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日本が日本であるために

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投票率は低くて良い~参議院選挙に向けて 

 参議院議員選挙直前なので、今日は、「投票率は低くて良い」ということを訴えたいと思います。


 往々にして、政治に興味にある人ほど、「投票へ行きましょう」と声を上げますね。なんとなく、みんなが投票する方が正しいような気がするのでしょうが、ここで少し立ち止まって考えてもらいたいのです。

 すると、「とにかく多くの人が投票に行く方が良い」という発想の下には、「より多くの人数による多数決の方が正しいはずだ」という前提があるのだということに気づくはずです。
 しかし、実は、この「より多くの人数による多数決の方が正しいはずだ」という前提は、何の根拠もない空理空論ですよね。
 この空論の事を、左翼用語で『民主主義』と言います。

 つまり、「投票率は高くなければならない」という発想は、そういった『民主主義』を、無意識に採用した上で生じている考えなのです。
 こういった無意識に社会的に組み込まれてしまった左翼思想を、俺は『無意識的左翼』と呼びたいと思っています。

 いや、「私は民主主義者なので、その点は左翼なのだ」と『意識』しているのならば、まだ良いのです。(そういう人と、俺はあまり友達にはなれそうにありませんが)
 ただ、本当に病理的に問題なのは、民主主義という左翼思想が、「全体として、ぼんやりと、無意識に採用されてしまっている」という所にあります。
 だって、それは無意識ですから、懐疑することすら中々難しいでしょう? 懐疑されない民主主義ほど、劣悪で恐ろしいものはありません。
 それに、無意識であるが故に、保守を自称する人ですら、どうにもこうにも抜き難い左翼思想とも言えるのです。



 さらに、「いや、私は、何も単純に投票率が上がれば良いと思っているわけではなくて、国民たるもの、自分たちの国の政治に関心を持った上で、より正しい投票行動を行うべきである、と言いたいのだ!」というような声が聞こえて来そうな気がしますが、それこそ空理空論というもの。
 というか、国民の大多数が政治に関心を持ち、鼻息荒くしている国なんて、気持ちが悪くて御免ですよ。

 おおよその庶民というものは、自分自身と、家族や勤め先、地域、学校、といったレベルの事しか考えられないし、それで良いのです。だって、国家や政治はとてもとても複雑ですので、そういったことを判断の付くまで勉強しようとすると、とてもじゃないけど普段の生活ができなくなってしまうでしょう? それじゃあ本末転倒です。

 ですから、そもそも、庶民の強く意識する、『狭い単位の小集団』の『既得権益』を守るために、それぞれが中央へ代表を送り込む、というのが議会という所なのです。国会とは、日本代表選抜ではなく、各県の代表が集まる全国大会なんですね。

 つまり、「自分の所属する小団体の既得権益を守るために投票をする」というのが、そもそもの正しい投票行動であって、仮に「自分の属性の既得権益を代表してくれる議員や政党が無い」というのであれば、基本的に投票などしなくて良いのです。
 というか、「自分の属性の既得権益を代表してくれる議員や政党が無い」からと言って、わけもわからず何となく投票なんてされたら迷惑もいいところです。
 だって、わけもわからず投票する、というのが一人だったら良いですが、それが例えば千万票集まれば、千万票分のわけのわからない票の力が、国政を振り回すわけです。ほら、すげえ迷惑でしょう?
 選挙はオリンピックではないので、参加することに意義があるって話にはならないんですね。



 また、「国政選挙というものを通して、国民の多数が、『長い間続いてきた既存の政治権力機構』に対して、信任、不信任を選択する」などということは、あってはならないことです。
 ここで言う『長い間続いた既存の政治機構』とは、自民党と官僚の事ですよ。

 このブログでは、度々「今を生きる国民の『多数』に、長い間続いた既存の政治権力機構への不信任を叩きつけて引きずり降ろす権利など、与えて良いはずがない」ということを述べてきました。
 しかし、今日は逆に「国民の大多数が、長い間続いた既存の政治権力へ『信任』を与える恐ろしさ」についても述べたいと思います。

 簡単な話です。国政選挙での結果は、長い間続いた既存の政治権力機構(自民党)の中でも、そのトップ、内閣の立場のあり方に強い影響を与えます。
 具体的に言うなれば、もし、すごい高投票率で大多数が強力に現在の安倍内閣に信任を与えたとすれば、内閣と党の力関係において、(国民の支持を背景として)内閣が優勢になりすぎる事が予想されます。

 すると内閣は、党での議論よりも、国民の大多数の意見の方へ迎合しなければならないといった政治力学が働きますね。
 これは、実を言うと、長い間続いた既存の政治権力機構が結果的に制限されてしまうことになってます。
 つまり、トップ(内閣)と大衆の世論は結びつきやすく、その一方で、「既得権益を代表し、地味で、古くさく、閉鎖的な自民党内での調整」(既存の政治権力機構)の働きが弱まってしまう可能性があると指摘したいわけです。

 勿論、国民の一人一人の意見が直接的に反映された大衆世論なんてものが正しいことなど、ほぼありえません。
 本来は、既得権益を介した間接的な議論の方ーーつまり自民党内での議論の方を、内閣は重んじるべきなんですね。



 俺は、今回の参議院議員選挙も、長く続いた政治権力機構である自民党を支持します。自民党の単独過半数を願ってもいます。
 しかし、出来ることならそれは、灼熱のような世論の支持ではなく、地味で淡々として冷ややかな勝利であって欲しいと思います。

 わかりやすく言えば、「低投票率での自民党圧勝」、これが理想的展開だと考えるのです。



(了)



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