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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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日本国と保守的態度の考察 五 

 もう一度言っておくが、俺は当時のフランス人達を責める気はないし、フランスという国が嫌いというわけでは決してない。
 それに、例えば、ジャコバン党が……とか、或いはロペス・ピエールが……とかナポレオンが……とか、「こいつが悪い」みたいな個体を攻撃するようなことをするわけでもない。何故なら、そういうことに興味がないからだ。
 ルソーの……とか、は言うけれど、それはルソー個人の批判をするわけではなくその思想を批判するのである。
 また、暴力革命だから否定するーーという話でもない。『暴力』を絶対悪に設定することは、とてつもない危険を孕んでいるし、暴力における善悪はその集団ごとの倫理体系に基づくべきで、後世の、それも余所の文化圏の人間がとやかく言う資格もない。革命においてもまた然りだ。

 ここで話題にしたいのは、大きな現象としてのフランス革命、あるいはそこに見える人間の習性、そして拡散していった思想、そういったものである。

 その上で、フランス革命は『大衆』というものの恐ろしさを最も分かりやすく示しているということと、また、大衆というものには空虚で浅はかだけれど表面上の言葉つらは美しい思想や意志が蔓延しやすいということを、我々が認識しておいても不要なことではないと考えるのだ。
 こういう言い方をすると、一般の人、つまり『民』というものを疎かにする態度であると思われがちであるが、それは誤解だ。
 そもそも、俺自身が日本において一般の民をやっているわけで(いや、むしろ貧乏でなんの背景もない若造なのだから)民という属性を蔑ろにすることは自分を蔑ろにすることである。
 それだけではなく、民なるものの概念は国家を思考する場合に不可欠で、極めて重要な上に、我々の日本文化圏形成において天皇とその背後にある神話や伝説が民の為の治世を善しとする価値を示しているのは明白であるから、日本の保守の立場から『民』を否定することはできない。
 だが、『民』とは何か、と思考するときに、そこには様々な種類と側面があるということも頭に入れておかねばならない。『民』とは十把一絡げにはできるものではないのだ。
 その中で、民のもつ『大衆』の側面には、どんな愚帝より愚劣で、どんな暴君よりも理不尽で冷酷かつ破壊的で、どんな暗君よりもそそのかされやすく、甘ったれた、厨二病的なものを大いに含む、ということを言っているだけなのである。
 大衆化とはすなわち、個人個人がその生活の意識を個人に集約させてしまっている状態で、物事の基準を個々人に置き、『他』を思考する際にも『個』を思考し、全体を単なる個の集まりとしか捉えられなくなる傾向を言う。
 ただ、この民の『大衆化』は、社会システムにおける数理的合理性が「急激に」進めば必然的に進行してしまうものではある。(数理的合理=ここでは、足し算引き算の系列を積み重ねた、数理系的、実証主義的な合理性を言っている)

 フランス革命の起きた原因は諸々議論が尽きないようだが、例によって明らかなることを。ブルジョワージ階級というものが生まれなければ革命は起こらなかった。これだけは間違いない。もし農民が蜂起するのであれば、革命ではなく、税負担軽減を求める『一揆』になるはず。ここで言うブルジョワージとは、都市部の資本家と中産階級ーーいわゆる『市民』だ。
 つまり、都市化という数理的合理に基づいて社会構造が変化したということである。資本をもった商人や、多くの中産階級によって都市の発展による経済の効率化が進んでいったのだ。
 経済が発展すればまた人が集まって、また都市人口が増え、資本も循環しーーという繰り返し。
 それは、ブルボン朝政府の政策によるところは勿論、商人と結びつく貴族もあったから、世代を越えた国家全体としての不可避な流れであったともいえるだろう。
 不可避な流れではあったが、この数理的な合理化には大きな落とし穴がある。
 数理的な合理は、それに人間の方が適応せねばならず、集団の社会構造が変化する。集団が変化するということは、それまで築いてきた共同体の世界観、価値観、倫理観の体系も、齟齬をきたすようになるのは当然だ。これは全ての時代、全ての国家に起こることで、その対処にはそれまでの世界観と倫理観と価値観を、変化に応じてなんとか連綿と秩序だって対応させていくという『微調整』をせねばならない。

 一言でいえば、「合理化による変化に対する集団精神の微調整」これが保守主義の肝であり、キメであり、コツであり、『保守主義』という言葉が生まれる前にも人間の集団がおそらくはやってきたであろう「当然」なのだ。(この当然を成せなくなった国家は世代を越える中で消滅、離散するのみである)

 ただ、あまりに急速に数理的合理、(ここでは都市化や技術、資本システムの発展)が進むと、その微調整をする「時間」がなかったりする。齟齬が齟齬のままに新たな齟齬が生まれ、立脚する世界観や価値観や倫理観から精神的な乖離が生じる。それらから乖離が生じるということは、集団の共同意識が薄れるということだから、意識は個人へ集約されていく。個人へ集約されていった精神は、何を拠り所にするかと言えば、また数理的な合理へ向かうのである。
 すると、「数理的な合理を極めれば良いじゃないか」という話になったのがフランス革命であるが、残念ながら人間はそういう風に出来ていないのだ。人間には、感情があり、何かを、或いは誰かを大切に思う気持ちがあり、憎む意志があり、善と悪を思い、大切な誰かが死ねば弔うという宗教的観念が生じる。そしてそれらは人によってあまりに個体差があるから、集団の歴史的体系化によって秩序だててきたのだ。(綺麗事を述べているわけではなくて、これが人間の実際であり、ここではそこに善悪の価値は含めていない)
 意識が個人としてバラバラになった『大衆』が、それに危機感を覚えるでもなく、むしろ「個人の権利の集合体」という視点と数理的な合理で集団を見ることを善しとしてしまった所に悲劇がある。
 また、印刷技術が発達していて、『大衆メディア』が都市にて形成されていたことが致命的であった。人の世に醜きものは多けれど、大衆メディアほど劣悪で、無責任で、不快と吐き気を誘うものはない。
 ここでは、本の大量出版である。
 ヨーロッパにおいても、活版印刷が浸透するまで、本とは極めて高価なものであり、貴族や聖職者など、一部の知識階級にしか読むことができなかった。(そもそも本は職人が作るものでもっと煌びやかな姿形をしていたのだ)しかし、大量印刷が可能になると、都市部の市民が安価で手に入れることができる上に、市場へ流れる本の絶対数も増える。
 一見良いことに思えるかもしれないが、それは、『売上』に権威が生じるという危険性と表裏一体なのだ。
 特に、慎重に扱わねばならぬ思想や政治において、門外漢が一冊本を買うと、その本の権威付けに一票いれたという事になることがどれだけ危険なことか。その一票が大量に集まるということに法則性はなく、右へ行ったり、左へ行ったり、上へ下へ、倒錯し、錯乱したりすることがいかに恐ろしいか。そして、各論に真理があったとしても、その腑分けがいかに厄介で、困難なことか。
 さらに、一旦火が付けば、それは止まらなくなり、『世論』という化け物を形成して、それを否定することが困難になり、また止まらなくなる。それが本当は自らの首を絞めることに他ならなくても、その自傷行為を果たしてやめることができるか……なかなかに難しいのである。
 この大衆メディアと、大衆化した『市民』が、数理的合理を果てしなく極める為に、集団の歴史的世界観、価値観、倫理観、宗教、慣習、慣例、儀礼、権威、属性、などの数理では換算しにくい精神の枠組み(人の死を弔う気持ちや、憎しみ、愛、権威、神秘性などは数値化しにくいのだ)を、自傷し続けたのが、偉大なるフランス革命の実体である。
 自然権としての『人権』だとか、『社会契約』だとか、自由と平等と民主主義の目的化だとか、わけの分からないことを散々わめき散らした後、きっと彼らはこう思ったはずである。
 はて、『フランス』とは一体なんだったのかーーと。

 俺はこんな風にフランス革命をディスりながら、とてもとても心を痛めている。何故なら、現在の、平成の、今も一応は日本と呼ばれているこの国の様と、振り返った際のフランスの様とは非常に酷似していて、まるで自分の国を批判しているようだからである。
 今、日本とは何であるかーーという非常に根本的で重大な問いに、答えられる日本人はどれほどいるか。
 いや、答えられなくてもいい。
 その意識を、精神を、日本という文化圏における歴史的な世界観や倫理観、価値観、儀礼、信仰、等々に共同している日本国籍をもった人間が幾人いるか。
 経済学が定義する『政府』の役割のように、「国民の効用の総和が最大になるように便宜を計ること」などという、極めて物質的な数理的合理に偏った意識でいるのではないかと、深く疑ってしまってしょうがない。
 精神的な枠組みの連綿性と、数理的な合理性は、どちらに偏ってしまっても存在できない。
 当たり前である。
 何故なら、『日本』の定義自体が意識の世界であり、保ち守らねば存在し得ないのだし、日本がなければ、数理的合理とは、一体何の為に発揮されればよいのか、目的を失うのである。「国民の為である」と簡単に言ってくれる人間が多くて辟易するが、では、「日本国民とは何だ? 」と問われて、どう答える? 日本国民とは「日本列島という場所に住む生物学上ホモサピエンスに分類される者」のことでは、断じてない!

 勿論、「数理的合理など疎かにして良い」という話ではなく、集団の精神的な体系を微調整していくバランス感覚を持たねばならないということをいっているのであり、それこそが『保守主義』という態度の根本であると言っているのである。
 我々日本人も、昔はバランスが取れていた。
 昔というのは、ここでは江戸時代のことである。
 フランスで革命の起きた頃、つまり十八世紀の、『百万人都市』というのは、パリ、ロンドン、そして江戸の三つしかなかった。
 江戸は大都市である。
 つまり数理的な合理をかなりの面で達成できているといえる。
 また、大衆文化もかなり発達していた。
 しかし、江戸で革命は起きていない。何故か。
 江戸は微調整の効くスピードで、数理的合理を達成していったからである。むしろ、スピードの調節のためにあえて不合理をやった向きすらある。あえて、と言うのは、新田開発や植樹など、キメの合理は抜け目なくやっているからである。
 勿論、反政府的な風潮や、一揆や乱はあったが、少なくとも十八世紀に革命、つまり内乱は起こさなかった。
 これは数理的合理と、集団の共有精神の微調整のバランスをなんとか成していった証拠である。保守主義だなんて言葉はないのに、保守主義的な態度を無認識にやっていたのだ。そりゃあ、これが当然成さねばならぬ態度であると思っていたから、言葉として概念化などされないのである。
 が、俺はそれを「我が大和民族は優れた民族だからである」などと言っているわけではない。(いや、言いたい人は言ってもいいけど)
 江戸は、パリやロンドンに比べてラッキーだったのである。
 何故なら、隣にイギリスもなければ、フランスもなかったのだから。
 隣に、世界中へ船を飛ばして、土地を獲得して、戦争ばかりしている国がいたら、そりゃあ数理的合理のスピードを緩める余裕などない。
 特に、フランスが悲惨だったのは、立て続けに戦争に負けていたことにあった。さらに、飢饉や慢性的な食料不足にみまわれたから、インフレーションも止まらない。当たり前だが、食糧不足におけるインフレーションは、均衡しない。つまり、物価上昇は青天井。何故なら、人間は食わないと死ぬからである。食わなければ死ぬのに、パンより金を欲しがる馬鹿は経済学のグラフの上にしかいない。
 つまり、パリにてフランス革命が起こったのは、何か悪い奴がいたとか、民族性だとか、そういうわけの分からない話以前に、「不運だった」のである。
 その証拠に、十九世紀に船舶技術が発達して、世界が狭くなったことによって、日本も数理的合理をスピード出してやらなきゃならなくなった時には、倒幕という愚かな革命を、似たような形で起こしてしまっているのだ。(ただ、これまたラッキーだったのは、天皇という世界観が続いていたことであって、首の皮一枚繋がった、というだけのことである。天皇がなければ薩長は単なるナポレオンで終わっていただろう)

 対して、イギリスという国の立憲君主の議院内閣制度というのは、なかなか見るべきところがある。絶対王政からの、なかなか上手い落とし所と言わざるをえない。ただ、それは、当時対外的に強くて余裕があったからできたことなのだろうな、とは思う。
 本当に凄いのは、フランス革命が起こって、いわゆる『革命の逆輸入』がイギリスで流行しだした時、流されず耐えたところにある。最初にフランス革命を批判したのが、保守主義の父と呼ばれているエドマンド・バークだ。保守を善しとする人間ならば、誰しもが聞く名であろう。
 俺のような人間が語って、バークの名を汚すことになるのは忍びないが、彼のすごいところは、当時フランス革命を好ましく思うイギリス世論の中で、1790年、バスティーユ牢獄襲撃の翌年に、革命が今後どう推移するかを既に言い当てていたことにある。
 だが、ここで注意すべきなのは、バークの敵はフランス革命そのものではなく、イギリス世論に巣くうフランス革命であったということである。フランス革命の思想がイギリスの世論に蔓延り、知識階級や坊さんまでもがその世論に迎合しているのに対して違和感を覚え、それが自分の国の枠組みを壊す危険なものであると察知したからこそ、イギリスの議会で、フランス革命を非難しだしたのである。ここで初めて、革命思想に対する形で『保ち守る主義』という当然の概念が認識されたからこそ、『保守主義の父』と呼ばれるのだ。
 バークは単にフランス革命が気にくわなかったからではなく(いや、気にくわなかっただろうけれど)、その思想が、自国の枠組みを壊すものであると察知したからこそ躍起になって非難していたのである。それは、予めの先見性を示したことによって説得力を得たのだ。本の売れ行きで権威を得たのではなく、彼の伝統的出自と身分及び経歴、知性によって権威を得たのである。(いや、売れたらしいのだけど、当時のロンドン市民には、革命よりの本の方が人気だったらしい)

 そういうわけで、次回は、我が日本国に巣くうフランス革命思想の思想体系自体へ、俺なりに、ソフトに、まろやかに、疑問を呈してみたい。



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