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日本が日本であるために

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【第3回】永遠のゼロに見える現代大衆人の都合(前章ー3:日本文明における近代的軍隊組織) 






【前章ー3:日本文明における近代的軍隊組織】

 ここで少し、日本文明にとって軍隊組織というものが、そもそもどういうものであったかを掘り下げてみましょう。
 ここで言う軍隊組織とは、明治以降のいわゆる近代的な軍隊組織のことです。



 ですから、まず、「近代」という言葉を解釈する必要があります。ここでは西部邁流を引いて、「近代」を「モダン・エイジ」という英語の方で捉えてみましょう。
 モダンという言葉は「モード(流行)」と「モデル(模型)」という語の派生語で、つまり「社会や組織の模型化が流行として蔓延る時代」という語感が含まれているのです。
 社会、組織の模型化は、なるほど大規模な分業と協業を可能にし、大量の熱量を発揮することができる。しかし、それが模型化である以上、その熱量のベクトルが必ずしもよい方向へ向かうとは限りません。と言うのも、模型化とはいわば単純化であり、人間は意外と結構に複雑なものだからです。
 ですから西洋人……とりわけヨーロッパ人におけるほんとうの近代(モダン・エイジ)は、近代を純粋化して進歩せしめようとする「ウルトラ・モダン」と、近代を懐疑し前近代を引用しようとする「プレ・モダン」のせめぎ合いの中にあった。
 要するに、「モダン」(模型化の流行)とは、産みの親である西洋人においてですら諸刃の剣だったのです。



 さて、日本文明においてこうした問題はさらに深刻なものとなります。
 そもそも、日本において近代的な枠組み(モダン)と言うのは、何の為に導入されたものだったでしょうか。結論から言えば、それは軍事力の為です。
 明治以来、あらゆる旧習を捨て、人々の(特に武士階級と農民階級の)慣習や信仰を蔑ろにしてまで、議会制度や官僚制度、工業都市化、封建的身分組織の解体、はたまた民法、資本主義貨幣経済や自由貿易に至るまでを導入し続けた唯一の「大義」は、その模型化による熱量と、国内では生産不可な科学と物質を輸入することによって、「軍事的パワー」を得る事にあった。これだけは確かであり、他にモダンなどという厄介極まりないものを引き受ける理由などあるはずもないのです。

 そして、何故、軍事力を高める必要があったかというと、これはまことに奇妙な事に、日本の文化圏(天下)を近代(モダン)の猛威から守る為であった。
 つまり、近代(モダン)を拒否するために、日本を近代(モダン)化せねばならなかったという、錯綜がまずあったわけです。




 具体的に言うと、まず、我々日本文明は、徳川時代末期に「西洋文明」と本格的に対峙することになりました。これは西洋の造船技術の発達によって地球が狭くなったからです。これを「グローバル化」と言い換えるも可でしょう。そして、地球が狭くなればより強い暴力をもった国と弱い国が相対することになる。
 この場合、弱い方は日本であり、日本は「強制的な自由貿易および経済の自由化」による「自生的な産業、文化、信仰」の危機に直面しました。この危機は、外人が「模型化」の急激かつ純粋なるを「暴力」を背景として強制的に推し進め、彼らの短期的便益にしするよう改変しようとするベクトルからきています。

 そこで我々は、せめてその「模型化」の速度と色合いを、強い中央政府組織によって何事か内的にコントロールしながら、軍事的対抗力をつけなければならないという話になったのです。
 もっとも私は、将軍や武士階級の権威を完全に放逐する形での倒幕、明治維新といういわゆる「ご一新」に偽善や欺瞞を感じる者の一人ですが、仮にああいう形でなくとも、日本文明圏に強い中央政府体制が必要であったことは確かだったはずです。強い中央政府体制とは、戦国乱世の結果としての幕藩体制ではなく、日本文明を束ね(ファッショ)する中央集権的模型のことであります。これ以外に、日本文明の連綿性を外圧から保全する手だてはなかったのですから。(そして、それは現在もまったく同じです)




 その後、明治維新という「ファッショ(束ね)」は、対西洋として西洋から吸収する技術と制度……という意味での開化を一定成功させたように見えました。日清戦争に勝ち、日露戦争に勝ち、第一次世界大戦にも勝ち、その日本の「模型」は一流とすら言えるものとなったわけです。
 しかし、その技術と制度の発達は、日本文明における人間交際の発達と共に歴史的段階を踏んで成されたわけではありません。モダンを産んだ文明はヨーロッパであり、日本文明は外圧に対する必要性にかられて模型を移植したに過ぎないのですから。故に、「模型化の単純性」と「そこにいる人間の複雑性」というものの解離は、より深刻なものであったわけです。

 夏目漱石は『現代日本の文明開化』という名講演で、こうした日本の近代化を「外発的開化」と呼びました。いわく、日本の外発的開化は、平均値として人や人々に楽や享楽を与えはしたけれど、反面、人の心や人々の交際には解離と苦しみを強いることになった、と分析しているのです。
 げに軽薄なる現代人達はおおむね「一般庶民が、近代的生活様式や近代的自我を獲得することとなるはじめの光」として、開国や開化というものを解釈していますけれど、私はそんな見解はクソッタレだと思うし、漱石の言っている事の方がほんとうだと思います。大衆や市民などという無機質な諸個人ではなく、歴史的に続いてきた土地(ネイション)の生活の中にある「ナショナルな民」の安寧を考えれば、開国、近代的生活様式、近代的自我などという外発的開化など迷惑千万な話であるはずなのです。何故なら我々は人間であり、生まれ落ちた場における人間交際があり、信仰があり、主観性があり、心があるからです。また、仮にむしろ民のほうが開化をより「選好」していたとしても、「選好」と「民の安寧」は別問題です。何故なら、選好は人の主観性を必ずしも体現しないし、ましてや心の安寧を保証したりはしないからです。

 もっとも先に述べたように、いかに迷惑千万なものであろうと、近代を引き受けなければならない外的な状況があるからこその「外発的開化」ではある。ですから、漱石は、この問題に「解決の希望はない」ということを堂々と言ってのけ、日本人というものを心底気の毒がっているのです。この絶望にこそ、どうか注目していただきたい。

 つまり、一方で、パワーの問題としても、近代の不可遡の観点からも、我々が外発的開化から逃れる術はない。いくら内発的開花を志向しても、厳然と外圧というものがあり、地球は狭くなっているのですから。
 また一方で、もし「ならばいっそのこと西洋人になってしまえばどうか」という考えに至ったとしても、日本人は絶対に西洋人にはなれない。ちょっと西洋人っぽく(現代で言えばアメリカ人っぽく、グローバル人材っぽく)ふるまってみたところで、街を歩くすべての日本人の容姿は黄色い猿のごとく滑稽で醜いのです。女性はまだしも、日本男性の容姿の酷さといったらない。鼻梁はハッキリせず、足は冗談のように短く、体格そのものも貧弱です。そして、あちらにひときわ目付きの悪い猿がいたかと思えば、それはビルのガラスに映った自分自身であったりするわけであります。外面ですらここまで違うのだから、内面についてはさらなり。

 つまり漱石が日本人を気の毒がっているのは、日本人としてしか存在しようがない日本人達が、日本人でありながら極めて不自然に近代(モダン)を引き受けなければならないという運命に対してなのであります。

 また、二百年弱の日本史の中で、大東亜戦争はこの運命的ジレンマが最も赤裸々に表出した事象だ、とも言えます。
 と、いうのも、大東亜戦争は一方で幕末以来の対・西洋近代……つまり外発的開化に終止符を打つという「近代の超克」戦争の意味合いが色濃くあった。だって、相手は米、英ですから、これを打ち倒すことが出来れば、幕末以来のパワーの問題が劇的に解消され、ジレンマは相当程度解消されるはずでしょう。つまり大東亜戦争は、開国以来の百年単位で見た「文明の自衛」としての戦争であったと言う事もできるのです。

 ちなみに、この百年単位の文明の自衛を大義として認めないならば、大東亜戦争を「自衛戦争」と呼ぶ根拠などないのです。
 よく「大東亜戦争は自衛であった」という言が主に保守派から聞かれます。が、もし「自衛」の意味を、現代人が前提としているような「日本人の生命と財産を守る」という意味での自衛と考えるなら、大東亜戦争は自衛戦争などではないのです。
 だって、もし自衛の意味を「日本人の生命と財産を守る」ということと見るなら、「ハルノートを受け入れて大陸から撤退すべきだった」というサヨクの理屈に一理も二理もあるということになる。少なくとも、結果的にはその方が「日本人の生命と財産」は守られていたかもしれないでしょう。その意味でサヨクには一貫性というものだけはある。
 しかし、ハルノートが受諾不可であったのは、それまでの経緯というものがあり、百年単位の「文明の自衛」の為には受け入れられぬものであったからです。つまり、大東亜戦争を「自衛戦争」と言う時、その「自衛」は「日本人の生命と財産を守る」という意味での自衛ではありえない。
 というより三島由紀夫が言う通り、そもそも軍隊の建軍の大義とは、自衛隊にせよ帝国陸海軍にせよ、天皇を中心とした「文化圏」を守るというところにある。「日本人の生命と財産を守る」という所に大義はないのです。そこのところ勘違いしてもらっては困ります。むしろ逆で、軍隊とは「日本人の生命と財産によって、日本文化圏を守る手段」なのです。
 そして、「自衛」というのも本来そうした意味でしかあり得ないし、大東亜戦争の「自衛」もそうした百年単位の文明の自衛という所にあった。


 しかし、もう一方で、その文明の自衛の手段として用いている軍隊とは、「近代(モダン)」の最も粋なるものだという現実もあった。
 つまり、大東亜戦争とは、百年単位で見た近代の超克戦争の様相があったが、その手だてたる軍隊組織そのものの中にも外発的開化による「近代模型的組織」と「日本人の心や人間交際」との軋轢という問題を一定程度抱えざるをえなかったはずなのであります。

 さすれば、現代の我々は、文明が百年単位で抱えてきた「モダン」と「日本人」の軋轢を見るようにして、軍隊組織の「モダン」と「日本人」を見なければならないはずです。


(つづく)



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