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日本が日本であるために

主に政治、経済、時事、国家論についてなどを書きます。日本が日本である、ということを主軸に論を展開していきたいです。

 

日記(2015.7.18)新国立競技場問題など 



 そう言えば、新国立競技場のザハ案が棄却され、計画が白紙に戻ったらしいですね。良かったと思います。


 個人的には、こちらのブログ『建築エコノミスト 森山のブログ』で述べられている、戦前の初代国立競技場をベースに増築してゆく案が素敵だと思います。私、こういう発想大好きなんですよね。

真国立競技場10
真国立競技場8

 初代国立競技場は、あの学徒出陣の壮行会の映像での会場だったそうですよ。陸軍分列行進曲が聞こえてきそうです。

 また、この森山さんのブログは、新国立競技場の問題そのものについても非常に分かりやすくておすすめですよ。



 もっとも、私はオリンピックそのものは、どうでもいい……というと無責任ですが、「オリンピックに騒がしい日本人」というのが大嫌いではあります。普段はナショナリズムなんてちっとも発露しない日本人が、自分の腹の痛まないバーチャルに民族性を礼賛できるようなイベントでだけキャーキャー言う。しかも、そのスポーツに対して思い入れがあろうがなかろうがそうなのです。
 戦争に対してそのような盛り上がりを見せるのであれば分かりますよ。が、その代替として国際スポーツ大会をもってくるわけでしょう。戦争は自分も大変になるかもしれませんが、オリンピックはちっとも大変になりようがないですからね。しかも、それを正直に言いすらしない。そういう都合のよさには吐き気がします。
 本当に、オリンピックなど開催はおろか、そもそも出場しなければ良いと思っています。

 ですが、オリンピックにまつわる「公共事業」は大切なものだと考えています。
 公共の事業を国家社会の力で適切に執り行うことができるかどうか。これは関心に値します。

 私は、公共事業へ国民の税金をもっと大胆につかうべきだとは思っています。が、一つの事業へあまりにも意味不明な費やされかたをするのは、反発を招いてしまうでしょう。下手をすると、他の公共事業へまわる予算が減退されかねない。
 つまり、「ほら、公共事業は無駄なことをやっているのだ」という「大衆の駄々」がまた大きくなるに違いないということです。

 私は、「公共事業はたくさんあるのだから、すべて上手くいくことを請求すること自体ナンセンスである」とは思っています。つまり、「無駄」に対してもう少し寛容なれ、ということ。
 日本人は、「納税者様」よろしく、デカイ顔をしすぎです。そもそも納税によってそんなデカイ顔をするケンリはないのです。
 ですから、仮に新しい国立競技場に2500億かかろうと、オリンピックに間に合わなかろうと、そのこと自体は別に大したことではない。もっと公債を発行して、オリンピックには別の競技場を使っても、何も問題はないです。
 問題は、公共事業全体が、国土、インフラ形成にしすること、あるいはそうした人間組織を構築することでしょう。ようするに、我々は何か口を出すのだとすれば、全体を見なければならないということです。


 ただ、これだけ前置きを置いても、やはりザハ案に基づく新国立競技場のデザインそのものは酷かったと思う。意味不明でした。白紙に戻ってよかったと思います。
 また、政治組織、官僚組織という難しい組織運営の中、「白紙に戻す」という決定ができたのは評価すべきでしょう。(我々は、政治組織、官僚組織に対しても、もっと寛容であるべきなのです)



(了)


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