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日本が日本であるために

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「自民党は変わったのか」という問いに紛れた欺瞞 

 昨今、「自民党は変わったのか?」という問いを良く耳にする。そして、安倍首相もそれに応じる形で『変化』を強調せざるをえないわけだ。
 ただ、その「変わったのか?」という問いは、排泄物のごとき汚らしい「世論の自己肯定の理屈」という欺瞞の心から放たれているのではないかと、強く疑ってしまう。

 と言うのも、ことさら「変化」を求めているということは、自民党の「以前」を全否定する態度から出ているからだ。
 そして何故ここまで、自民党の「以前」を否定なければならないかというと、「世論」なるものが以前、狂った牛のように自民党を否定したからである。

 しかし、国民世論が出した、以前の自民党への「否定」が、間違えであったということは、三年間で明々白々と証明されたはずだ。
 民主党政権を選んだのが間違えというよりは、「自民党や官僚という既存の権力を、中央から追い出した」ということ自体が間違っていたということである。
 だって、別に、民主党政権じゃなくても、仮に社民党政権や、共産党政権や、みんなの党政権で三年間やっていたとしても、民主党と同じかそれ以下の結果になっていたのは明らかだ。
 何故なら、自民党ではないからである。問題は、自民党か、そうではないかなのだ。「自民党政権ではない」ということは、自民党と官僚という既存の政治体制を一切踏まえない、「徹頭徹尾全く新しいもの」になってしまうが故に上手く行くはずがないからである。
 もっとありていに言えば、「自民党を政権から落した」のが、致命的な間違えだったのである。

 つまり、『世論』が間違っていたのだ。
 国民、有権者が、間違いを犯したのである。
 既存の政府権力なるものに、聞き分けのない非難を浴びせて、打倒し、結局自分の首を絞めただけだったのだ。(歴史を紐解けば良くあることであるが)

 だが、世論は「世論が間違っていました」という風に反省などしない。絶対権力である世論、国民、有権者に対して、「間違えを認めるべきだ」という風に諫言する声すらほぼ見あたらない始末である。

 そして、「世論が間違っていた」ということを認めないでいるためには、「政権交代前の自民党はそこそこ良かった」などと認めるわけにはいかない。
 だが、現状、既存の政治体制というものーーつまり自民党に頼らざるをえず、放っておいたら自分たち大衆もヤバいのでこう言うのだ。
「我々の与えた罰に反省して、変わったのなら良いだろう」
 と。
 こういった理屈をほとんど無意識に拵えるのである。

 もし、その理屈がなければ、間違っていたのは政治家ではなく自分たち大衆であり、世論であり、有権者なるものであったということを認めなければならなくなる。
 また、自分たち大衆の起こした非人道的、非道徳的、非倫理的な自民党へのリンチ行為についての罪をも、認めなくてはならなくなるだろう。以前のそれらのイジメ行為は、「自民党が悪い」という前提によって正当化されていたからだ。
(因みに、イジメというのは、周りでただ黙って見ていただけの奴も同罪だと、俺は小学生の頃教わったぜ)

 大衆は、そのリンチ的イジメ行為の罪逃れの為に、自民党に対してことさら「変化」を求めているのである。
 変化さえ求めておけば、自分たちは正当であり、悪いのは政治家であるというメルヘンなストーリーの中に安住していられるから。


 つーか、そこまで自民党に「変化」が必要なら、自民党政権である必要はないではないか。
 そこまで自民党が自民党でなくなるという状態を求めるのであれば、自民党ではないものを選んで、このまま潔く滅亡するのも一つの選択肢であったろうに。

 俺から見ると、「自民党の価値」とは、既存の政治体制、既存の政治手法、既存の調整力、既存の官僚との連携力、既存の党内調整力、といった今までの積み重ねた物を保ち残している所にある。
 もし、「変化」がそれらを決定的に排除したのなら、自民党の価値は単なる新興政党と同列になってしまう。

 よく聞くと、安倍首相は「変わった」部分も述べているが、「これは残す」とか「これは復活させる」という事もかなり述べているのである。
 本当に真摯な態度で政治を見るのであれば、真に注目すべきは、この「残すもの」「復活させるもの」の方である。
 一番心配すべきなのは、「今まで積み上げた政治の枠組みは致命的に毀損されていないか」ということであるはずだからだ。
 だが、どうやら、自民党は「自民党の体質」の根本は保っていてくれたようである。これが、肝であり、珠玉の宝なのだ。


 実を言うと、安倍首相は特段「今までにない全く新しい事」を掲げているわけではない。
 今までの政治慣例に則って、基本に忠実に、今までの歴史に照らし合わせ、先人が行った政策にまで遡ってそれを取り入れているだけである。ただ、『現代の世の雰囲気』の偏りに対して超然的であるから、何か新しい事を言っているように聞こえるだけである。
 そして、それで良いのだ。
 いや、そういった態度こそがまっとうな政治なのである。

 だが、世論が自民党に対して「変化」を請求しているという、その案配を見て、「新しい試み」というパッケージに包んで諸政策を打ち出しているのではないか。
 まあ、「新しい」という言葉にも範囲があるから、嘘ではないし、温故知新という言葉もあるので、「新しい」と言って相違ないのかもしれないけれど。

 それでも、俺が思うに、優秀な政治家の人達は、世論や有権者なるものが自民党に対して「変化」を求めるその心根の性質など、遠にお見通しである気がする。
 勿論、口に出しては言わないだろうけど。
 大衆の方もあんまり餓鬼のような振る舞いを続けていると、本当マジで恥ずかしいと思うよ。



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