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日本が日本であるために

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右と左 

今日は政治思想における「右と左」について考えたい。
 戦後の日本では、右翼左翼という冷戦構造を元にした政治思想の対立があった。俺はこういった戦後の誤った左右の分類が日本における政治思想についての論理的な思考を阻害している大きな要因であると考える。

 本来、政治哲学における右とは権威主義のことを言い、左とは民本主義のことを言うのである。
 もう少し具体的に。
右:歴史的な連続性や国家としての枠組みと統治に関する思想。
左:個々人の権利やその平等に関する思想。

 根源的にはこの認識で間違いないはずだ。
 さて、上記は右や左の「思想」そのものを述べたのであるが、思想家や哲学者、政治家を指して「右派」「左派」と呼ぶことがある。それを理解する上で、分かりやすい対立軸が、市民革命前後のフランス革命思想とイギリス反革命思想である。
 現代日本の教育は共和制という左のイデオロギーを正義とするアメリカの影響が強いため、フランス革命思想についてはご存知の方も多いだろう。
 フランス革命思想とは「自由、平等、博愛という理想を実現するため、国民の“理性”によって民主主義的に秩序を維持していく」という思想である。
 対して、反革命思想は、「王家の歴史的な連続性による枠組みと統治を重んじた上で、民主主義によって国民の権利を保障していく」というものだ。

 一般的にフランス革命を支持する者は左派、反革命を唱える者は右派と呼ばれている。
 どちらが正しいか間違いかの議論はとりあえず置いておこう。しかし、良く見ると、双方共に右と左の思想が織り混ざっていることに気が付く。では何故右派と左派に分けられているのだろうか。
 それは「どちらをベースにしているか」の違いなのである。フランス革命が左思想の上に統治という右思想をのっけているのに対して、反革命思想は右思想の上に左思想をのっけているのだ。
 逆説的に言えば、このことから、左思想無い右派はあり得ないし、右思想の無い左派もあり得ないということが分かる。
 これは実は簡単なことで、国家という全体の枠組みが無ければ国民一人一人の権利などあり得ないし、個人の集まりが国家なのであるから、片方の思想のみでは論理が崩壊してしまうのだ。


 さて、現在の先進国と呼べるような国々においても、未だに立憲君主制と共和制という、右派と左派に分かれている。日本やイギリスは立憲君主制だし、アメリカやフランスは共和制をとっている。ただ、これは決して悪いことではない。
 何故なら、世界には“唯一絶対神”などというふざけたものは存在しないのだから、当然、善悪も絶対的なものではないからだ。
 確かに、ひとつの国家内においては統一イデオロギーの元絶対的な価値観で統治されるべきだ。しかし、世界は国家という枠組み(単位)ごとに多イデオロギー、多文化、多価値感で分かれているし、また、そうあるべきである。世界全体におけるイデオロギーや価値観の統一を良いことだと思っている連中は、絶対的な善悪を信じている、想像力の欠如した人間である。簡単に言えば、「人類皆兄弟」なんてあり得ないし、そうなる必要もないということだ。(これは、人類が地球の生態系のトップに君臨していることと、地球上の物質量やエネルギー量が有限であることに起因しているが、それはまたの機会に論ずる)
 だから、我々は、「全ての人類には生まれ持っての権利がある」だとか「人類が仲良くするために国家の枠を取り払う」とかいう幻想は、絶対的な善悪や唯一絶対神の存在を信じること同義なのだと気づくべきである。ただただ、「それぞれの国が違った枠組みを持っている」という事実を、良し悪しではなく相対的に“把握”すべきなのである。そして、その1つの大きな比較軸として右派左派のイデオロギー、つまり立憲君主制と共和制という分類が必要であることも間違いない事である。
 相対的な比較軸とはとても貴重なものだ。絶対的善悪が存在しないのならば、相対的見地しか現実を把握する方法はないし、それは比較軸無しでは成し得ない。だから、右左という比較軸は蔑称ではなく、貴重な相対軸として大切に使って欲しい。(その意味も含めて、ここで俺は共産主義を左派と呼称することをあえてしないし、するべきではないと考える。後に詳しく述べるが、冷戦下の西側と東側の対立軸は、右左という対立軸とはズレているからだ)

 まず、以上のことを、我々は第三者的に、冷静に、無感情に理解する必要がある。何故それが必要であるかと言うと、その段階を踏むことによって、自分の国のイデオロギーや価値観、または「日本とはなんなのか」を相対的に見ることができるからである。

※つづく



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