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騒がれなくなったところで森友学園問題について 

 今ではからっきし騒がれなくなりましたが、つい二、三ヶ月前までは「森友学園問題」というのが連日騒がれていましたね。

 これについては知り合いの中でもいろいろと言っていた人がいますけれど、私はどうしてもこれに同調することはできませんでした。



 誤解しないでいただきたいのですが、「安倍首相の人格に問題があること」や「森友学園がおかしな学校法人であること」は、別にそれでいいと思うのですよ。

 でも、それとは別問題で、「森友学園問題という騒ぎそのもの」がどう見ても無理筋であり、正当性が感じられなかった。

 それは単に「安倍憎し」で群れていたり、かつての「教育基本法改正の恨みを晴らす」的な怨念が含まれているようにしか見えなかったのです。

 ちなみに、私は別に第一次安倍政権の教育基本法改正を特段礼賛するつもりすらないのですよ。

 けれど、それを別のところで晴らすのは不正当であるし、また「もともとの教育基本法が低劣である」ということも明らかなのだから、そういう乱暴は話をおかしくさせるに決まっているということを言っているのです。



 しかし一方。

 あの騒ぎの渦中でいたずらに「森友学園騒ぎは低劣である」と言うと、無意味に政権扶養に荷担することにもなりかねなかった。

 だから、森友学園問題の渦中では「沈黙」か「苦笑」が、もっとも正しい振る舞いであったのです。



 でも、こうして今や問題が冷めて誰も森友学園の「も」の字も口にしなくなったわけだから、もはやそういう「いたずらに政権扶養に荷担することになってしまう可能性」を心配する必要もなくなった。

 よって、今こそ、あの「森友学園問題の騒ぎ」というものがいかに卑怯で、低劣で、くだらない騒ぎであったかということは再確認しておくべきなのです。

 何故なら、ああいう「群れ」的な政治的運動の乱暴は人間の「教育観」「国家観」といった個々人の思想に必ず悪影響を及ぼしているはずだからです。

 今になって「あれはちょっとイカン部分もあったな」と冷静に思いだした人は、今からでもおそくないから、何がイカンかったのかを冷静に解釈しておくべきです。

 それは、別に誰のためでもなく、あなたの思想の均衡のためなのです。


(了)


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Category: 時事:森友学園問題の問題

Thread: 政治・経済・社会問題なんでも

Janre: 政治・経済

tb 0 : cm 1   

コメント

「安倍憎し」で群がっている人々は、「沈黙」や「苦笑」という態度の識者にも不満を漏らしていましたね。
「なぜ私たちと一緒に騒がないのだ」「私たちに同調しない者は似非保守である」などなど…。
普段は反グローバリズムを支持し、新自由主義を批判している者たちがそのような幼稚なことを言う。
「私たちと一緒に騒げない者は“敵”である」という考え方には大衆の俗悪性がたっぷりと含まれているように思えて、やはりそういう喧騒には嫌悪感を覚えてしまいます。
一方の安倍支持者の擁護論もとんでもなく陳腐で、大衆の俗悪性がたっぷりと含まれていましたが。

pen_nat #- | URL | 2017/05/20 19:46 [edit]

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