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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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日本国と保守的態度の考察 四 

 現代日本の教育のうち、最も危険な問題を孕んでいる項目として、フランス革命に対する捉え方というものがあるだろう。
 とりあえず、フランス革命を起こした『市民』や、或いは、ルソーやロック、啓蒙思想と聞いて、無条件にプラスイメージが沸く人というのは、完全に左翼、或いは革新の思想を持っているのだということを、最低限認識して欲しい。
 別に俺の個人的見解で偏屈なレッテル張りをしているわけではなく、本来的な意味としてそうなのである。
 何故なら、『右翼、左翼』という言い方は、そもそもイギリス議会にて、「フランス革命を支持する議員ら」が議長席の左側に、「フランス革命を支持しない議員ら」が右側に着席していたことからされはじめたのだ。つまり、革命思想を左、反革命思想を右、としたのが語原なのである。
 まあ、時がたつにつれ、それぞれに付随していった思想、哲学体系の一群を指すようにはなった。ただ、なぜそうなったかというと、「たとえ革新の立場をとろうと、フランス革命の思想だけはマズいのはもう明白だから、まともな国家の中ではもうちょこっと慎重にならないと支持されない」からである。
 加えて言うと、何故、共産主義が左と呼ばれるようになったかといえば、フランス革命の思想から生まれたからなのだ。いや、本当に。
 対して、保守主義が誕生したのは、フランス革命が起こったフランスではなく、その周辺諸国が「あれはやばい」と危機感を抱いたからなのである。つまり、各国にフランス革命の線香花火的騒ぎを羨む者達が出てくるものだから、「まあ待て、慌てるんじゃねえ。冷静になって見てみろよ。あれはこれから大変なことになるって。自由や平等や民主主義っていうのも、国家の歴史と枠組みに基づいてもう少し深く考えて慎重に実現していこうじゃあないか」と、宥める必要があったからなのだ。(こう言うと、「旧体制の権力者達が、市民から搾取する権力を失いたくなかったからだろう」とか言い出す連中が多いから本当に面倒くさいのだけれど、議論の対象の段階が違うことが本当に分からないのだろうか)
 別な言い方をすれば、フランス革命の思想が生まれる前は、本来の意味での保守的な態度が普通かつ通常のことだったから、『保守主義』が認識されることはなかった。なぜなら「通常の状態」に名前がつくなどということはないからだ。相対的な比較対照と言葉がなければ、人はそれを認識し得ないのである。
 そして、フランス革命の思想とは、いわば「通常では無いもの」であり、だからこそ「通常」が認識されるようになったというだけのことだ。
 思想の前に、フランス革命という事件自体が「通常でない」ことは、冷静になってみれば分かるはずだ。「フランス革命は成功したのか」、と問われれば、「革命は成った」と答えるしかないが、「フランス革命は成功だったのか」、と問われれば、誰がどう見ても事件自体は「悲劇だった」と答えざるを得ない。その証拠にフランスはそれ以後、苦難の道を歩むのである。
 大半の日本人は、そんなことは知りつつ、「階級社会は絶対的に悪で、市民がアンシャンレジームを打ち破ったことに人類史的意義がある」だとか、「フランス革命の思想自体は間違いではない」とか、「そもそもブルボン朝の圧政が悪かったんだ」とかのたまうのだけれど、そんなに簡単なものだったら人間であることはそんなに苦労しない。物語じゃあないのだから、人間社会とはそんなに単純にできていないのである。いや、むしろ物語的憧憬の念が強いのか? フランス革命は、あまりに過激で、甘美で、危うく、鋭利で、美しいから。しかし、国家とは、物語みたいに「めでたしめでたし」で終わってくれるものではないし、終わってしまったら大変なのである。
 俺は別に当時のフランス人達を悪者扱いしているわけではない。別にフランスが嫌いなわけでもないし。むしろフランス革命であれだけ国家を破壊して、まだ何とか存在を保っているというバイタリティは敬意に値すると思っている。(現在のフランスはもう何をもってフランスとするのか、わけがわからなくなっている気がしないでもないが)
 ただ、俺の物心ついてからの日本が、フランス革命的な危うさを多分に含んでいて、というか瓜二つで、それが日本国民に国家というものを見失わせている大きな要因の一つになっているのではないかと思うのだ。
 現在日本の小、中、高、大学の教員は、フランス革命の思想を無条件でプラスに教え続けるから、ルソーと聞くと「良いこ とを言ったえらい人」と思う日本国民が大量にできあがる。
 左翼だと自覚してフランス革命の思想に賛同しているならばまだいい。革新を貫くにしても、どこかに保ち守らねばならぬことがあることに気づく可能性があるから。
 しかし、本当に危ないのは無自覚で無認識の、ぼんやりとした、なんとなくの革命思想である。これだと無認識故に間違えに気づく可能性がほぼゼロであるし、そもそもフランス革命自体がぼんやりとした、なんとなくの雰囲気を含んでいたのだ。

 というわけで最低限、以下のことは認識せねばならない。
 フランス革命は悲劇であったこと。それは一見優美に見えて過激な思想が背景にあるのだということ。そして、それが蔓延したのは国家の『国民国家化』の宿命とも言える中産階級の増大とバラバラな個人としての『大衆化』にあったこと。また、それを押し進めたのはアンシャンレジームの側で、『国民』統合をすべきだったところを、むしろ大衆に迎合したことの方を反面教師とすべきであるということ。つまり、全体的に見て、人間というものの不完全さを如実に示した悲しい現象であったということ。
 この辺りの細かい所は次回に譲る。
(書いてみたら、なかなかに時間がかかって予定通りいかなかったのである)



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