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日本が日本であるために

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国会って何故あるの?第三回(上院編) 

国会って何故あるの?(間接民主制)第一回
国会って何故あるの?(下院編)第二回
                     ……の続きです


 前回で、下院とは「国家に内在された部分(小集団)ごとの代表たちが、それぞれの既得権益を調整する所」であると、解説しましたね。
 ただ、下院で決められた「ルールの微調整」は、やはり甚だ不安定なものです。

 そこで、N国では『上院』というものを置いている、というところだったと思います。

 では、『上院』とは一体、下院とどう違うのでしょうか。



 答えから言ってしまえば、『上院』とはその名の通り、「上等な院」のことです。
 まあ、上等と言われても、「何が上等なの?」と思いますよね?

 ありていに言えば、『階級』が、です。

 つまり、上院というのは、「上等な階級の者」による院なのです。


 約一万人の住むN国には、皇帝からタイトルを授かった二百人の貴族がいました。
 『上院』は、その貴族二百人の中から選出された五十名によって構成されています。
 そして、もし下院の決定に浅はかな所があれば、上院の過半数をもって、下院の決定を否定できるのです。

 よく考えれば、そうでなくちゃ怖くてたまりませんよ。
 だって、『下院』は、出自、家柄関係なく、どこの馬の骨か分からんような奴でも代表者選びに参加できるのですから。その結果、どんな代表者が選出され、どんな結論を導くかも分かりません。
 ですから、『出自、家柄を問わない多数決』を、『上等な家、身分の者達』が「ダメ出し」する所が欲しいですね。

 それが『上院』なのです。

 第二回にて、マックス・ウェーバーの『支配の三分類』の話をしたかと思いますが、下院が「カリスマ的支配(多数決)」の色を強く帯びるものであれば、上院は「歴史的支配(大儀、権威)」の色を強く帯びるべきものと言えるでしょう。

 そう考えると、『二院制』とは、ある意味において、「分権」の機能を期待してのものであったはずです。
 つまり、『カリスマ的支配(多数決)』の政治権力独占を抑制する機能……「民主主義を制限する英知」であったと言えます。



 こんな事を書くと、「貴族階級の者達が政治権力を握れば、一般の民から搾取をするに決まっている」と考える人は多いでしょう。
 個人的に、こういった考え方は反吐が出るほど嫌いなのですが、これにも一理を認めないというわけにもいきません。確かに、『歴史的支配』に政治権力を与えすぎるのも、あまりよろしくない。

 ただ、二院制の英知をナメてはいけません。
 そのために、『下院の優越』というものがあるのですよ。



 N国で言えば……
 N国の下院は100名、上院は50名でしたね。

 例えば、『下院』で「税率を半分にする」という法律が、賛成51名で通ったとします。
 これは大変です! 今までやってきた税率をいきなり半分にして国が回るはずがありません!
 何故こんなことが起きたかと言えば、N国民は「政府の無駄遣いを減らせば、税金は半分で済みます」とのたまう輩を、51人も下院の代表者に選んでしまったんです。(まるで、『に』から始まるどこかの国みたいですね!)

 しかし、ここで『上院』が出てきて口を挟むんですね。「そんなアホなこと許すまじ」と。
 この法案は、上院にて反対三十名で否決されました。危ない所でしたね。

 ただ、「じゃあ、どんなに下院が良いと思ってても、上院が良しと言わなきゃ法律は通らないのか」と言えばそうではないのです。
 何故なら、上院で否決されても、もう一度、下院に戻ってきて採決するからです。

 つまり、上院の否決は「もう一度、頭冷やして考え直せ」と言っているだけなんですね。
 ただ、上院で法案が否決されたという事はそれなりにワケがあるはずですから、下院での再びの採決の場合には「三分の二」の賛成が必要になります。

 この『税率半分法案』に関しても同じで、法案が上院で否決されても、また下院に戻ってきました。そう、まだピンチは終わってないのです。
 しかし、下院の三分の二までが、「政府の無駄遣いを減らせば、税金は半分で済みます」だなんて与太話を信じる代表で埋め尽くされるーーということはなく、結局この法案は廃案になりましたとさ。
 めでたしめでたし。


 ここで注目してもらいたいのは、この二院制という制度における、「バランス感覚」です。
 この、「多数決によるカリスマ的支配」に頼りすぎず、「貴族階級による歴史的支配」にも頼りすぎず、繊細に力関係の均衡を保つ態度。
 N国の二院制はなかなかうまく出来ていると思いませんか?



 さて。それでは愛すべき我らの日本国に目を移してみましょう。

 誰もが中学校の公民で日本の国会の事を習うはずですよね。
 俺はこの時、「なんで、衆議院の方が権限が強いのに『下院』で、参議院は権限が弱く、テレビでも脇役っぽいのに『上院』なんだろう」と軽く混乱した覚えがあります。
 それどころか、中学生くらいだと流石に阿呆なので、「参議院で否決されても、衆議院の三分の二あればオッケーなら、参議院とかいらねえじゃん。参議院なくして、税金さげろや」なあんて低脳なことを考えた事を、ここに白状しましょう。
(流石に二十歳を越えた大人にこのようなガキな思考回路を持つ輩はいないと信じたいですが)

 当時の俺が、何故、混乱してしまったのか、今なら簡単にわかります。

 そう、今の日本は「参議院(上院)も、民主主義で選んでいる」からですね。
 恐ろしいことに、上院の選挙権が、俺にすらあるのですよ!(被選挙権はまだですが)
 これでは、なにが「上等な院」かよく分からないのは当然でしょう。

 つまり、現状は、「民主主義にダメ出しするものも、民主主義で行う」という、甚だ民主主義に政治権力が偏った状態なわけです。
 まさに、民主主義独裁。民主主義専制。

 とは言え、日本では既に『華族』という上級身分が廃止されてしまい、貴族階級というものがありません。
 勿論、大東亜戦争に負けてのことですが、これは大変な損失です。
 何故なら、もし、我々日本人が(あり得ないでしょうが)民主主義に偏っている現状を深刻に反省して、貴族階級を設定しようと思っても、歴史的支配は「歴史的」であるからこそ価値がでるのであって、すぐには構築できません。
 例えば、万一、今、幾ばくかの家がいきなり貴族とか華族とかいった身分に設定されたとしても、その家が人々から「上級である」と認識され、偏見を持って見てもらうことのできる『権威』を帯びるためには、甚だ時間がかかります。というか、『時間』によって醸成された先入見だからこそ、歴史的支配と言うのですから。
 つまり、歴史的支配は、「破壊することは一瞬でできるが、構築するには、それこそ歴史的に長い時間がかかる」という性質を持つものなのです。


 よって、残念ながら、理論上、我々が今すぐに「民主主義に偏った政治決定方法」を克服する手だてはありません。


 まあ、だからといって絶望して終わる……というわけにもいきませんね。
 それならばせめて「現状は甚だ民主主義に偏りすぎている」ということの『自覚』くらいは持つべきだ、と訴えてこのお話を締めることとしましょう。
 少なくとも、自覚がなければ、「民主主義が、民主主義を疑う」という酷い矛盾と付き合って行くことはできないはずですから。



(国会って何故あるの?終わり)




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