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日本が日本であるために

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集団安全保障から離れるための集団的自衛権 



 私は、日本の集団的自衛権の行使には大賛成です。

 しかし、集団安全保障という未来ヴィジョンに大反対なのです。



 そもそも集団的自衛権は、勢力均衡(バランス・オヴ・パワー・ポリティクス)を前提とした軍事同盟には欠かせないものです。

 集団的自衛権のような権限を政府が持たなければ、その時々の状況で、「誰と組み、誰と敵対するか」という立場取りができなくなります。
 我々は、この
「誰と組み、誰と敵対するか」
 の選択によって、国際的な勢力(パワー)バランスを取るということを考えなければならないはずなのです。


 対して、集団安全保障の考え方は、そうした「誰と組み、誰と敵対するか」という勢力均衡の論理を想定しません。
 要するに、
「みんなトモダチ」
 というわけです。
 それで、「トモダチ」の中で「悪いトモダチ」が出てきたら、トモダチ皆で叩くというのが『集団安全保障』です。

 私はこれに反対だし、おそらくサヨクが想定するような集団安全保障の時代なんて人類に訪れないと思っています。




 しかし、厄介なのは、ある意味、保守派も集団安全保障の未来を想定しているということです。

 というのは、集団的自衛権の行使で、「日米同盟」のみが想定されているからです。
 つまり、保守派は、東西冷戦で西側が勝ったので、「世界中を西側化することでの集団安全保障の未来」を無自覚のうちに想定しているというわけです。

 ようするに、『自由と民主主義という普遍的な価値の共有』というヴィジョンにおける集団安全保障。これが念頭にある。
 すると、まことに混乱してくるが、「集団的自衛権」という勢力均衡を前提にした考えの上で、なぜか「集団安全保障」の未来が想定されるという話になってくる。

 とどのつまり、日米同盟を大前提にした集団的自衛権は、「世界中を自由と民主主義で染め上げる集団安全保障」への途中過程として想定されてしまっているというわけであります。


 これに対して、「みんなトモダチ」のサヨクの集団安全保障に比べると、保守派の「世界中を自由と民主主義で染め上げる集団安全保障」は何かニュートラルのようなものに見えるかもしれないが、とんでもない。

 これらは双方、「世界を統一して国家という枠組みを薄くしていく」という未来ヴィジョンであるが故に、有害でしかない考え方なのであります。




 さらに加えて、いま言われている安保法制は、「あれで集団的自衛権が容認されたと言ってよいのか?」という問題もあるので、さらにややこしい話になっているのであります。

 あの法制自体のことを言えば、「集団的自衛権」の権限自体は、もっともっと強化されてしかるべきなのです。
 でもそれは、日米同盟のためではなく、「集団安全保障」という考え方から離れ、勢力均衡(バランス・オヴ・パワー)の考え方に移行し、国家の独立性を高めていくという方向でやられなければなりません。



(了)


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