05 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 07

日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

TOP > 経済 > title - 新自由主義の嫌いな俺が、安倍内閣を支持する理由      
  

新自由主義の嫌いな俺が、安倍内閣を支持する理由 

 俺は、TPPや規制緩和といった、いわゆる新自由主義的な経済思想群が大嫌いです。
 そして、アベノミクスの下に「リフレとケインズ」という背反する指向を同居させていた安倍内閣においても、(TPPの参加表明以降特に、)「リフレ→新自由主義」といった指向を多分に帯びてきてしまいましたね。
 これは、俺の個人的で偏屈な見解というわけではないでしょう。

 しかし、俺は、安倍内閣を支持するし、自民党を支持します。

 今回は、それが何故かを話したいと思います。



 第一、俺は、安倍内閣の前に、自民党を支持しています。
 これは何故かと言えば簡単で、「それまで長く続いていた既存の政治権力」だからです。
(長く続いてきた、というのが肝ですよ。つまり、例えば、民主党政権下においても、既存の政治権力というのは、自民党なのです)


 基本的に、長い間政治体制の根幹を握ってきた政治権力は、擁護するべきなのです。
 長い間やってきた政治体制を基本的に擁護する姿勢がなければ、政治権力は短期間にあちらこちらに入れ替わり、一所に留まることがなくなるでしょう。
 それの何がマズいかと言えば、政治権力がめまぐるしく入れ替わる……つまり、政権交代の可能性が常に高い状態は、極めて民主主義の強い状態だからです。
 だって、これでは、大衆とか民衆の多数といったモノの「こうしたい!」という直接的な欲望に媚びなければ、政権につくことが出来なくなってしまうでしょう?

 この「ラディカルに政権をめまぐるしく交代させて、より大衆の多数の意見を反映させる」という事を良しとしたのが、ルソーに代表される革命思想ですね。
 つまり、「民衆の多数の意見」を直接的に反映させる為に、「政治権力の所存をめまぐるしく変えて鎖を付けるべきだ」という筋立てです。

 「二大政党制が良い」といった理屈は、概ねこの革命思想の筋立てから出てきているものと言って良いでしょう。
 ルソーの言うような過激な革命思想は、フランス革命の失敗によって説得力を失っていますので、じゃあ「二つの大政党による、めまぐるしい政権の交代」によって、政府に鎖をつけよう、という事です。
 しかし、その鎖を牛耳るのは、結局の所、民衆の多数の意見、つまり民主主義なわけです。これでは実際、「民衆の多数の意見」を反映させる為に、「政治権力の所存をめまぐるしく変えて鎖を付けるべきだ」という革命思想の筋立てと、ほとんど同一のモノと考えざるをえません。



 さて、ここで、新自由主義の問題に移りましょう。
 そもそも、新自由主義の問題の出発点は、革命思想を祖に持つ『自由民主主義』(リベラルデモクラシー)にあります。
 勿論、経済の思想と政治の思想は、必ずしも連動するわけではありませんが、この『自由民主主義』と『新自由主義』の筋立ては、ほぼ同一種のモノと見るしかありません。

 人間の個人個人の「こうしたい、ああしたい」という欲望を自由にするため、政治的決定を「個々人の自由意志による多数決」で決めるべきとする自由民主主義。
 人間の個人個人の「こうしたい、ああしたい」という欲望を自由にするため、経済を「個々人の自由意志による多数決」(市場)で全て決めるべきだとする新自由主義。

 少なくとも、含む問題性は同一種類のモノです。

 そして、それは明らかに、『自由民主主義』を肯定する前提に立っての『新自由主義』という組立で成り立っているのです。

 つまり、新自由主義を否定したいからといって、「民主的に既存の政治権力を打倒」してしまったら、それはもう本末転倒甚だしいわけであります。



 さらに、同じように『自由民主主義』や『新自由主義』を唱えていたとしても、それを「既存の政治権力」が言うのと、「対抗勢力」が言うのでは、全然意味合いが違います。


 既存の政治権力側が自由民主主義や新自由主義を唱えるのは、「我々が持っている政治権力を、我々は独占いたしませんよ」と言って、民主主義に媚びていることになります。

 対して、対抗勢力側が自由民主主義や新自由主義を唱えるのは、「既存の権力者から、我々が権力を奪い、それを民衆に開放します」と言って、民主主義に媚びていることになりますね。


 どちらも褒められた話ではないにしろ、どちらが急進的な指向をもつかと言えば、当然、後者なわけです。
 当たり前ですね。対抗勢力側は、民主主義によって政治権力をこの手にしようと考えるわけですから。


 それはある意味、ほとんど民主主義の独裁と言って良いほど民主主義に偏りすぎた現代において、仕方のない事なのかもしれません。
 そんな中でも、まだ民主主義を制限する事ができる道は、既存の政治権力に、政治権力をそのまま持っていてもらう事以外にありません。
 それならば、「我々が持っている政治権力を、我々は独占いたしませんよ」といった程度の自由民主主義、新自由主義で済みますから。

 具体的に言えば、維新やみんなの党が民主主義に媚びなければならない熱量と、自民党が媚びなければならない熱量では全然ちがうだろう、という話しです。
 政策論に落としても、その違いは明白かと思います。
 維新やみんなのリベラル的、新自由主義的な政策、理念は、灼熱のごとく熱く、民主主義に媚びていますね。
 

 さらに、自民党は長らく政権の座にいたため、民主主義の中でも「比較的マトモな民主主義」を活かす体制をまだ残しています。
 それは、既得権益とか地域のシガラミによって選出された族議員や、政党内政党とも呼ぶべき派閥です。
 だいぶ直接的な民主主義によって潰されてしまったとは言え、そういった既得権益を代表する議員を最も残しているのは自民党ですよ。

 俺は、正直、安倍首相が何を考えていらっしゃるのかは分かりませんが、その首相の立場は、自民党の総裁であることの上に成り立っていることだけは分かります。つまり、たとえ新自由主義的な政策を口にしようと、(もっと言えば、たとえ党名が『自由民主党』であろうと、)自民党の内部の既得権益やシガラミを全く無視して政治を行うことはできないはずなんです。

 というより、「既得権益やシガラミによるマトモな方の民主主義」と、「大衆の一人一人の意見が直接反映される、マズい方の民主主義」が、せめぎ合っているというだけで、どれだけマシな状態と言えるか。
 もし、自民党が(長い間続いた既存の政治権力が)、なかったとしたら、「大衆の一人一人の意見が直接反映される、マズい方の民主主義」が、何にも制限されずに発揮されていくに決まっているのです。
 というか、民主党政権がまさに、民主主義の映し鏡ではなかったですか?


 また、経済に関しても似たことが言えます。
 俺は、常から、アベノミクスには、(新自由主義を背負った形での)リフレ的な指向と、ケインズ的な指向があると言ってきましたね。
 これは必ずしも、「リフレ的な指向があるからダメ」と言っているワケではないんです。
 「新自由主義的傾向とケインズ的傾向が、せめぎ合っている分、マトモである」と言っているのですよ。
 これは、安倍支持者に双方の層があったからです。

 ここでケインジアンには、本当によく考えて欲しいのですが、少しでもケインズ的な経済論に耳を傾けてくれる内閣の構成が、今の内閣以外で考えられるのでしょうか?
 また、ケインズ的な人々からも、それなりの支持を集めていたからこそ、アベノミクスにケインズ的な指向が含まれているわけでしょう。
 ケインズ的な人々が、安倍内閣から離れていけばいくほど、アベノミクスにケインズ的な指向が失われてしまうのは、政治力学として当然の話しなのではないでしょうか。

 俺も、どちらかと言えば、経済においてはケインズを支持するものです。
 ですから、TPPの参加表明での首相の演説を始めとするグローバル主義や、いくつかの規制緩和の政策議論に、嫌悪、憤激する気持ちは本当に痛いほどわかります。
 金融緩和に反対ではないものの、「金融緩和さえしていれば、規制緩和をしても大丈夫」というような筋立てを持っているが故に、リフレ派も嫌いです。

 しかし、少なくとも、それらとケインズ的指向が「せめぎ合う」という段に至る内閣は、安倍内閣以外考えられません。


 今回、この内閣支持率の中、安倍内閣への支持を再び強く訴えているのは、このままケインズ的な人々が安倍支持から離れてしまうと、そのせめぎ合いすらなくなってしまうであろうと危機感を覚えたからです。

 すると、残った安倍内閣支持の「世論の70%」は、すべからくパッパラパーの自由民主主義者ということになってしまいます。
 さすれば、内閣は、どうしても70%のパッパラパーに寄り添った形での政策しか打てなくなるではありませんか。

 それで、代わりがいるのであれば良いかもしれませんが、「既存の政治権力」というのは、「既存」でなければならないが故に、決して代わりがいないのですよ。


(了)


関連記事
スポンサーサイト

Category: 経済

Thread: 政治・経済・社会問題なんでも

Janre: 政治・経済

tb 0 : cm 2   

コメント

No title

安倍が何を考えているかわからないのであれば実際目に見える行動で判断しなさい
「長く続いていた既存の政治権力」というのはそれだけで気をつけて監視しなければならない
実際にTPP反対を掲げている党があるのに、推進している既存の勢力にNOを突きつけないとは何事か
理論が破綻している

名無しの日本人 #- | URL | 2013/06/22 05:06 [edit]

Re: No title

名無しの日本人様、コメントありがとうございます。



>安倍が何を考えているかわからないのであれば実際目に見える行動で判断しなさい

 ご指導はありがたいのですが、目に見える行動なんてものは現実のごく一部のはずですから、そんなもので無理矢理判断したくはないです。
 俺は頭悪いですけど、少なくとも、分からないということは知っているので。



>「長く続いていた既存の政治権力」というのはそれだけで気をつけて監視しなければならない

 俺は、平民の一人一人に、「長く続いてきた既存の政治権力を監視する権利」なんて、あって良いはずがないと考えます。
 どこかの国の憲法に「国民一人一人にはそういった権利がある」というような事が書かれていますが、それはその憲法が非常識なだけです。



>実際にTPP反対を掲げている党があるのに、推進している既存の勢力にNOを突きつけないとは何事か

 それはまさか、「国民の一人一人が『政策』で政党を選ぶべき」という前提に立っておっしゃられているのでしょうか。だとすれば、これ以上に浅はかな考えはありません。
 国民の一人一人が政策によって政党を選んでいって、議会で決を取って……として、マトモな政治が行われるはずなどないじゃないですか。何故なら、それだと国民一人一人の政策的意見が、直接中央政治に反映されてしまうという、げに恐ろしい事になってしまうからです。

 基本的に、政党は、個々が所属する小集団の既得権益を代表する為にあるものです。だからこそ、議会の間接性が担保されているのですから。まあ、百歩譲れば『理念』で選ぶ事くらい許されるのかもしれませんが、国民が具体的な政策で政党の支持不支持を決めるなど、あってはなりません。

 また、常識的に考えて、『TPPに反対する政党』と申しましても、政治はTPPだけやっているわけではありませんでしょう。
 そして、政策的項目を、個人の思考で全て網羅して考えるなどということはできないし、また、個人にとって全ての政策にの考えに合致する政党なんてものも絶対に存在し得ないのですよ。

 その前提に立てば、政策論は政策論として別個に述べるべきであって、それを政権選択の根拠などにして良いはずはないですね。
 ましてや、その政策論を、いちいち「既存の政治権力そのものへの批判」へ繋げる権利など、イチ平民の俺にあるワケがないです。そういった権利を「ある」としているのもまた日本国憲法ですが、これもまた憲法の方が非常識だという話に過ぎません。



>理論が破綻している

 そのようにお感じなさったのであれば、それは俺の筆力がまだ未熟だということですので、鋭意努力して参ります。



 最後にもう一つ。もし、名無しの日本人様が、皇室に縁がおありだとか、権威あるお家の出であるとか、そういった事でなく、単なるイチ平民であるのなら、現総理大臣を呼び捨てにするなど無礼千万かと存じます。

おーじ #- | URL | 2013/06/22 17:38 [edit]

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://shooota.blog.fc2.com/tb.php/73-ee9aeccd
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)