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黙れ民主主義――庶民、大衆、統治者の定義 

 今日は、庶民ということと、大衆ということ、そして統治者ということを定義づけながら論じます。

 結論を先に言えば、「庶民」というのは第一、崇高なものである。
 そして、その庶民の崇高性を「発見」する視点にある者が「統治者階級」である。

 こういうことです。

 しかし、近代(モダン)は、庶民が自分自身で自分自身を「庶民」だと発見せざるを得なくなる。
 これが人間に尽大な苦痛を強いる『近代的自我』というものです。

 そして、庶民自らが庶民であることを強烈に認識せざるをえないほど「社会の画一化と情報化」(モダン)が進み、「庶民としてのケンリ」を庶民が請求するようになったら、それは『大衆』になるわけです。

 こうなれば、その文化圏を没落から救う手立ては基本的にありません。





 我々は、「庶民」という言葉を平気で使い、無造作に使っています。
 もちろん、言葉の語法は、厳密の上に厳密を重ねれば、千人千色の語法となっているに決まっている。
 ただ、だからと言って、どのような語法でも良いというわけにはいきませんね。
 言葉というのは、想像力と共に使われて初めて意味がでてくるのです。

 そもそも、「庶民」という種類の言葉が、庶民自身によって使われ始めたはずはありません。
 なぜなら、庶民は、自分を庶民であると認識しながら庶民をやっていたのではなく、ただあるようにあっただけに決まっているからです。
 ようするに、民の一己には、一己の周りに広がる経験世界があり、生活の実践の中で一己の認識は共同組織に埋め込まれ、一己の一生は「あるようにあった」ということであります。

 そして、こうした庶民を「ordinary people(一般の人々)」と考えるのであれば、それは「一般ではない人々」=「統治者」が、「庶民」を発見するのです。

 つまり、「ただあるようにある」という庶民の存在は、統治者的な「一般ではない人々」によって発見されて、初めて崇高性を持つのであります。
 逆に言えば、庶民は、統治者という視点があって初めて存在するということ。
 そして、この関係は人類が存在したその瞬間からあったに違いないのです。


 もっとも、社会が複雑化し、現代に近くなれば、勿論、この庶民と統治者の関係は一国の中で重層(レイヤー)を帯びて展開されてくる。
 たとえば、伝統的な「家」を見れば、統治者は家長であり、場合によっては婦人でありましょう。子らは庶民です。そういう身分があり、持ち場がある。
 あるいは、その家と家が集団を組んでいる場合、統治者であった家長も庶民となります。統治者はその地域をまとめあげる首長ということになる。
 だが、一国という単位で見れば首長も庶民の一ということになります。国の統治者は天皇であり、幕府や中央政府だということになる。
 勿論、これは状況によって変動するものだが、基本的にそういう身分があり持ち場があることによって、発見者である「統治者」と発見される側の「庶民」との関係性が有機的に編み込まれているのです。




 こうした庶民と統治者の関係は、人と人との身分関係がごく秩序だった社会においては、明瞭に見て取れます。
 たとえば、封建の社会では、武士の家に生まれれば武士、~村に生まれたら~村の村民、商家に生まれれば商家、職人の家で育てば職人……といったように、それぞれの身分の「範囲」が一己の一生で完結しているので、これは分かりやすい。もちろん、農民の生まれでも商家の生まれでも、武士になることはあるが、それはそれなりの手続きを踏まえ、正統な過程があってのことであり、また、そうした手続きそのものも人の立場を明瞭にする一つの英知なのでありました。

 しかし、我々の文化圏にとって致命傷だったのは、倒幕・維新という歴史です。

 勿論、封建の世を何から何まで礼賛する必要もないし、地球が狭くなった事に対する処置としての中央集権化が必要であったことは紛れもないが、「幕府を倒し、藩を廃し、封建的階級というものを消し去る」ような暴挙は、やはり致命的なものでありました。

 つまり、我々は、「倒幕・維新」によって、封建的秩序という財産の根幹部分をごっそり放逐してしまったのです。
 



 ただ、こうした封建秩序の制度的な放逐の後も、それは「発見者」としての武士(制度としての封建)が放逐されてしまっただけなので、「あるようにしてある」という庶民側のあり方は、そのまま引き続き「あった」のです。ごくわかりやすく言えば、倒幕後に武士階級がなくなっても、封建的な地方農村は残っていた。

 ですから、そうした封建時代が育んだ庶民の生活があり、常識があり、身分意識があり、前提があり、「封建」はそこに温存されていたわけです。
 また、「封建」が温存されていたからこそ、「近代(モダン)」が機能しえたということでもある。

 しかし、政治制度上では「封建」は解体していますから、庶民の中に温存された封建も世代を重ねるごとに霧散していくのは必定です。世代を重ねるごとに生活に含まれていた常識、身分意識、社会的前提が霧散していき、代わりに一国全体が画一化していく。そして、その「霧散」の歴史こそ明治以来、現在に至るまでの日本の苦難の歴史であります。
 勿論、あいだに大東亜戦争、日米決戦という近代への反逆は起こったが、基本的に「霧散」の歴史は倒幕後から始まった。そして、戦後にはそれがいっそう「進歩」していき、平成に至っては「日本」そのものが霧散し、現今ではついに消滅してしまったというわけであります。


 もっとも、こうした社会の複雑化に伴う「画一化」や「情報化」は徳川時代はおろか、人間の社会が発生したその瞬間よりあった。
 しかし、夏目漱石流に言えば、こうした複雑化が『内発的』に行われるということと、『外発的』に行われるということは決定的に違う。
 幕府を倒した後のそれは、どんなに「和魂洋才」を謳ったところで、所詮は外発的な制度移植であり、その画一化、複雑化に我々のあり方を反映させていくというステップを踏んだものではありませんでした。
 勿論、それは地球が狭くなったことによって、我々がどうしようもなく直面せざるをえなかったことではある。が、この問題を我々は未だにちっとも解決していないということはハッキリ認識すべきなのです。
 逆に、無理やり解決されている風に前提するのは、「近代の徹底」がその解決手段になりえているという進歩主義的な、人間に対する楽観でしかありません。

 つまり、我々は未だに倒幕以来の外発的な「画一化」「情報化」に適応していないどころか、この不適合にかんする整理すらつけていないのです。




 さて、この莫大な画一化、情報化の進歩の中では、人々のそれぞれが画一された形式の中で砂粒のように生きざるをえなくなる。と同時に、いやおうなく、「自分が砂粒にすぎない」ということを自分で強く自覚してしまう。そして、砂粒(平均人)自体が社会の大量な砂粒(平均人)を発見する。こうした自我を、『近代的自我』と呼びます。

 なるほど、近代的自我を持った一粒一粒(平均人たち)には、前近代では考えられないような物質量、利便性、情報量が行き渡ってはいる。
 ただ、その物質、利便、情報の方向性は、封建の世で武士、貴族階級が享受していたものを模範とし、基本線としてはそれをあらゆる階層にも大量に効率的に行き渡らせるという方向で進められてきているのです。
 想像してみてください。18世紀の武士階級、貴族階級が享受したその暮らしと、現在の我々平民の暮らし。一体このどちらが物質的に豊かで、利便性があり、情報量があるか。明らかに後者でしょう。
 ですから、現代は、前近代に比較して、その「生の熱量」の総量においては圧倒している。これだけは確かです。

 ただ、人は生まれ、死ぬので、世代というものが変っていきます。
 つまり、後から生まれた世代にとっては、その「生の熱量」は当たり前のものとして、生まれた時から与えられたものとなりますね。
 以前は、武士階級といった優れた階級の者が勝ち取る生の熱量(ケンリ)であったものが、大量に、効率的に行き渡った生の熱量(ケンリ)においては「享受して当たり前のケンリ」という風に前提されてしまうようになる。この「享受して当たり前のケンリ」というものに装丁を施して提出されているのが、いわゆる「基本的人権」というものです。

 つまり、ホセ・オルテガ流に言えば、「平均人が、平均人としてのケンリを請求する」のであります。

 ようするに「大衆」とは、平均人が平均人としてのケンリを請求する大量の動きのことなのです。
 ただ、一見平均人(ordinary people)のように見える者でも、自分の生活の中に組み込まれ、そして黙ってさえいれば、彼は「崇高なる庶民」であると言えるでしょう。しかし、そんな崇高なる庶民である彼も、一度喫茶店へ行き、「まったく政府は我々庶民の暮らしのことをまったく考えていない云々」などと吐き散らかした時点で、げに醜き『大衆』となるわけです。そして彼は、そうした喫茶店で吐いた自分の文句が、「世論」として政治に反映されていないことに不満を持ちさえする。よしんば反映されたとしても、そんなものが上手くいくはずはないので、また別の文句を吐きちらかす。




 対して、専門人、エリートというものを考えてみましょう。
 たとえば、オルテガはその著書『大衆の叛逆』で「大衆専門人」というものを描写した。
 しかし、この大衆専門人ということを考える際に気をつけてもらいたいことがあります。

 それはすなわち、大衆専門人ということを言うと、

「なるほど。大衆の問題においても、やはり悪いのは頭の固い専門人やエリートであって、我々庶民に責任はないのだ」

 というような、都合の良い捉え方をする連中が少なからずいるという点です。日本人というのはどこまでも狡猾で欺瞞的な民族であるから、すぐにこういう都合の良い捉え方をする。でもそれは間違っています。

 オルテガが言った大衆専門人というのは、すなわちこういうことです。
 まず、近代(モダン)による社会の複雑化と共に、「学問の細分化」という問題が提出されます。
 この「細分化」というものが「専門」の問題の根本なのです。
 細分化された専門領域は、社会のある一側面からの視点を極めるということですね。だから、専門人たちはその領域のことだけは、社会のあらゆる人よりも熟知している。

 しかし、実際のところ、いかなる社会の一側面も、社会全体との関わりによって成立しているわけです。それでも専門人は、自分の専門には熟知しているが、それ以外の視点では世で平均人たちがのたまわっている平均的観相以上のものを持ち合わせていない。すると、彼自身の専門領域についてすら、その平均人たちの観相を下支えし、迎合するような、通りの良い、画一的なものにしかなりません。

 つまり、大衆専門人とは、大衆平均人たちの都合を増幅させる装置なのです。

 ですから、「大衆の問題においても、やはり悪いのは頭の固い専門人やエリートであって、庶民に責任はないのだ」という都合の良い発想は、それこそ大衆専門人的な発想なのであります。言い方を変えれば、狡猾に装丁を施された「大衆迎合」ということになる。




 さて、こうなってしまったら我々は文化圏を救う手立てはないのであるが、原理的に考えれば「どうすれば良いのか」という方向性は考えられえます。

 オルテガはそれを「生の哲学」という形で示しました。

 これは、「一人一人が自分のケンリを請求する」という志向から抜けて、一人一人が「統治者目線」を持ち、そういう「意志」を持つということです。

 言い方を変えれば、庶民からエリートに至るまで、「貴族的であること」を求めたわけです。
 そして、その庶民からエリートに至るまでを貴族的あらしめるためには、共通の『事業』を観相することが必要であると論じた。




 オルテガの「生の哲学」は、なるほど方向性、原則論としては正しいと思う。
 しかし、それを具体化して考えるとなると、やはりオルテガの立場にも楽観があったようにも、私には思われます。

 オルテガは、生の哲学を根拠に「自由民主主義」へ期待をかけた。選挙制度さえ正しければ、自由民主主義は機能する、と。つまり、事を具体的に下ろすと、相当リベラルなことを言っていたわけです。
 そして、具体的な『事業』についても、オルテガは「ヨーロッパ共同体」を提出していた。

 でも、私はヨーロッパ共同体は実現しないと思うし、自由民主主義を機能せしめるような「正しい選挙制度」など人間には確立しえないと思う。



 もう一度言いますが、「生の哲学」の考え方は、抽象的な段階における原則論、方向性としては絶対に正しい。
 しかし、抽象的な方向性を具体化していくにあたっては、様々な現実的問題が出てきます。

 たとえば、「一人一人が自分のケンリを請求する」ということと「共通の事業感を持つ貴族的なあり方」を対比するにしても、実際にはその判断(ジャジ)を社会的にどうやっていくかという問題が出てきますでしょう。

 人間は、おおよそ自分を「良い人」と思うためであるならどこまでも狡猾に頭を使います。
 すなわち「いや、これはみんなのために言っているのだ」と彼自身すら思っていたとしても、実は一皮捲れば「それが自分のケンリ請求に都合が良い」ことを無自覚のうちに察知していて、「みんなのため」という理屈が「自分を自分で良い人であると思っておくため」の単なる装飾である、という可能性もあるわけです。

 その点、人間とはとてつもなく不完全であり、卑怯に流れ、欲情に流れやすい生き物なのです。

 それをどうにか「生の哲学」の貴族的なあり方へと整えるものが、歴史的フォームであり、身分であり、道徳であり、偏見であり……過去から引き継いだ文化圏の英知だと私は考えるのであります。
 言い方を変えれば、いま生きている人間は「我々の未来を形作る意思」という貴族的精神を持ちうるが、生きている人間は心身共にまったく不完全であるので、過去からその枠組みを前提として引用しながらやっていかなければならないということです。

 要するに、生の哲学を真実への意思としての「義」であると考えれば、歴史的な枠組みはそれを整える「礼」です。



 図らずもオルテガに触れることが多くなりましたが、オルテガ自身もこう言っていたと記憶します。

 すなわち。貴族的であることと大衆的であることは、家柄の良し悪しで決まるのではない。生の意思を持っているかいないかで決まるのだ。しかし、家柄の良い者の方が、生の意思を持っている可能性が高いということは言えるだろう。

 と。
 つまり、貴族的であるということは原理的には家柄では決まらないとは言いつつ、その判断を社会的にジャッジする困難がそこにあることは、きちんと示唆されているのです。



 現今は、義を掲げて、統治権力へ向かって「あーでもない、こうでもない」と、右も左も徒党を組む。
 義を想うことは結構なことだが、その義が「一人一人が自分のケンリを請求する」という大衆の都合に迎合したものではないと言えるのでしょうか。
 とりわけ、群れて、通りの良い、画一化された訴えをしているのであれば、それが偽善と欺瞞を孕んでいないはずはないのです。それは世の中で、右派と呼ばれるようなものでも、左派と呼ばれるようなものでも同じです。

 そういう大衆(群れ)を放逐し、本当に「義」を求めようとするのであれば、やはり「礼」が必要なのです。
 この場合、「分や立場をわきまえる」ということです。



 その意味で、封建の世は分や立場に則すという事は知られていた。分や立場が明瞭でわかりやすかったからです。
 しかし、現今であっても、人の「分」や「立場」というものは存在します。
 社会的立場、役職はもちろん、年齢、家柄、性別などなど、歴史的に引き継いだ封建的、社会的偏見というものは微かに残されている。
 もし、残されているものがあまりにも少なくなってしまったと感じるのであれば、それは過去から「封建」を引用する形で、則する「分」や「立場」という前提を想定することもできましょう。あるいは、そこに「運命」というものを持ち出してもいいかもしれません。たとえば、政治家というのは根本的に、運命によってなると考えられるべきものなのです。

 これくらいしか、日本国家の霧散、自然消滅に抗う手段は、私には思いつきません。
 そして、そのためには、そういう「分」や「立場」というものを超え出た言説、振る舞いは徹底的に棄却され、放逐されなければならない。

 もっとも、日本人は臆病ですから、皮膚感覚として一人一人が各個で分や立場を超え出た言説や振る舞いをしたりなどはしません。
 そうした場合は、必ず群れてモノを言う。
 群れて、集団的にモノを言えば、分や立場を超え出た言説や振る舞いも、なるほど気軽にできるというわけです。

 日本人は、こんな下劣で、卑怯で、低劣で、醜く、禍々しく、おどろおどろしく、夥しい平均人の渦を、「民主主義」という言葉で「進歩」と換算してきたわけであります。しばしば「自分で考え、自分を表すことができて、よござんす」というように。でも、それは自分を表しているのではなく、「群れて平均人としての請求をしている」だけでしょう。

 私は、これに「黙れ」と言っているだけなのです。
 私は本当に、それ以外のことは何も望みません。
 お願いだから、そういう低劣な姿を、私の目の前に晒すのを止めて欲しい。これによって、私の日々は、吐き気との闘いに終始せざるを得なくなってしまっているから。




 確かに、人には「どうしてもこうとしか思われない」という深刻な思いが沸きあがることがあり、それが自らの今の「分」や「立場」を超え出る形でしか成しえないこともあるでしょう。そんなことが百万分の一、千万分の一もあるとは思われないが、本当に自分で真剣に考えた結果、「義」に則するためには分や立場という「礼」を踏みにじらざるをえない状況も、人間にはありうる。

 でも、それならば、正々堂々と「暴力」でやってもらわなければ困ります。

 群れを作って、民主的な活動でいまの「分」や「立場」を超え出ようというのは卑怯であり、人間のあり方として絶対に間違っているのであります。



(了)


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Janre: 政治・経済

tb 0 : cm 3   

コメント

「分をわきまえる」

今の日本では確かにそういうことを忘れてしまっていると言うか、端からそういう感覚のない人達が目につきますね(^^;)

かつては身分制がはっきりしていたので、人々は否応なしに「分をわきまえ」ざるを得なかったんでしょうし、そこからはみ出す者はいたとしてもごく少数だったんでしょう。

以前、TVで見たとある時代劇で、
「そうか、江戸時代には言葉を聞いただけでその人の身分がわかるようになっていたんだな」
と感心した記憶があります。それによって社会の秩序が保たれていたという部分もあるんでしょうね。

>この関係(統治者と庶民)は人類が存在したその瞬間からあったに違いない

ここは異議ありかも。
そういうものが誕生したのは農耕社会になってからだと私は思います(貧富の差もその頃から生まれたようですね)

「統治者目線」は面白いですね。
私のビジネス分野での師匠に当たる人は
「雇われて働いている場合でも経営者目線を持つと仕事が面白くなる」
と言っていましたが、それに似ているかも。

ところで、日本共産党(及びその系統の方々)はかつては実際に「暴力」によって主張してきたわけですが・・・
それは石川さん的には「あり」なんですか?
あさま山荘事件みたいなのも?

kappa #NbShkeg2 | URL | 2015/08/13 20:07 [edit]

進歩とは

いつも考え抜かれた投稿に驚きながら拝見しています。

なるほど国民はなぜ全員が貴族となることを望まず、全員を平民になることを望んだのか…。
おおよそ海外に倣ったのでしょうが、ではなぜ最初の革命は皆を平民にしたのか…。

なぞは尽きません。平民の僻み根性か、はたまた貴族がその名の誇りを守るためか…


ところで、ここでは「生まれた時にあったものを当たり前として受け取る」ことは、いかに自分が恵まれているか、どんな責任があるのかを確かに見えなくします。
しかし同時に、その時よりもより良い状態をつくり、それをまた当たり前として受け取る新世代が生まれることで、更に良い状態となる…という連鎖が続くことは私のような庶民には進歩だと思えます。

例えば日本人の(時には過剰な)きれい好きは、物質的に豊かになった世代に生まれた世代がより(よく見られるために)きれいに…と目指した結果としてあるのではないでしょうか。
このような良質な大衆への迎合も、あるように私には思えるのです。
少々例えが庶民的で、ここでの論点である「文化的画一性への反駁」とはいささかズレがありますが…

ななしA #- | URL | 2015/08/14 01:59 [edit]

近代的思想傾向の愚

貴説興味深く拝読いたしました。

以下貴説を拝読し連想的に思ったことを書かせていただきます。

例えば生活の辛苦を政治によって解決せられることを望むことは、古今東西どこでも行われていることでしょう。手段は時代や国によって異なりますが、そのこと自体を非難することは筋違いでしょう(もちろん案件による賛否はありますが)。

しかし、こうした大衆による政治的訴えを問答無用で善とみなし、世論を神の信託のように扱い、進歩を愛し、自由と民主主義と人権の尊重が各国普遍の原理だと信じて疑わない心性。経済成長と生活水準の向上だけをありがたがる根性。伝統と信仰の軽視。まったくもって下劣極まりないものです。

これらは民主主義、資本主義、共産主義という三つ子の近代思想によってもたらされた概念だと考えておりますが、社会の崩壊に伴いこれら近代思想に対する真摯な批判が求められているものと考えております。

中田耕斎 #DdgSlIe6 | URL | 2015/08/23 09:42 [edit]

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