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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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三橋理論と資本主義 


 今日は、私が「三橋理論」と呼んでいる経済に関する考えをご紹介しようと思います。

 ここで「三橋」というのは、『今日から俺は!!』(西森博之)という昔のヤンキー漫画の主人公の名前です。

 私はこの漫画そのモノもとても気に入っているのですが、その話はここでは置いておきます。

 今日は、そこに登場するひとつの天才的なシーンを紹介し、これを資本主義論と貨幣論に応用してみるのが主眼なのです。



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◆三橋理論◆



 まず、三橋くんは学校の友達Aくんに千円を借りていました。
 
「三橋さん。千円返しておくれよ」
 
 当然、しばらくたつとAくんはそうやって催促にきます。

(※三橋くんは金髪のヤンキーで、とてもケンカが強いので、同級生からも「さん」付けで呼ばれることが多いのです)

 しかし、困ったことに三橋くんはおカネを返したくありませんでした。
 
 そこで彼は以下のような天才的アイディアを思い付くのです。
 

 
1 とりあえずBくんに千円借りて、Aくんに千円返しておく

2 しばらくたつとBくんが「返しておくれ」と催促にくる

3 今度はとりあえずCくんに千円借りて、Bくんに千円返しておく

4 しばらくたつとCくんが「返しておくれ」と催促にくる

5 その次はとりあえずDくんに千円借りて、Cくんに千円返しておく

6 しばらくたつとDくんが……(エンドレス)
 
 

 こうすれば、三橋くんは千円を返す必要がなくなる。
 
 しかも以下のようによーく考えると、これは「世の中で回るおカネが千円増えている」ことになるのです。



A 三橋くんの使った千円はお店やさんからすれば買ってもらえて嬉しい。

B 三橋くんは千円を使ってモノが手に入って嬉しい。

C 三橋くんにおカネを貸した学校の友達たちも、結局はおカネを返してもらうので誰も損しない。


 
 すなわち、存在しなかったはずの千円が世の中に回っていき、三橋くんには千円分のモノが手に入る上に、誰も損しない。

 だから、「世の中のためなのだ」と三橋くんは言い張るわけです。
 
 
 
 ……私は、十年以上前だったかココを読んだ時、「これ描いている人は天才なんじゃねえか?」と衝撃を受けた覚えがあります。
 
 
 
 もちろん、この三橋理論が成り立つには「無利子」である必要があります。
 
 そして、友人から無利子で借金ができるのは、友人という間柄だからであり、それを利用して上記アイディアにて千円を生み出すのはお話的にイカンでしょう。
 
 だから、漫画ではヒロインにたしなめられて、三橋くんがこのアイディアを実行することはなかったんですけれどね。

 でも、この三橋理論は経済のいろいろなことについての説明に応用が効きます。


 

◆応用1◆


 
 たとえば、三橋くんがこの借りた千円を投資に回していたらどうでしょうか。
 
 仮に、千円を借りるのに年利10%かかるとする。

 しかし、千円の投資で生み出す利回りが年11パーセントだとしたら利子は消化できるし、サヤの1パーセントは三橋くん自身のおカネになる。
 
 また、その1010円を一年投資すれば……と続けて行けば、「借りて返して、借りて返して」とやっても彼のおカネはどんどん増えていきます。
 
 だったら、どうせなら1000円ではなくて1万円借りておけば仮に同じ1パーセントの利幅だったとしても、一年間で100円が三橋くんのおカネになりますでしょう。

 こうして、借金して投資をして資本を増やしていこうとする連中が増え、事業やお金の流れが増えていく経済が「資本主義経済」です。
 
(この場合、投資家にとって「利回り-金利」の将来見積もりが大きければ社会全体の借金が増えて経済は成長します。逆に見積もりがマイナスで現金を資産として保有しようとする意識が上がって、社会全体の借金が減れば、デフレで資本主義は成り立たなくなります)



◆応用2◆


 
 あるいは、「借りて返して借りて返して……」というのは、実は「日本円」がそれなのです。
 
 そもそもおカネというのはどのようにして生まれるか。
 
 それは企業間の「売掛」「買掛」の概念が分かれば簡単です。
 
 もし、未開社会のようなごく単純な社会ならば、この「売掛」「買掛」の概念でなんとなく互いにすべて記憶できるので、おカネは必要ありません。
 
 たとえば、「アイツにはあの時あれくらいの借りがあったから、今度はこれくらいのことをしてやろう」というような感覚がありますでしょう。

 未開社会ではこれを高度に記憶し、数ではなく感覚で互いに「貸し」と「借り」を了解しつつ社会をやっているわけ。

 そして、これが「おカネ」という考えの素なのです。
 
 その上で、社会が複雑で膨大になると未開社会のように「記憶で了解しておく」ではやっていけないので、証書や貨幣でやり取りしなければ済まなくなる。

  これはよくよく考えてみれば「借りの常態化」でしょう。
 
 おカネとは「常態化した借りが流通している」ということなのです。
 
 そして、「日本政府の借り」として常態化したものが「円」ということになるのです。
 
 
 
 だから、三橋理論は、もし三橋くんが「政府」であればまったく正しい。
 
 だって、よくよく考えると「政府の支出」というのは、政府が国民に対して「借り」を持つということと同義です。
 
 対して「政府の税収」というのは、国民の「国家に貢献しなければならない義務」を円によって「貸し」にしておいてやっていることと同義でしょう。

 だから、そもそも「円」というものの価値も三橋理論によってできがっているわけです。


(了)

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