保』や『投機』へと向かってしまう。

 ですから、人間の理性が不完全であるという前提に立てば、デフレーションが問題なのは確かなのです。



 さて、ここで実質賃金、名目賃金の話に戻りましょう。

 そもそも、「デフレーションは問題ではない」と見なす者は、実質賃金を重視すべしと主張します。というのも、賃金の下落に沿うように物の値段が下落するなら、デフレーションは問題ではないということになるでしょう?

 対して、「デフレーションが問題だ」と見なす者は、実質賃金を重視する態度に疑問符を投げかけます。つまり、労使共に物価の下落と賃金の下落を予測し切っていたりなどしないからです。


 デフレーションが問題であると思う私は勿論、「賃金は実質で見るべきではない」とは思います。しかし、このことを酷くねじ曲げた格好で拡張したのが、リフレ派です。
 リフレ派は、「労働者は賃金を額面(名目)でしか考えないから、物価上昇に伴う実質賃金下げ圧力は問題ではない」というところまで拡張して、さらに「その名目と実質の差分で、労働者を安く使える分だけ、収益を上げる事ができるようになる」ということを「インフレーションでなければいけない理由」の一つだとするような、酷いねじ曲げ方をするのです。

 この理屈が酷いのは「やまと心」さえあれば分かるでしょう。
 しかし、仮に日本人に一切のやまと心が消失してしまっていたとしても、馬鹿でなければおかしいと分かるはずです。

 何故って、名目賃金と実質賃金の差分でコストを実質でカットできるのだとして、そのことによって起こる投資には、やはり見通しが必要になってくるのです。つまり製品を安く『供給』できるようになることと、その安い製品が『需要』される事は別問題で、また、企業の方もそのことを分かっているから全体として投資が増えることもない。
 つまり、物価と賃金にかんするリフレ流解釈は、『供給』サイドの領域しか網羅していないのです。そして、供給サイドの領域しか網羅しないのであれば、そもそも「デフレーションが問題である」とする論理の方に、綻びが出てしまう。
 何故なら、供給されるものが全て需要される、あるいは需要されるものしか供給されない……といった完全情報的市場では、「デフレーションでも市場は均衡する」と考えなければならないからであります。



 これに対して、『需要』サイドを考えれば、やはり『賃金』の上昇は無視できない話題になります。

 ただ、だからと言って、少し前の三橋貴明氏のように「実質賃金」を問題にするのは、本末転倒というもの。賃金を実質で考えてしまうと、これはこれで「デフレーションが問題である」という所への論理が絶えてしまうからです。

 また、私は、別に人々が「手に入れられる物質の量」を増やす事が良い、などとは全然思いません。
 というのも、現代大衆人はまだまだ全体として飽食であって、たとえば「一家に一台だった車を二台買えるようにする賃金上昇」だなんて、不必要かつ有害であるとさえ思います。
 そういった意味でも、賃金を実質で見る事には、たとえリフレ派を糾弾する意図であっても賛成できかねます。


 これは長期的スパンを臨んだ場合の、『態度』の問題ですが、やはり賃金は『名目』で見るべきです。と言うより、税引き前の額面で見るべき、といった方が正確でしょう。
 つまり、「人々が、より多くの物質を手に入れられるようにする為」ではなく、「実体的労働が、長期的に額面として評価される為」に賃金は上がっていくべきなのです。

 勿論、「名目賃金が、上昇する物価以上に上がっていく」という意味での実質賃金上昇(三橋氏はそういう意味で言っているのでしょうが)を望むことは否定しませんが、最終的に、その実質での賃金上昇分は、「人々の欲望としての需要」ではなく「公の恒常的需要」としてされていくべきだろうと、私は強く主張するのものです。
 つまり、デフレーション脱却につれての(あらゆる種類の)増税という方法で。

 これは長期的ビジョンにかんする話で、デフレーションの方は短期の話なので、「まず短期の問題を解決する」という考えには賛成です。また、現状の政府支出の拡大は、公債をもってこれに当てればよろしいでしょう。
 しかし、『需要』にかんする長期的なビジョンとしては、「賃金上昇と消費拡大」というよりは、「賃金上昇を税金で徴収、恒常的な公の支出の拡大」という方向性を向くべきなのです。
 つまり、大きな政府へ向かうという事であり、その長期ビジョンを睨んだ短期的問題解決の連続でなければならない。


 話をまとめると、人々の労働についての名目賃金は評価上昇され続けて行くべきで、それが物価の上昇率以上に上昇し、実質賃金としての上昇率分が消費の上昇に繋がり、『需要』の上昇に繋がると考える仕方は、短期的には悪くない。
 ただ、長期的には、その需要の上昇は「人々のそのままの消費活動の上昇」として行われる必要は全くなく、むしろ増税をして、需要の方は政府がこれを公のものとして行えば問題ない……と考えてはいかがか、という事。


 つまり、人々の賃金を上げる必要はあるが、それを『需要』するのは政府がやるべきだということ。
 また、裏を返せば、別に人々が「消費」で購入できる財の量が増えなくとも、賃金は額面で上昇していかなければならないということです。

 この事を考えていただかないと、「デフレーション脱却」と銘打たれたそれは、単なるミニバブルで終わる可能性が高いでしょう。



(了)
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Category: 経済

Thread: 政治・経済・社会問題なんでも

Janre: 政治・経済

tb 0 : cm 1   

コメント

初めまして。この理論だと名目GDPのかなりの部分を永続的に政府支出で賄うということになると思うんですが、具体的にどんな政府支出になるんですか?

マーリンエンジン #txaWry1g | URL | 2014/07/23 01:12 [edit]

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