07 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

TOP > 経産省「次官・若手プロジェクト」批判 > title - 経産省若手官僚120万DLレポートに見える古くさい平成大衆根性      
  

経産省若手官僚120万DLレポートに見える古くさい平成大衆根性 


 私は昭和59年生まれだから、物心つけば平成で、その後ほとんど平成を生きてきたわけだけれども、

「平成の大衆人」

 というものがこの世で一番大嫌いです。


 ……と言ってもなかなか抽象的でわかりずらいと思うのですが、この度、かっこうの

「古くさい平成大衆サンプル」

 を見つけました。


 それは、経済産業省の若手官僚が

『不安な個人、立ちすくむ国家 ~モデル無き時代をどう前向きに... 』

 と題して発表しているレポートです。


 何やらこのクソレポートがマスコミ、ネット界隈で話題のようなのですが……


橋1



 私、こういうレポートがあるということを今日拝見したばかりで、一読して今まさに

「ゲロ」

 を吐きそうになったばかりのところです。

 誰がこの低劣な心持ちをわかってくれるでしょうか?(反語)

 こうした「知識人の大衆性」に対するムカつき、苛立ちこそ、私がブログなんて書いている根元の理由でもあります。


 ◆


 ざっくり言ってこのレポートは、第一に

A「社会が液状化して、個人がバラバラになって不安が増幅している」

 ということを言う。

 それはそうだからよいとして、だったらどうすべきか……と言えば、

B「バラバラな個人にもっと選択肢を与えなければならない」

 と言うワケ。



 でも、社会が液状化して個人がバラバラになってしまったのだったら、「社会や共同体を再形成して、国家としてまとまっていかなければならない……」と考えるのが、本来の

「統治者目線」

 というものでしょう。

 それが、

「昭和とは違って社会が液状化して『昭和すごろくのコンプリート率が下がっている』から、バラバラの個人のあーしたい、こーしたいをより実現できる社会にしなければならない」

 ということを言っているに過ぎないのは、あえて「テンプレ若者」を演じているようにしか見えぬほど安っぽく、生臭い。

 到底20代、30代の大人の見解とは思えぬガキっぷり。

 だって実際、液状化した社会で、より個人をバラバラにすれば、さらに社会は液状化し、日本国家が溶けて流れていっちまうだけでしょう。


 ◆


 さて、この論筋を下支えしている前提は、

「少子高齢化で人口減少しているから、社会が液状化している」

 という使い古された筋です。


 で、

「世界では少子高齢化に対応して多用な選択肢がしつらえられている一方、日本は年寄りが人口の増えていた旧来的な昭和システムにしがみつき、若者の選択幅が狭められている」

 みたいな話にしたてられているワケ。



 しかし、まずこの、
「少子高齢化だから、社会が液状化するのは必然 」
 みたいな「前提」は根拠薄弱で、薄弱な根拠をとっとと「前提」とすることでゴマカしているところは卑怯というものです。

 もっともこの卑怯はきっと無自覚で、「なんでもかんでも少子高齢化と人口減少のせいにしてりゃ話がまとまる」的な大衆力学が背景にあるからこそ許される前提だから、まさに「平成の優等生的」とコキ下ろしておく他ないでしょう。



 さらに、それでは、かように社会の液状化に対して「個人、個人、個人、個人」とやって、

「狭くなる地球の中で日本国家を千年続かせること」

 は可能なのでしょうか?

 そういう問題意識は「皆無」なのです。

 むしろ、その先に想定されているのは「国家から自由になる個人」であり、「国家はいつかなくなるもので、それで何が問題だ?個人の選択肢のための国家だろ」というような未来観が前提されている。

 公に仕える僕……すなわち、天皇に仕える政府官僚のあり方としては、甚だ軽薄でカッコ悪い「あり方」と評す他ありません。


 ◆


 もし、「少子高齢化」が「社会を液状化」させていて対応が必要なのだとすれば、それは

「そういう世代構造でも共同して国家をやっていける共同体構造を再建すること」

 であり、

「こうした共同体構造を再建するための、大きく、層の厚い政府構造をしつらえること」

 のはずです。



 だのに、彼らの政府観ときたら、

『個人の人生の選択肢を支える』

 ものとしてのみ前提されているのです。

 ハナクソの方がまだ重みがあるというものでしょ。



 また、彼らは、
『共通目標を政府が示す』
 ことも言うには言うが、それも結局、
個人の『多様な人生』
 を最終価値として、
「個人の多様な人生の幸福を実現するサービス機関」
 として、政府の大義を設定しているのです。



 これは暗に、「国家を続かせる」という政府の最大目的を「放棄」していることでもあります。

 彼ら「政府をやっている人」なのに!


 ◆


 ただ、誤解して欲しくないのですが、私は経済産業省(旧・通産省)という組織そのものは、国家にとって非常に大事な官僚組織のひとつであると考えています。


 むしろ、現今こんな稚拙なレポートをやるような若手が30人もばっこするほど官僚組織が(大衆にイジメられて)疲弊しているなら、それこそ「日本ヤバイ」なので、こんなクソレポートに従うよりも、

「官僚の給与と採用を2倍にして、もう少しまともな人材を集める」

 という私の提言に従った方が、絶対に国家のためになると思いますよ?


(了)

ご覧いただきありがとうございました!
よろしければツイート、シェアのご協力お願い致します↓ 
スポンサーサイト

Category: 経産省「次官・若手プロジェクト」批判

Thread: 政治・経済・社会問題なんでも

Janre: 政治・経済

tb 0 : cm 0   

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://shooota.blog.fc2.com/tb.php/382-f604ceab
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)