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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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やめよう、進歩主義 

 今回の趣旨は、『進歩主義』というものへの懐疑である。


 進歩主義とは、簡単に言うと、「人間は、時代が進めば進むほど、進歩していっている」というイデオロギーだ。

 確かに、人間はモノを書き記し、記録を取って、後世に様々な技術を残す事が出来る。後世の人間は、そういったものを掘り下げ、記録を更新し、情報を蓄積して、より高度な科学や技術を生み出すことも出来るわけだ。
 そういった所から、高度な情報や科学や技術の進歩によって、人間社会全体にある矛盾も未来へ向かって解消されていくはずだーーと考えるのが進歩主義の筋立てである。

 だが、この筋立ては、決定的に間違っている。

 何故なら、こうした筋立てを成り立たせる為には、「一体、どういったものが『矛盾のない進歩的な社会』と言えるのか」という理想が、人間にとって普遍的かつ明瞭でなければならないからだ。
 そして、そんな事は明瞭になりえないのである。

 そもそも、進歩主義の根拠である「科学や技術」という類のものは、どこまでいっても『手段』にしかなりえない。
 つまり、ある『目的』があって、それを達成するための一つの『手段』が科学的合理性なのだ。

 当たり前の事だが、その『目的』だけは、「科学とか技術とか情報によって合理的に算出する」というわけにはいかないのである。

 そもそも、『目的』であるはずの『歴史的に構成された社会』(最大の単位としての国家、最小の単位としての家族、中間団体としての地域共同体や産業の既得権益)における価値観は、あまりに複雑かつ膨大である。が故に、如何なる人間もその全容を把握することは出来ない。何故なら、如何なる人間の『思考』もどうしようもなく『有限』だからだ。
 そして、人間の思考では人間社会においての『目的』を推し量ることができないのだから、その推し量れないモノが果たして進歩しているかどうかなど、究明する事などできるはずがない。

 繰り返すが、手段としての科学技術が進歩している事は、明瞭である。ただし、その科学技術の進歩が、イコール人間の進歩であるかどうかは、人間などに分かるはずがない。
 人間の進歩というのは、文明の進歩のことであり、つまり、ほとんど『それぞれの国家の進歩』のことを言っていると考えて良い。というか、それ以外に考えようがないはずだ。
 しかし、国家などという複雑なものが「進歩しているかどうか」など、どう捉えろというのだ。いいや、捉えられるはずがない。
 人間ーーつまり国家は、もしかしたら進歩しているのかもしれないし、退歩しているのかもしれない。そんなことは誰にも分からないのだ。

 だから、『進歩主義』というのは、何の根拠もない、単なる錯覚に過ぎないのである。



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