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2017年衆議院選挙を前にして(3) 

 
 
 もっとも、今回の選挙には、「小泉郵政選挙」や「民主党政権交代選挙」のような風は吹かないでしょう。
 何故なら、『選択感』が薄いからです。
 希望の党は政権を取るには候補者不足だし、小池百合子は不出馬とのことですから、市民的大衆人たちの多くは家で寝ているのではないでしょうか?
 でも、すべての市民的大衆人たちが家で寝ているというふうにもいかないでしょう。
 で、そういう連中の多くは、目新しさで、おふざけで、退屈しのぎで、この急ごしらえの新党へ投票することでしょう。直近では、都議会議員選挙の例もありましたしね!
 だから、希望の党はそれなりの議席数は確保するんじゃないですか。
 でも、この議会で勢力を持った新党は、選挙後に与党側につこうと、野党側につこうと、大衆を背景とした災い以外の何ものをももたらさないに決まっているのです。
 まあ、それはそうとて、影響力は小さいでしょうから放っておけばよいのかもしれないですけれど、私が気に食わないのは「希望の党そのもの」というよりは、このフザケタ騒ぎの「フザケタ感そのもの」なのです。
 で、そのフザケタ感が許されたのは「民主主義の礼賛」が世論の通底にあるから、というのが透けて見えるからです。
 こんなにフザケているのに
「一人一人が政治選択できる可能性があがることによって、時の政権を制限できる」
 という一事があったので、小池劇場という「現象」として(一瞬ではあったものの)閃光を放ちえたのでしょう!
 私はこういうフザケタのが嫌いであり、我慢がならないのです。
 
 そう言えば少し前に「立憲主義とは政府を制限すること」というような話がまことしやかに囁かれましたけれど、それは間違っています。
 だって、政府、権力を制限していさえすればよいというものではないに決まっているのだし、その制限のケンリが我々一人一人に振り分けられていると考える仕方は市民革命以降のリベラル的法パラダイムにすぎません。
 
 
 ◆
 
 
 我々は庶民として、かすかなシガラミを発見して、シガラミによる投票で、「シガラミの政治」の復活を目指すべきなのです。
 
 確かに、我々はすでに21世紀を生きていて、ほとんどシガラミの希薄なバラバラな市民的大衆人として、無価値な市民的生活を送っているわけですが、それでもまだ我々が日本人である可能性があるのは、シガラミが霧散し切ったわけではないからだと私は信じます。
 
 それでも、「投票する根拠となるようなシガラミがない」というのであれば、あなたのお住まいの選挙区の中で「候補者の人柄」を見て判断するとか、それくらいのケンリならば我々にも付与されているのかもしれません。
 
 でも、「シガラミもないし、よくわからないけれど無理矢理誰かに投票しなければならない」ということはないのであるから、そうした場合は遠慮なく家で寝ていていただければと存じます。
 
 
(了)
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