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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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【ブログ記事批評】「大阪のこれからを考える」様より 




 最近見つけたブログなのですが、「大阪のこれからを考える」というブログがとても良くて、私はすっかりファンです。

 全部良い記事ですけれど、今日は以下の二つの記事をご紹介し、私の意見を添えさせていただきたく存じます。

「二重行政は存在しない」
(ブログ「大阪のこれからを考える」)

「二重行政という主張の出鱈目さ」
(ブログ「大阪のこれからを考える」)



 そもそも、かしましく叫ばれ続けてきた「大阪都構想」や「道州制」はたまた「地方主権」などは、二重行政……つまり、「中央・県・市といった行政単位ごとに似たような役割があって、それが行政の無駄と既得権益の温床になっている」という嘘話が根拠になっています。
 要は、その「政府の無駄」とやらを解消して効率的な政府を設計すれば、潤沢な財政が得られ、効率的に公共サービスを供給でき、非効率な公共部門の阻害から開放される民間部門は活力に満ち溢れる……」という論理なわけです。

 しかし、こうした論理は、根本の根本が嘘話で構成されている為、現実にはその上に成り立つ論理も全て砂のように崩れさります。つまり、「無駄な二重行政」など大衆(餓鬼)が言うほど存在しないし、「水ぶくれの政府」などというのは中央、地方含めて存在していないからであります。



 さて、こうした「無駄な二重行政」のような話が嘘話であることは、実は極めて具体的に示すことができます。
 たとえば、「大阪のこれからを考える」様の記事は明瞭かつ簡潔で、明らかに事実を具体的に示しているでしょう。図書館、体育館などの公共施設が「府立」と「市立」で両方あっても、双方共に使用されているのであれば、無駄ではない。それは万人の了解する当然の道理です。
 また、公共施設だけではなく、役所においても中央と府と市で似たような業務があっても、それぞれの行政単位によって違った公益への貢献の仕様があるはずで、それならば「無駄」などではない……と考える事だってできるわけです。

 しかし、こういうことを一つ一つ示しても、おそらくこう反論がくるのですよ。

「確かにそのこと一つについては間違っていたかもしれないが、全体としてはやっぱり政府の無駄と既得権益が社会を不合理にしているに決まっている」

 と。

 こうした小賢しいことを言う連中には色々と言ってやりたく思うわけですが、とりあえず大きな疑問が一つ浮かびます。
 そうした輩は、何故、まず「その一つの政府の無駄への糾弾」が「嘘」であったことに対する「不誠実」について、一瞥もくれぬのか、と。だって、もし彼に良心というものがあれば、こうした「嘘」が「政府に対する不誠実だった」と、まず考えるはずでしょう。

 しかし、多くの日本人共はそう考えない。
 何故なら、多くの現代日本人(大衆)は、「政府についての糾弾であれば、疑わしきは罰せよ。多少の虚偽は大目にみてよろしい」と思っていやがるからです。つまり、日本人の心は腐りきっているのです。

 ですから、賢明なる「大阪のこれからを考える」様は、大阪都構想に懸命に反対しておられるが、きっと大阪市民は都構想を選ぶに決まっているのです。何故なら、大阪大衆民も日本大衆民の一部であり、日本大衆民は腐っているからです。
 たとえば、「小泉郵政改革選挙」、あるいは「民主党政権交代選挙」を思い出してください。大阪都構想住民投票は、あれらと嘘話から論理までほとんど同じで、この大衆(餓鬼)による破壊から大阪市を守る手立ては理論上ないのです。これは、「日本」を大衆の魔の手から守る手立てが理論上ないのと同じことです。

 私は、「大阪には大阪であって欲しい」と願う者の一人なので、非常に残念です。




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