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日本が日本であるために

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新自由主義を批判する、二種類の態度 

 俺は、いわゆる『新自由主義』を批判的に見る態度には、二種類あると考えています。

 一つは、「新自由主義では、国力が上がっていかない」という、ケインズ的な立場からの批判。つまり、市場(民主主義)への不信用からの批判です。

 もう一つは、「労働者階級、弱者、失業者といった人々が可哀想だから」という立場からの批判。もしくは、「自分が弱者で、弱者が政府や強者へ請求をする」というような立場……つまり社会主義的な立場からの批判です。


 そして、俺は、この後者の種類の立場が、吐き気を催すほど嫌いです。
 それはもう、新自由主義を嫌いなのと同じくらいに嫌いなのです。



 よーく考えてもみてください。
 おおよそ、新自由主義も社会主義も、やっていることは「政府への請求」ではないですか?

 新自由主義は、強者が『自由』を政府へ請求している。
 社会主義は、弱者が『平等』を政府へ請求している。

 そういう輩が社会に存在することは、まあ、いたし方ないとしても、そんな連中の言うことを聞いて、国家がまともに回っていくとは思えませんね。
 それでも、世間の大多数は、大抵、新自由主義か社会主義者か、どちらかなわけです。(自由と平等のどちらも請求するDQNすら見かけます)
 みんな「政府への請求」が大好きなんですね。

 ただ、俺は、そんな『政府への請求が大好きな世間の大多数』が、大嫌いなんです。
 何故なら、その請求権の根拠は、とどのつまり「基本的人権の尊重」=「今生きている一人一人が『どうしたいか』が大切」という所から来ているが故に、論ずるに値しないモノだからです。




 新自由主義を批判的に見るのに適切な立場は、「政府への『自由』の請求」を批判的に見る立場から出発しなければおかしな事になります。

 つまり、「強者へ自由を与えていき、弱者を淘汰していく」という新自由主義的な考えが「ダメ」なのは、別に「弱者が可哀想」だからではなく、「強者へ次々と自由を与えた所で、市場(民主主義)は均衡しない」から、と捉えなければいけないと主張したいのです。


 もっと丁寧に言えば、市場なるものは、それを市場として成り立たせる『常識、偏見、先入観、ルール』といった「不自由」が前提としてあるからこそ機能するのだという指摘です。
 つまり、市場が機能しているのは、『国家』とか『政府』が、人間の個々人に「不自由を強制しているから」であり、「国家による統治の恩恵」の一つなのです。

 これは、至極当たり前の事です。
 人間の一人一人が、真に自由に、好き勝手に経済活動をして、「ヒト、モノ、金」が上手いこと均衡して回って行くだなんてファンタジーは、あり得ないでしょう?



 これは本当に重要なポイントですよ。

 何せ、「新自由主義に対して批判的である」という所だけを考えれば、共産党だってそうなのですから。

 また、逆に、この「新自由主義への批判」に関する二方面からの筋立ての違いを認識していないと、
「『左翼』である『共産主義、社会主義』に対して真逆の、『新自由主義、自由民主主義』が『右翼』である」
 というような酷い誤解が、世の中を跋扈し続けることでしょう。

 冷静に考えれば、新(ニュー)、自由(リベラル)、民主(デモクラシー)の、何処をどう考えれば保守なのか、ワケが分からないのにも関わらず、です。



(了)


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Category: 経済

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コメント

No title

すごい為になりました。

新自由主義の定義と、悪い所が良く分かりました。

国家が成長していかない新自由主義では、企業が成長していったりするとは思うのですが、結局国家間で経済戦略を取れなければボトルナックになりますもんね。

個人と集団は右足と左足のようなもので、どちらかが前に出ればどちらかが後ろに行く。コレを繰り返さないと前には進めない気がしてきました。

#- | URL | 2013/08/17 14:25 [edit]

Re: No title

> すごい為になりました。
>
> 新自由主義の定義と、悪い所が良く分かりました。
>
> 国家が成長していかない新自由主義では、企業が成長していったりするとは思うのですが、結局国家間で経済戦略を取れなければボトルナックになりますもんね。
>
> 個人と集団は右足と左足のようなもので、どちらかが前に出ればどちらかが後ろに行く。コレを繰り返さないと前には進めない気がしてきました。




 コメントありがとうございます!
 まだまだ未熟な俺の文章ですが、何らかのエッセンスをお伝え申し上げることができていたのであれば、とても嬉しいです。

 また、コメント内でおっしゃっていただいた、『企業の成長』とは何か……という所に着目した記事を書いても面白いかな、と思いました。

 そして、『 個人と集団は右足と左足のようなもの』という例えは、本当に同感です。
 集団は個人がいなければ成り立たないですが、個人も集団がなければ存在できませんからね。
 本来、そういった個人と集団の歩みを束ねていたのは、個人も集団も引き継いできたはずの歴史的な共通認識みたいなもののはずなので、経済も「未来に向かって理想的な絵を描けば良い」という進歩主義的な指向に陥ってはならないはずなんだと思います。

後藤真(おーじ) #- | URL | 2013/08/17 22:53 [edit]

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