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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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衆議院議員選挙の結果を受けての考察 

 まず一つ言っておきたい。

 俺がとても気に食わねえのは、国民が政治家に対して常に上から目線なことである。

 悪いけど、今回の衆議院選挙で自民党が政権を獲得しえたのは、自民党が前回のあの扱いを受けてもまだ尚、自民党を自民党として続けたからだ。
 もし、前回の衆議院選挙で「こんな滅茶苦茶言う国民どもを相手に政治なんてやってらんねえ」と思って、自民党が自民党をやめてしまっていたら、一体全体どうしてたんだ?

 つーか、俺が自民党だったら、「マジやってらんねえ」と思って、実家帰ってたね。「国会議員まじブラックだわ」とか言って。
 官僚とかはそうだろ。過酷に働いてんのに、国民から罪人のような扱い受けるもんだから、官僚になろうとする奴減ってるっていうじゃん。そりゃそうだよ。こんな餓鬼だらけの国民相手に官僚なんてやってらんねえって、誰だって思うさ。

 だからね、衆院選挙が決して早々に文句言い出す連中がいるけど、まず日本国民が自民党に対してそんな偉そうな事言える立場じゃねえんだよ。
 本来なら「すみません。俺らが間違ってました。自民党さん、どうかまたやって頂けんでしょうか」と土下座して頼み込むべき所である。
 それでも、「そんな事言って、政権取ったらまた悪口言って虐めてくんだろ。嫌だし」と言い返されても、文句言える立場じゃねえのだよ。


 それとね。
 民主党なんだけど、確かに民主党はほんっっっっとにクソっっっったれだったけれどね。
 日本国民に民主党を責め立てる権利なんてねえ。
 民主党というのは、「日本国民を鏡で丸々映したモノ」だからだ。

 つまり、日本国民には民主党がお似合いだったのである。

 だって皆、自民党が嫌いで、官僚、公務員が嫌いで、公共事業が嫌いで、ゼネコンが嫌いで、電力会社が嫌いでーーつまり中央権力が嫌いなんだろ。
 ほら、民主党じゃん。
 まごうことなく、日本国民が民主党そのものなんだよ。
 民主党はその点首尾一貫してたじゃん。
 だって奴らは、中央政権という国家で一番の権力にありながら、三年間、反権力をやり続けてきたんだぜ?
 これは、ある意味根性座ってるよ。『世論』を代表しているよ。(権力が反権力やってて上手く行くわけねえってのは当たり前だけど。)
 でもさ。そういうのが好きで、民主党を選んだわけだろ。
 国民が「反中央権力が好き」って言うもんだから、民主党がそのニーズ(世論)にお答え申し上げてきたわけだ。
 そんでいざ、やらせてみて、ニーズ(世論)通りに民主党が反権力やってんのに、文句を垂れる。
 あれ、おかしいな、と思うわけさ。
 だって国民は、反権力が権力を握って上手く行くはずがない、国家は致命的に傷つくだろうーーというのを覚悟の上で、反権力を望んでいたのだとばかり思っていたからね、俺は。
 なかなか気合いの入った革命市民だなあと恐れ入ったのを覚えているわけだが、実の所、日本国民には覚悟とか気合いとか、そういうのがあったわけじゃなくて、ただ単に、少数の強い物達(自民党、官僚など)を圧倒的大多数でイジメるのが、楽しかったってだけなんだというのが、三年間で分かりました。
 つまり、日本国民というのは、ただただ強いものを僻む、イジメが大好きな、クソッタレ民族に成り下がったのだと、つくづく感じ入ったのである。

 それで良いっつーなら別に良いけど、そういう民族は滅びるのが相場だと思うよ?


 さて、今回の衆議院議員選挙は、結果だけ見れば、「安倍自民党が大勝して、単独過半数を確保する」という、まともなーーというよりは、安倍晋三氏が総裁であるということを含めれば「これ以上にない僥倖」としか言いようがない、堅実な結果に終わった。

 ……が、この格調高い結果が、国民の痛烈な反省と、反権力の自制による、冷静かつ沈着な、大人の態度の獲得によって導き出されたものであるーーとは、言えない。
 ルサンチマンの甘露に浸ってラリってた日本国民どもが、急にそれを克服して、概ね『超人』になれたのだと、万歳を三唱する気にはなれないのである。


 今回、自民党の勝因は明らかに、「小選挙区で大勝ちしたから」ということに他ならない。
 294議席の内の、237議席が小選挙区。比例は57に過ぎないのだから。

 郵政選挙というクソ茶番と比較してみても、比例での弱さは顕著である。
 郵政の時の自民党は、296と、獲得議席はあまり変わらないが、小選挙区で219、比例ではなんと77であった。

 今回の選挙での他党と比較しても、比例は、自民57、維新40、民主30と、ほとんど差が無い。

 つまり、「国民各々が、個々人で考えて政党を選択する」という『大衆世論』的な要素が、発揮される場面においては、「既存の権力を自発的に選び取る」という慎重で大人な態度を持っていたとは決して言えねえのである。
 特に顕著なのは、維新である。維新での比例の獲得数を見て、俺はほんっっっっとうに、日本国民という奴らはこの期に及んで何の自重も、反省もしない、烏合の衆の寄り集まりなのではないかと疑う他なかった。

 だけど、この反権力の病理は、なにも日本国民に限ったことではない、と擁護することもできなくない。
 何故なら、「国民各々が、個々人で考えて政党を選択する」なんてもんが、上手く行くはずなどありはしないからである。
 世論なんてものが、正しいことを言っていた例など、あっただろうか。フランス革命の昔から、もっと言えば、古代アテネ折りより、民主主義的世論が正しかったことなど無いのである。
 つまり、民主主義がある種フランス革命思想的、原理的、直接的に発揮される場合においては、それは当然ながら邪悪なる結果を生み出すものである、ということだ。そして、現在の制度にそれが最も顕著に反映されるのが『比例代表』である。

 比例代表は本当にろくな動きをしない。
 郵政つったら小泉に寄って、政権交代つったら民主に寄って、そんで今回は橋本維新に寄るわけだ。
 まさに右へ左へ、狂った羅針盤のよう。

 これだけ顕著に現れているのだから、「世論などというものは間違っているに決まっている」ということと、「その間違った世論を国政へ直接的に取り込む部分においては、当然邪悪な間違いが含まれている」ということを、いい加減に認めなければならない。
 
 別に、比例を止めろとは言わないけれど、『世論』は間違っているに決まっているという当たり前の大前提を世論自体がわきまえるか否かによって、ずいぶんと世の流れは正常な物になると思うぜ。
 まあ、それが出来たら、誰も『世論』などという化け物に苦労はしないわけではあるが。

 さて、かように劣悪な比例に対して、選挙区では自民が大勝ちに大勝ちを重ねたわけであるが、それについても、日本国民の世論がが慎重で大人の立場を発揮できたからーーというわけでは無い。

 自民が選挙区で大勝ち出来たのは、以下の六点であると考える。

一、選挙区というものの性質が、地域のシガラミ、既得権益、権益の代表者の代表者の選出という性質を帯びているため、『世論』というものが比例に比べれば反映されずに済むから。そういった中で、素人考えの政策論ではなく「候補者の経歴、実績、家柄、人柄」といった、生活民の常識に基づいた観点によって投票する人が、比例に比べれば多くなるからである。

二、小選挙区だから。小選挙区は、各々の選挙区で、一人しか選出されない。よって僅差でも勝敗が分かれる。全体の得票率が大して変わらなくても、第一党になる政党が大勝ちしやすい。

三、投票率が低かったから。『一』の層は投票に行くものである。対して、投票率を左右するのは浮動票だ。選挙区であっても、地域のシガラミへの帰属が薄い者、つまり浮動票を形成する者達は、個々人が政策的な事についての思考を発揮するが故に、結局大衆世論に寄り添う。その層が、今回あまり投票に行かなかったのである。
(非常に良い傾向だと思う。投票率が高ければ高いほど良いみたいな風潮があるが、それは「より多数で採決した方が正解に近づく」という前提がなければ成り立たないが故に、間違っている。わけ分かんねえ奴には投票しないでいてくれた方がマシに決まってるのだ)

四、世論の熱風が吹かなかったから。そもそも、『三』の理由がこれである。非自民選挙制度改革とか、郵政とか、政権交代とか、「なにやら楽しそうだ。うひぇっひぇ」とアホを魅了するような材料を、マスコミが主権者たる有権者様へ提示できなかったからである。(マスコミは、主権者たる国民様の食指を動かすような、適切な遊び道具を用意することだけが仕事だというのに、怠慢も良いところではないか!)

五、民主党が曲がりなりとも『中央権力』のパッケージに包まれていたから。今まで、民主党が担ってきたのは、「反権力」というお遊びの受け皿であったという役割である。しかし、今回の与党、つまり「権力」の座にいるのは、制度的には民主党であった。そうなると、民衆の反権力の矛先が、多少なりとも民主党へ向かうのである。(本当に鋭い反権力な輩は、自民党と官僚を権力と見なしていたと思うが)

六、自民党に組織力があったから。一から四の状態の中、選挙区で勝ち上がるものは、政党の選挙に対する対策、組織力、コネ、根回しという、『世論』などよりは遙かにまともなファクターの強い者達である。他党に、それだけの歴史と経験を踏まえて選挙戦に臨むことのできる党は、共産党以外にない。


 以上の六点により、自民党が大勝せしめたっつーことは、「国民世論」なるものが今回の結果に寄与したところは極めて少ないということである。
 というより、「国民世論」が静かだったから、変な横風を吹かなかったから、自民党の自力をもって、全体としてまともな結果へ収束していったに過ぎないのだ。


 日本国民の反権力的、革命市民的病理は、まだまだ深刻なものがある。その証拠が維新の比例獲得数に顕れている。(もっと言えば、大阪府民からは選挙権を剥奪すべきなのではと、真剣に問題提起しても良いかもしれない)

 日本国民の病理が未だ克服されていないこの状況で、七月の参議院選挙まで、国民が安倍自民党の政権に対して、餓鬼のごとくギャーギャー文句言わないわけはないと、予測する。
 つまり、このまま行けば、七月の参議院選挙で、民主主義を原理的、直接的に発揮した『大衆世論』というものが再び、邪悪で禍々しい威容を讃えて顔を出すに違いないということだ。

 大勝して自公で三分の二と言っても、参議院は滅茶苦茶重要なのだ。というより、真の本番は七月の参議院選挙である。

 俺は心から願う。
 来年七月まで、どうか原理的民主主義の邪悪な顔たる『大衆世論』には、静かなままでいてもらいたいものだ、と。




 最後にもう一つ。
 三年前の悪夢を振り返ってみれば、やはりめでたい。嬉しい。有り難い。
 多くの政治家が、大衆世論の犠牲になっても挫けずいてくれたことに、感謝する他ない。きっと俺が政治家なら辞めている。
 そして、大衆と世論という化け物に無惨にも捻り殺されてしまった故中川昭一先生の奮闘は、決して無駄ではなかったのであると声を大にして叫ぶと共に、ご存命くださっていたらどれだけ素晴らしいことであったかと嘆かざるをえないのである。



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