主に政治、経済、時事、国家論についてなどを書きます。日本が日本である、ということを主軸に論を展開していきたいです。
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Author:石川

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 今朝のエントリ『あらゆる市民的政治運動に価値はない・日記』の中で述べた、

「基本的に、庶民は政策的知識など持っている必要もなければ、世に訴えたり、政府に請求運動などする必要はないのです」

 という部分は、誤解を与える表現だったと思います。



 そして、以下のようなコメントをいただきました。


>まあ、江戸時代までならそれで通用したでしょう。
ですが明治維新が起きて日本は(不本意ながらも?)民主制になってしまったので、そういう「庶民」が存在するようになったということでしょうね。

>あと「現代社会における庶民」は「政治家や官僚以外の人々」を指すのですか?「学者」も除かれますか?
官僚や学者は一応、エリート教育を受けた上でその職業に就きますが、政治家の場合は「いわゆる普通の人」が(数か月間の準備を経るにせよ)政治家に転身、ということもありますよね。
「庶民」の中にも一定数は「政策的知識を持つ人≒政治家になりうる人材」がいないと、政治家の子供しか政治家になれなくなってしまうと思いますが・・・石川さんはそれを良しとしますか?

>上に書いた「政治家の子供しか政治家になれなくなる」は正確な言い方ではないかもしれません。
ともかく「現代における庶民」の定義をはっきりさせていただけるとありがたいです。



 当然の疑問かと存じます。

 しかし、私の

「基本的に、庶民は政策的知識など持っている必要もなければ、世に訴えたり、政府に請求運動などする必要はない」

 という言葉は、何も思いつきでいっているわけではありませんで、色々な自分内議論を重ねて達した結論であります。
 ですから、このところの意味をもう少し厳密に論じる必要があります。が、そのためには、おっしゃるように現代における「庶民」ということ、それから「大衆」ということ、そして、「非・庶民(統治者的)」ということの定義づけを丁寧に論じる必要があります。


 それは明日……は少し忙しいので、2,3日中には論じようと思います。
 乞うご期待くださいませ。



(了)



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2015/08/09 22:36 コメント返信 TB(0) CM(0)
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