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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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従軍慰安婦問題と人権 

 『国会って何故あるの?(上院編)』を書く予定でしたが、一回変更致しまして、今回は慰安婦問題についてです。


 いわゆる『従軍慰安婦の強制連行』についての「具体的な議論」は、多くの方が本やブログにしていらっしゃるので、ここでは少し「そもそも論」的な議論を展開したいです。


 まず、もともと「あらゆる時代、あらゆる国家の軍隊において、売春のシステムがあるのは当然だ」というのはご存じでしょう。
 そりゃあそうですよ。軍人は人間で、そして概ね男なんですから。

 それは、都市にピンク街が不可欠であるのと全く変わりません。
 というより、人類の歴史を振り返れば、いかなる社会からも売春が消えることなど絶対にありえないということがわかりますよね。
 そして、軍隊とは、一つの都市のようなものです。
 沢山の人間が、沢山の機械に囲まれて、そして、人と金が良く回る。
 こういうところでは、ほぼ自然発生的に売春斡旋業(風俗店)が出回るものなのです。
 良い悪いではなく、単なる『習性』なので、「蟻はどの集団でも、大勢で土掘って巣を作る」というようなことと同じですね……



 ……なぁんて、俺は今あけっぴろげにそんな事を論じているわけですが、本来こんなことは声を大きくしてのたまう話題ではありません。

 例えば俺は、友達の女の子に対し土下座で頼み込んでコトをさせてもらったり、お金のある時は色っぽいおねえさんが多く在籍するお店にも行きます。勿論、自慰もします。

 しかしね。そんな事は、普通おおっぴらにしません。
 そりゃあ、友人と下品な会話に興じることが無いとは言いませんが、オフィシャルな場面や記録では、そりゃあ慎みます。

 何故なら、恥ずかしいし、バツが悪いからです。

 ですから、性的な事情とかそういったものは、あまり記録に残らないものなのですよ。
 それが『売春のシステム』であれば、なおいっそうです。
 例えば、「女の子をどのように集めたか」とか、「性病はどのように予防していたか」とか、「料金体系」とか、「女の子の待遇」とか、そんな事を進んで詳細に公的な記録として残そうとする奴なんていませんね。
 勿論、全く記録に残さないというわけにはいきません。が、その記録の仕方は、当然オブラートに包むものですし、必要最小限に止めるものなのですよ。
 『慰安婦』という言葉が正にそうでしょう。
 「慰め、安らぐ婦人」ですよ?
 単なる売春婦に対して、なんてエキゾチックで雅な名称を与えたもんだと感心せざるをえません。

 そんなわけで、
 売春システムについて後世へ残る情報というものは、どうしても限定的にならざるをえないわけです。
 繰り返して言いますが、それがいかに「ごく一般的で当然の事」であっても、「それなりに恥ずかしくて、バツが悪い」からですよ。

 そのくらいのこと、今の自分たちを顧りみればわかるはずですよね。
 だってほら。世の中、結構ムッツリスケベな輩だらけじゃあないですか。


 さて、こうした「性関連の事は、あまり記録に残らない」という性質を踏まえたとき、ある一つの問題が浮上します。

 それは、「後世から見た時、その空白においては無限の空想を可能にする」ということです。
 簡単に言い換えると、「スケベのお話だから、先人は多くを語らないため、後から生まれた人間から見るといくらでも茶化せる」ということです。

 そう。いくらでも茶化せる所に、際限なくけっちょんけっちょんにコケにしていったモノが、「従軍慰安婦の強制連行という『物語』」と言って良いはずです。これ以上は、コケにしようがありませんからね。

 そして、当時の軍人の多くの人たちは死んでしまっていますから、どんな罵詈雑言にも反論できません。まさにサンドバック状態ですよ。

 イヤですねえ……



 ただ、そういった状況で、「外人がコケにしてくる」というのは、至極当然かつ自然なことである事も、分かっていなければなりません。

 確認しますが、『外人』とは、「日本に帰属しない人間」ですから、基本的に『ホモサピエンスとしての身体的、生理的特徴』以外は、ただの一つも共有するところのない、『よその人』の事ですね。

 外人は、こちらに何かしら『コケに出来る隙』があれば、徹底的に貶めてくるに決まっているじゃあないですか。
 こちらを貶める事によって、自分たちの地位、権威、立場が相対的に上昇するのであれば、やらなくてどうしますか。
(それに、外人を馬鹿にするのは純粋にとても楽しい事ですし。)


 ところで、そういった「日本をコケにすれば、自分たちの益になる」という状態にある代表的な外国をあげれば、アメリカ、中国、韓国、北朝鮮です。
 しかし、俺は、実をいうと、それらの国々を「酷い奴ら」とは思っていないんです。
 何故なら、彼らは外人なので、そういったことをやってきて当然だからです。
 奴らは酷い連中だ……などと、甘ったれた事を言っていちゃあいかんのですよ。

 むしろ、俺が本当に「酷いなあ。ヒトデナシだなあ」と思うのは、日本人の方です。

 だって、慰安婦問題でコケにされている軍隊及び軍人は、日本人にとっては「よそ」ではないんですよ。
 アメリカ人や韓国人からすれば、この軍人たちは『外人』なので、誹謗中傷の限りを尽くそうが関係ないでしょうが、日本人にとっては『ウチの人』のはずなんです。しかも、もう殆ど死んでしまっているウチの人ですよ。

 なのに、日本人の中には、『すでに死んでしまっている先人』を、『軍人』であるというだけで、差別し、貶める輩がいますね。
 勿論、俺は、「差別や偏見がイケない」だなんて思っていません。差別や偏見は、国家、社会に必要なものです。
 しかし、慰安婦問題で声を大にしている連中は、概ね、「差別はイケない」という立場なんだと思うのですが、その辺りの整合性は、一体どのように筋立てているのでしょう。「軍隊や、国家や、政府に関するものにだけは、いくら差別しても良い」という筋立てなのでしょうか?

 このような一種不可解な指向は、『人権』という間違ったものの考え方からくると、俺は考えています。

 誤解されるといけないので言っておきますが、俺は何もここで「外国人の人権まで云々しようなんて、偽善ったらしくてムカつくぜ」というようなチープな事を言おうとしているのではありません。
 『人権』という「モノの考え」自体が問題だ、と言いたいのです。

 言うまでもなく、『人権』とは「人間の権利(ヒューマンライツ)」という意味ですね。
 確かにこれは、ふと聞いた感じ、良いモノのように聞こえます。
 が、ここで良く考えていただきたいのは、『権利』という言葉が持つ性質のことです。

 そもそも、『権利』という言葉は、「請求する対象」が無くては、成り立たない言葉ですよね。
 例えば、『債権』という言葉がありますが、これにはその反対側に、請求される対象の『債務』という概念がなければ成り立たないでしょう。
 つまり、『権利』と言った場合、そこには「……に請求する権利」という意味を含まざるをえないわけです。

 では、『人間の権利』においては、一体、「誰が、誰に請求する権利」なのでしょうか?
 それは、文脈上、「人間の個々人が、『政府』に対して請求する」という意味以外に考えられません。

 しかし、その『政府』に請求して適切な『人間の権利』とは、一体どのようなものか……などということは、人間には解明できないわけです。
 まあ、よく考えれば当たり前ですよね。
 もしそんなことを解明できる野郎がいたとすれば、それは『人間ではない、神的な何か』しかいませんよ。
 ですから、現在で一般的に知られる『人権』という観念は、昔は『天賦人権論』という名前で恐れられていたわけです。


 さて、「『人権』というものが、その言葉の性質上、『政府への請求』という文脈を孕まざるをえない」ものであることを踏まえた上で、『慰安婦問題』に話を戻しましょう。

 日本人でありながら、日本の国家とか、政府とか、軍人とかに対し、何故こうも貶し、罵倒し、踏みにじることができるのか……
 それは、「今を生きる人間の一人一人が、政府へ請求できる権利」を考えた際、『国家、政府、軍隊』といったモノに対しては徹底して『反』の姿勢を貫く方が合理的だからです。

 その上で、よく考えてもみてください。
 慰安婦問題に関して、擁護される対象に見られるのは、一見、『朝鮮人』見えます。しかし、『今を生きる日本人』の中で、慰安婦問題をギャーギャー騒ぎ立てる者がいるのは、別に彼らが「外人の人権まで分け隔てなく考える事の出来る心優しい者だから」なわけはありませんよね。
 政府なるもの、国家なるもの、中央権力なるもの……について『反』を唱えていれば、「今生きている日本人一人一人が、政府に対して請求できる人間の権利の水準を、担保する事ができる」からです。
 そして、(意識的にせよ、無意識的にせよ)今を生きる日本人の『多数』が人権の論理の中で「反・政府」或いは「反・国家」の意識を持っていたとすれば、『評論家』『記者』『文筆家』などが表現する内容も「反・国家」的になって行かざるを得ませんね。
 何故なら、彼らは、本や講演をその「今を生きる日本人一人一人」に買って貰わなければ生きていけないからです。
 つまり、今を生きる日本人の『多数』の、「政府に請求できる人権の水準を保とうとする」意識に寄り添う言論でないと、『評論家』『記者』『文筆家』は生活を成り立たせることができないのです。
 だから、「マスコミが悪い」というのも、甘ったれた話ですね。
 マスコミが寄り添っているのは、より多くを買って貰うために、「いかに『大衆』にとって都合がいいか」という所なのですから。

 そうなると、概ね、「現代を生きる日本人の一人一人の寄せ集め」は、「自分ら一人一人が政府に対して請求できる人権の水準を担保するため」なら、先人に対してどんなに失礼で不条理な罵詈雑言を吐きかけようと構わない、下衆で最低なイエローモンキーである、と言えるでしょう。

 そういう具合に成り下がった国家は、おそらく百年以内に離散し、滅びていくのだと思います。

 しかし、それでも、「今を生きる日本人の一人一人」の『多数』にとっては、関係ありません。何せ、下衆なイエローモンキーですから、百年後なんてどうせ自分は死んでいるから関係ないと思っているに決まっているからです。
 そして、自分の直接の子孫に対しては、「まあ、君たちの世代では、日本とか国家に縛られない『開明的で、進歩的で、新しい世界』にて頑張ってくれたまえ」などと、甚だ無責任な態度でいるわけです。

 まあ、その後輩たちが、今度は『今の我々の世代』に対して、「あいつらは性奴隷を飼っていた云々」と誹謗中傷の限りを尽くしたとしても、その時、我々はもう死んでいるはずですので、反論はできませんね。




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Thread: 政治・経済・社会問題なんでも

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コメント

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はじめまして

過去記事からすべてを読まさせて頂き
政治、経済、歴史などなど、大変考えさせられる内容でした。
今後の記事も期待しております、ありがとうございました。

かーず #- | URL | 2013/05/22 12:00 [edit]

ありがとうございます!

かーず様

なんという勿体ないお言葉。
しかも、記事を遡って……

こちらこそ、書く気力を与えてくださって、本当にありがとうございます。

まだまだ未熟な俺ではありますが、本気で思っていること以外は書かないつもりですので、どうぞまたお越しくださいませ。

                            おーじ

おーじ #- | URL | 2013/05/22 23:33 [edit]

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