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日本が日本であるために

 

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近代的スポーツ・日記 



 暑いのだけど、昨日、今日とスポーツの用事があって体育館にいます。

 非常に不健康なことだと思いますが、一応スポーツは「健康に良い」というタテマエでされているから不思議なものであります。

 スポーツというと、昔、日本ではスポーツというものはなかったそうな。
 スポーツは明治に西欧からやってきた。つまり、近代化の一つなのです。

 そう言えば、夏目漱石の『我輩は猫である』の中の話で、近代化によるスポーツの流行を揶揄する、風刺的なのがあったと思う。
 要するに、猫が庭で遊んでいるだけのことを、スポーツと銘打ってしまうものであります。

 視点は猫の一人称だから、猫が「スポーツとはこれこれこうでまったく云々」とエラそうに口上を述べて、庭で猫らしく遊んでいるものを、彼自身はスポーツだと言ってやるわけです。
 それを見て読者は、「何がスポーツだ、ナマイキを言いやがって」と滑稽さを覚える。

 しかし一方、スポーツ、スポーツとハイカラぶるが、スポーツなどというものは、猫が庭で遊ぶのと大差のないものではないかという感を得もするわけです。

 スポーツなどと言っても、猫が庭で遊ぶ以上でも以下でもない。
 やれ「文明だ」「スポーツだ」と威張って滑稽なのは、日本人の方も同じなのかもしれません。

 それは別に明治、大正の御世にとどまらず、やれオリンピックだといって威張り散らしている現代平成の御世も、おんなじように滑稽なのでしょう。

 ただ、現代人は、そうしたことを「滑稽だ」と言って自嘲してみせる度量も能力も失っていますね。だから、まるで余裕がなくなってしまっていて、こうも醜いのではないでしょうか。



(了)


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Category: 社会:現代社会批評

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Janre: 政治・経済

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コメント

「スポーツ」という呼び名でこそなかったですが

それに近いものは昔からありましたよね。「相撲」「羽根つき」「蹴鞠」「流鏑馬」などなど。

まあ、相撲は本来は神事かつ武芸、流鏑馬も武芸なんでしょうけど。

そう言えば日本古来の武道は今では「スポーツ」の一部にもなっていますね。
それだけに止まらない精神性が特徴ではありますが。

kappa #NbShkeg2 | URL | 2015/08/03 01:05 [edit]

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