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日本が日本であるために

主に政治、経済、時事、国家論についてなどを書きます。日本が日本である、ということを主軸に論を展開していきたいです。

 

日本の主権は回復しているのか? 




 主権回復の日……というのは、なんとも複雑な気分になる響きです。

 もっとも、
「1952年の今日、サンフランシスコ平和条約にて大東亜戦争後のGHQ占領状態が解消された」
 という意味では主権回復と言って差し支えないのかもしれません。

 が、この事をもって「主権が回復した」と見なしてしまってよいのか……という問題が、本当のところありますでしょう。
 ありていに言えば事実上、「今に至るまで日本の主権は、アメリカ政府や連合国軍(国連)にある」と、当の日本人自体が考えてはきませんでしたでしょうか。

 これは私の言い過ぎ……などということはないでしょう。
 だって、我々日本人は、未だに「自分達を統治するもの」としての最上位に「アメリカ政府」や「連合国軍」を前提として物事を考えているじゃあないですか。実際、あたかも日本政府の上位機関としてアメリカ政府、あるいは連合国軍(国連)が位置しているかのような「言葉遣い」が当たり前のモノとして世間で通用している。

 もっとも、これは別に「アメリカが酷いヤツだ」という話をしているのではありません。
 むしろこれは、日本人の多数派大衆にとって「都合が良い」から前提とされてきた話なのだという事を、そろそろ認めるべきなのです。

 こうした話が、何故、日本人の多数派大衆にとって都合が良かったのか。
 それは、アメリカ政府や連合国軍(国連)を統治の最上位と前提しておきさえすれば、「日本政府からの自由」もしくは「日本政府に支配されない民主主義」のようなものを担保できるからです。

 つまり、下等で、下賎で、刹那的な欲求だけを優先する『多数派大衆』という種族は、「日本政府の統治」によって自分達の行動が制限されるより、アメリカや国連を上位機関と前提して「日本政府を制限」しておく方が、「その一瞬間の自分自身はより制限されずに済む」ということを大衆本能で察知していたというわけです。
 しかし、このように言葉にしてみると分かるように、これは人間としてあからさまに下等で下劣な都合ですね。
 というのも、国家の長期的運営を考えれば「日本政府の統治」が日本の統治の最上位に位置していなければならないのは明らかなのに、「日本政府によって自分が制限されたくない」というその一瞬一瞬の都合の方を常に優先し続けてきたのですから。例えば現今、「少なくとも自分が生きている間は、徴兵のない状態にしておけ」という大衆請求は暗黙の政治基準になっていますでしょう。

 ですから、日本人にはこうした自分達の醜さを飾り立てる「タテマエ」が必要になってくる。
 すなわち、「自分が生きている間さえ……」というのはあまりに格好が悪いので、(本当は心の底でそういう風に思っていても)別な理屈を拵える必要があったということ。
 戦後……とりわけ平成以降の政治論は、いかにこの「都合」に合致する論理を構築し、大衆に迎合するか、に終始してきました。こういう言い方は卑怯かもしれませんが、このことに関しては右翼も左翼も一緒です。

 そして、「日本の主権はサンフランシスコ平和条約の時点で、既に回復しているのだ」というロジックも、そうした大衆の都合に迎合した論理の一つである可能性は非常に高いと思われます。
 要は、「軍事占領状態ではないこと」が「主権の回復」だと強調しておけば、「アメリカや国連を上位機関として見なすことによって、日本政府による自分達の統治を制限する」というサンフランシスコ平和条約以降の「大衆支配の時代」を「正当なる主権回復状態」とみなしておくことができるというわけです。


 しかし、そんな都合の良い話が許されて良い筈はないのです。

 そもそも「主権」とは別名で「最高独立性」といいますね。つまり、その国の統治を、国の外の干渉を排して執り行う「権限」を主権というのです。
 要するに、主権とは統治における「排外性」を大前提にしているものなんであります。
 統治において排外的であるということは、「自分達を治めるのは自分達の歴史的な人間交際の網の目である」という当事者意識と意志がなければ無理ですよ。
 また、そうした当事者意識と意志は、やはり統治において排外的でなければ無理でしょう?

 多数派日本人は、日本について当事者意識もなければ意志もないばかりではなく、統治における排外性にすらこだわらなくなっている。
 ごくごく文明論的に自然に考えれば、そうした文明は「主権がない状態」と評されるべきでしょう。


 主権のない属国(日本)が、たかだかGHQ占領状態が解消されたくらいで「主権回復」を謳うのは、とどのつまり「自分達はこれでいいんだ」と思いたがる大衆への迎合に過ぎないのではないでしょうか。
 もっとも、GHQ占領が解消されたこと自体は良いことに違いありませんから強調してもいいのですが、それなら「主権回復の日」などと言わず、「GHQ占領解消の日」とでも呼ぶべきでしょう。
 でも、本当は大東亜戦争に勝っていれば一番で、GHQ占領など初めっからなかったほうが良かったに決まっているんですけれどね。


(了)

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tb 0 : cm 1   

コメント

GHQ占領が解消されたこと自体は良いこと

いえいえ、今でもGHQ占領は解消されていません。そんな簡単に解消されるようなヘマをアメリカがするわけがありません。あれから60年以上もたっていますが、彼らがひいた線路の上を私たちは羊のように歩み続けているではないですか。

敵はかつての自分達の仕事が「解消」されないように、日本に対してメンテナンスを怠り無くしています。抜け目がないです。

大坪明子 #VGHpASgM | URL | 2015/04/30 16:14 [edit]

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