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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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楽チンに暮らせる国だから愛すという似非愛国心 



 近頃、「愛国心」ということを言う人も増えてきました。良いことのように思われる反面、浅薄なことを言う輩も増えているように思われます。一言で言うと、「都合の良い愛国心」とでも称してやりたくなるような。

 例えば、少し前ですが、次世代の党の杉田水脈前衆議院議員がネット上の言論かなんかを引いてきて、「日本に生まれた時点で三億円の宝くじに当選したくらいの価値がある」なんて事を言っていましたが、これなんぞ「都合の似非愛国心」の代表的な現われではないでしょうか。

参考:「日本の良さって何だ!?」https://www.youtube.com/watch?v=qPgsDgi-5ao

 まったくもって、仮にも成人した良い大人が、なんという浅はかなことを言うのだろうと驚きました。



 しかし、こういう「日本に生まれた時点で三億円の宝くじに当選したくらいの価値がある」みたいな下賤で汚らしい大衆的心根が「日本という国を好きでいる動機」になって愛国心を唱えているような連中は、そこら中に結構見かけるわけです。
 これはつまり、今の自分が「日本人として生まれたというだけで、よその発展途上国の人々よりは楽チンな生活を送る為のアドバンテージを持っていること」そのものに、優越意識を持っているということでしょう? まあ、百歩譲って、そういう優越意識のあること自体は許してやっても良いですが、その心根を臆面もなく曝け出して恥ずかしくないどころか自慢げにのたまうという道徳的センスの欠如は看過できない醜さでしょう。

 第一、こういう連中というのは、とどのつまり、そういうアドバンテージを付与してくれるような日本であるからこそ愛に繋がっているという筋になっているのだから、もし、「日本」がそういうアドバンテージを付与しなくなった場合は霧散する愛ということになる。これじゃあ、「金の切れ目が縁の切れ目」みたいなもんでしょう。こういう愛はふつう「偽愛」というのであって、つまり愛ではないのです。

 少なくとも、愛国心……国を愛する心を強調するのであれば、もし、日本という属性が自分に対して世界最低水準の生活基盤しか与えない事になろうと、「日本」ということにこだわる激烈な魂がなければ嘘ですよ。
 そもそも、我々が自分の事を日本人と思うからにはまず、日本というものへの土着心というものがあるはずです。その土着心の共通集合の事を「ネイション」という。こうした土着心は、通常自覚されない心の領域ではあるけれども、何事かそこに危機が生じるとそこへの「こだわり」という心的作用によって強烈に自覚せざるをえなくなる。
 この心的作用の事を愛国心(ナショナリズム)というのであって、「楽チンな生活を送る為のアドバンテージを持っていること」なんてのはオモチャのような話なのです。


(了)
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