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日本が日本であるために

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アベノミクスと、リフレとケインズ 

 第二次安倍内閣が、強く堅実でバランスの取れた陣容で発足し、希望とか、明るさとかいった心持ちでいっぱいの年の瀬であるが、今日は当面の課題である経済の話を。
 
 近頃、『アベノミクス』という、言葉をにわかに聞くようになった。
 アベノミクスとは、「第二次安倍内閣が掲げている一連の経済政策」を指す、最近巷でできた造語である。
 その内容は、「デフレ脱却を経済の最優先課題」として、『金融政策』『財政政策』『成長戦略』という三つの政策を打ち出したものだ。

 まず結論から言えば、この大きな方向性は絶対に正しい。
 何故なら、グウの音も出ぬほど基本的で当たり前の政策だから。

 ただ、この正しい内閣の経済政策の方針に、「賛同し、寄っていく経済学関係者達」は、各々が必ずしも同じ経済思想を持つ者ではないことを理解しておく必要がある。
 つまり、表面上、今「財政出動と金融緩和に賛同している者達」はすべからく同じ種類の論者に見えるかもしれないが、一枚皮を捲った経済思想において全く異なる二つの流れがあることを意識しておかなければならないということだ。
 ここではそれを、『リフレ派』と『ケインズ派』という風に分けて捉えてみたい。


『注』
 断っておくが俺は、現段階でそれらを分断し、「どちらかを排除すべきだ」と述べたいわけではない。
 デフレの状態において、「財政出動と金融緩和」をインフレに転ずるまで増強し続けるのは至極まっとうな政策であるから、それについて短期的に各々が同調していることは歓迎すべきであるし、水を差すのは本意ではないとも思っている。『注、終わり』


 経済学、或いは経済評論といったものは、概ね数式ではなく、『経済思想』によって決定される。何故なら、数式はその思想に基づいて幾らでもモデリングできるからだ。
 経済思想が違うと、例え瞬間的に同じ政策を述べていようとも、その政策を政策として導き出す「筋道」が変わってくるのである。
 一時、同じ政策の下纏まっていたとしても、各々の道筋と思想を理解しておかないと、後々、別項目での論議の対立軸を見定められないということになるだろう。


 さて、先に述べたとおりここでは、「財政出動と金融緩和」に賛成している者達を、『リフレ派』『ケインズ派』に分けて考えてみる。
 この二つ。デフレーションを、「バブルを抑制した形でのインフレ局面」へ転じさせるべきという基本的な所は一致している。
 ただ、その思考的道筋が違うのだ。

 簡単に言うと、
 リフレ派は、「金融緩和による円の量のコントロールで、相対的に物価をコントロールすべき」という立場。
 ケインズ派は、「財政出動による需給ギャップの是正と金融緩和は、連動させて行うことが必須である」という立場。

 もっと簡単に言えば、
 リフレ派は、「政府が刷ったお金を、民間が回す論理」
 ケインズ派は、「政府が刷ったお金を、政府が使って市中へ回すという論理」
 とも、言える。

 (こんな弱小ブログに影響力は無いと思うから、あえて正直に言うと、)俺は、ケインズ的な経済学の方に理があると思っている。


・少し詳しめに、リフレ派の説明を。
 そもそも、元々のリフレ派の論理は、小泉ーー竹中時代に一度失敗している。小泉ーー竹中時代は、「目指せ小さな政府」だったから、デフレーションであるというのに財政支出は減らし、公共投資も減らしていたが、金融は緩和していたのである。
 金融の緩和とは主に、日銀が円を刷って、一般の銀行から国債を買い入れるという策だ。いわゆる買いオペレーションである。すると、銀行の中にあった国債は、満期前に円になって、企業へ貸し出すことができるというわけである。
 しかし、いかに銀行の中に円が沢山あっても、デフレーションなので、優良企業はお金を借りてまで投資をしないのだ。
 だって、デフレってことは、お金の価値が上がっていくのである。すると、借りたお金を返す時、より価値が高くなったお金を返さなきゃいけなくなる。また、国家全体で、給与が減って、消費も減って、価格も減って、売り上げも減っているのだから、当然、需要が減っているのだ。需要が減る中、供給を増やす設備投資に着手したとして、採算が取れるかといえば難しい場合が多いのは当然である。
 すると、せっかく刷った円も、銀行から出て行かず、市中に回っていかない。優良な民間企業が借りてくれないんだもん。結局銀行は、少しでも逆ザヤを防ぐために、また国債を買うしかなくなる。だから、今の国債の長期金利は滅茶苦茶低い。
 であるからして、(全くなかったとは言わないが)小泉政権時代の金融緩和にはあまり効果はなかったのである。


・ケインズ派の方も、詳しめに。
 ケインズ経済学は、「財政出動で需給ギャップを埋め、デフレスパイラルを断ち切る」という所に主眼がある。
 デフレスパイラルとは、「1、物やサービスの価格が下がる」「2、売り上げが下がる」「3、給与が下がる」「4、消費が下がる」故に、生産物の量方が過剰になるので、また「1、物の価格が下がる」といったように、延々と「物とサービスと売り上げと給与と消費」が下がり続けるデフレーションの悪循環を指す。
 この、デフレスパイラルで問題なのは、『需要』が、際限なく減り続ける所にある。せっかく国家全体で、生産能力が高く、供給力に長けていても、需要以上に作っても売れないのだから意味がない。
 だから、デフレの時は一度、需要が供給を上回るように政府が余分に支出をしなきゃいけない。
 デフレスパイラルの中で、需要を埋められるのは、「その権威と権力をもって、円を刷り、使う事のできる、中央政府」以外にありえないのである。だって、今の国内の需給ギャップって一年で二十兆とかだし。民間企業には絶対無理だ。
 ただ、年間二十兆の需給ギャップがあるからといって、二十兆公共事業を増やさねばならんーーということではない。金融緩和と併せれば、まさしく「政府が刷った円を、政府が使った」ということになるので、そのお金が回れば回っただけ、ギャップが埋められたということになる。だって、もし政府が橋を造ろうとして、建設会社に十億出したとして、その十億は給与とか、設備投資とかで使われる。使ったお金は、また、どこかで使われて……といって回っていくだろう。
 その支出が、どれくらいお金が回って行きやすい支出か、というのが、かの有名な『消費性向』の話なのである。そして、いきなり人へ給付する社会福祉的な支出は概ね消費性向に低く、お金は回らない。逆に土木、建築、軍事費、などは消費性向が高いので、ニューディール政策や、高橋財政や、尾張徳川宗治は、公共投資や軍事費を増やして景気を回復させることができたのだ。



 このように、リフレ派とケインズ派では筋立てに大きな違いがある。
 しかし、今、この瞬間の具体的な政策的結論は同じなのだ。
 財政出動と金融緩和ーーつまり、日銀が銀行から国債を買って、公共事業を増額するという『アベノミクス』のデフレ脱却政策である。

 この点があるので、安倍内閣は、既にリフレ派に目配せや配慮をしているような感がある。
 安倍首相は組閣前からこんな風に主張していたはずだ。
「デフレーションの克服には金融緩和だ。だけど、金融緩和だけだと『市中へ出回るのに時間差が出る』ので、公共投資が必要である」
 というように、微妙な言い回しで、リフレ派に「公共投資増額容認」を促すような論理の組立をしているのである。
 そして、これは政治的にとても上手な論の進め方であった。
 何故なら、世間での反発は、金融緩和よりむしろ公共投資の方が根強いからである。
 この論の組立だと、リフレ派の筋立てで金融緩和に焦点が当たり、「それプラス財政出動」という感覚に人々がなるはずだから。
 財政出動と金融緩和によるデフレ脱却を第一とするなら、これは政治として上手い戦略だ。
 何と言ったって、アベノミクスは何が何でも成功させなきゃならんのだから。


 ただ、その上で、安倍内閣を支持する者は、重々承知しておかなければならない。
 リフレ派寄りの者達の思想の底流には、小泉的『小さな政府』があるということを。
 つまり、「ムダを省いて政府規模を小さく」「規制を緩和して民間の自由に」「経済においては国境は薄くて良い」というような、新自由主義経済学にシンパシーを抱く思想信条が、リフレという論の底流にあるのだ。とにかく政府の経済への関与をどんどん減らせば、民間が自由になって競争原理が活発化するという思想信念である。

 具体的に言えば、『みんなの党』は日銀法の改正と金融緩和に賛成しているが、「規制緩和、ムダを省いて小さな政府、TPP推進」などなど、ついこの間の小泉時代の失敗政策に極めて類似したものを唱えている。(維新はその方向でもっと酷いけれど)

 だが、安倍自民党も、日銀法改正においては、みんなの党と連携しなきゃならだろう。
 それと同じで、小泉時代からの生き残りの経済学者、またはそのシンパらを無碍にしては、アベノミクスは成らないのである。
 政治なんだから、今敵対すべき時ではない相手とは敵対しないようにするのは当たり前だ。
 そういった者達の喜ぶような「規制緩和」とかも、やっても良い部分は一定程度強調して支持を得ておくこともアリだと思う。


 ただ、外で見ている我々も、アベノミクスで纏まっているように見える言論を持った人達の中にも(経済学者とか)、違いがあるのだということだけは心に留めておくべきである。
 勿論、今、あからさまに敵対しては、アベノミクスが成らないので、あまり突っ込んだ所を責め立てるべきではない。
 が、アベノミクスを支持する者達を一緒くたに見ていると、「小さな政府、市場の自由化」といった一度失敗した話に巻き込まれるといったような事が、近い将来に起こるであろうことは容易に推測できる。

 安倍内閣そのものには、それらをいなす態度と実力があるだろう。だから、これは内閣への不安ではない。

 むしろ、俺の不安は世論に対してある。
 周りでみている一般国民有権者がその辺りの微妙な所を理解しているはずはなく(本来、理解する必要もないのだが)、また世論がおかしな議論に沸騰しやしないかに一抹の不安を感じるのである。


関連:『アベノミクスと、リフレとケインズ2』


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Janre: 政治・経済

tb 0 : cm 1   

コメント

めちゃくちゃわかりやすくて感謝です☆

リフレ派とケインズ派の違い、よくわかってすっきりしました!
最近のアベノミクスは第一の矢一本頼みで二本目の財政出動が疎かになってきている感がありますね..

ここまで来るとアベノミクスの行く末、おとなしく見守ってられなくなってきちゃいました。
官房参与の藤井先生や西田昌司参議院議員など正しい批判をしてくれる方々を応援したいです。

でも本当の敵は、おっしゃる通り、世論、マスコミですね。

かめ #V0Zz7F9Q | URL | 2014/12/27 02:19 [edit]

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