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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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衆議院総選挙における政治、経済、外交の争点① 

 政治に関する記事を書く時、俺は自分がどのような政党を支持し、どのような政治家を支持する者であることを表明してから始めることとした。
 であるからして、まず俺は、元々「自由民主党を支持する者である」ということと、今では「安倍晋三氏が総裁であるという僥倖によってさらに支持をしている」という事を朗らかに表明する。


 さて、分不相応ながら、衆議院議員選挙の政策的争点とするべき軸について考えを述べたい。

 ……とは言うものの、当然、第一義的に、代議士を選ぶ投票行動は、自分が帰属する小集団、中間団体、地域、既得権益、といったものの中で、その代表者を選び、「国内の部分の権益を代表する者を選ぶ」という態度を持つのが理想的である。
 生活民であれば絶対に誰しもが持っている集団の既得権益。これを代表する者が、代議士、つまり衆議院議員というものなのだから。
 普段から常に政治についての勉強を絶やさずしている――などということは絶対にありえない俺を含めた選挙民が、具体的な政策の是非を問うて投票行動に及ぶなど、下の下の下の策である。そんなことなど、フランス革命の惨劇や古代アテネの歴史等々からも明らかであるし、というか、素人の考えの寄せ集めが的確な政策になるはずなどないということは、おそらく小中学生でも簡単に理解できうる話だ。
 つまり、素人の意見の寄せ集めである『世論』なるものは政策的に間違っているに決まっているのだから、帰属する集団の中で「なかなか立派な人だ」と判断した人へ議会での議決の一票を委託して、その代表者が政党を組んで、行政権を得る下院の過半数を目指す――というのが議会制民主主義の骨子であるという基本を、忘れてはならないということである。
 なかなか立派な人だ、の基準は、例えば「地域に貢献した一族の家柄」とか、「人格的な所作、振る舞い、言葉遣い」とか、「理念や道徳観に信頼できる」とか、そういった生活民であっても分かる……いや、むしろ身近な生活民であるからこそ判断のつく部分においての基準であるべきだったのだ。

 しかし、日本国も平成の御世となって久しく、国家と個人の間に挟まる組織を「既得権益だ」とのたまい、潰しに潰した後であるから、「個人の考え」という非常に曖昧で雲を掴むような基準をもって投票に臨まなければならない人が多くなっている。そういった人たちの票を、俗に「浮動票」と呼ぶ。
 浮動票は、個々人がその時々それぞれの考えによって投票に及ぶものであるから、まさに素人の考えの寄せ集めだ。
 そういうわけで、浮動票という「帰属が個人で終結している者」という個人主義的な者の存在は、国家、社会を非常に不安定にする。素人の意見が大量の塊(世論)となって政治権力を握るからだ。
 そして、近代という物質的、情報的に流動の大きなシステムの上では、個々の個人主義化が副作用として必ず起こるということは当然のことであり、その副作用を抑える為に近代以降のあらゆる国家は苦心してきたのだ。その副作用をあたかも「良いもの」であるかのように、むしろ裸踊りをして推し進めてきたここ二十年あまりの日本人の態度がいかに愚かなことであったか。
 何故、こんな簡単なことが分からないのか不思議でたまらないわけであるが、その当然の結果として浮動票の増大と政治の混乱が起きているのに過ぎないのである。

 つまり、浮動票というあやふやなものを大量に生じないようにすることが前提として大変重要であったのだが、現状はもう既に、「既得権益の枠組み」という大切な財産が非常に損なわれているわけであるから、大量な浮動票という猛威に対して「へんてこな動きをせんでもらう」という努力が必要なのだと思うわけだ。

 かく言う俺も、実を言うと集団の帰属に弱く、既得権益の代表者といった種類の候補者へ投票を行えていないという点においては、浮動票の一つである。最も、自民党以外の政党へ投票したことはないから、無党派層では無いかもしれないが。
 まあ、身近な代表者を持つという既得権益を持てていない者としては、「政治のことなんて分かるわけはないし、何を基準にすればよいか分からない」という気持ちになるのは当たり前である。だって、素人なんだもの。
 素人からすれば、「論点が無い」とか「政治家はだいたい皆一緒」という風に思うのも当然である。繰り返すが、素人なのだから。
 そういう時、どうすればよいかの解決方法の一つとして、「投票しない」「白票を投じる」という手段がある。
 俺は、これはこれで一つの方法だと思う。何故なら、何の基準も持てていない中で投票行為に及べば、「世論の雰囲気的な政策に寄り添う」形になるに決まっているのであり、そんなもの、危なっかしくて仕方が無いからだ。だって、「世論」は素人の意見の寄せ集めなのだから間違っている事が多いに決まっているのであり、わけもわからず間違ったものへ加担する羽目になるかもしれないから。

 だが、真面目な人達が多い我が日本国では、「有権者として投票行動はしなくっちゃいけない」と考える者が必ず一定程度存在する。そして真面目な人ほど、新聞やテレビ、週刊誌の報道に目を凝らし、結局世論に寄り添った投票をしてしまうものだ。生活は忙しいし、余暇をすべて政治的な勉強に使うわけにもいかないから、意識的にせよ、無意識的にせよ、どうしても大衆世論に寄り添ってしまうのである。

 そうなると、事此処に至っては、苦肉の策として、少しでもまともな選挙の争点なるものの議論を、世で深めていくしかない。
 もう一度言うが、本来であれば、選挙民は既得権益で投票すべきであって、具体的な政治の論議など簡単に素人が手を出して良いはずがない。素人なのだから。
 だが、本当に苦肉の策として、個々人が意見を出し、世論という化け物を少しでもまともなものにしていくしかないという前提で、衆議院選挙の争点を論じていこうと思う。

 今回は前置きで終わってしまって不本意だが、今日はもう書く時間が無い。
 次回(明日か明後日)から少しだけ具体性を持たせた論へ移行しようと考えている。



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