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日本が日本であるために

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消費増税反対論に潜む醜悪な態度 

 今回のテーマは消費税の増税に関してです。
 昨今、世論では「消費税の増税への反対」が錦の御旗のように掲げられ、いたる所で反対の声があがっていますね。
 かく言う俺も、「来年からの消費増税」には慎重になるべきだとは思います。
 しかし、もう一方で、「消費税の増税そのもの」には大賛成であると、声を大にして申しあげたい。


 そもそも、税の議論には、二方向の視点が必要だと考えています。


 まず、世間でよく言われている「タイミングの問題」です。つまり、『デフレ状態』での増税は、消費を滞らせ、需要を縮小させて、逆に税収を下げてしまう――という議論です。ただ、この『デフレ』の問題は、長くとも三年から五年の短期的な話ですね。(というか、短期的な問題にしなければなりません)


 もう一方で、税を考える時には、『政府の適正規模』という長期的な話題もあわせて考えなければなりません。
 つまり、民なるものの経済のパイに対して、政府が強制的に徴収すべき税の『割合』の話題です。
 なんと言っても、『税』本来の役割は、「インフレ、デフレの調整弁」などではなく、「適正な規模の政府を保ための財源を、民から強制的に徴収し、割り当てる事」なのですから。当然、本来的には、「国家全体からどの程度の『割合』、政府へ割り当てられるのが適正か」という議論が欠かせないはずですね。


 つまり、今、同じく『消費増税反対』と叫ぶ者の中でも、「短期的な状況として反対だが、国家の長期的方向性として消費税は上げるべきである」とするか、「短期的な状況として反対だし、方向性として消費税は上げるべきではない」とするかの、二種類存在するはずなのです。


 そして、長期的な方向性としての税をどうするか、つまり、「政府の適正規模は、現状よりも大きくすべきか、小さくすべきか」の考えを詳らかにせず、単に「デフレ下での増税はむしろ減収を招く」という事のみを述べるのは、議論を混乱させる元だと考えます。
 何故なら、「デフレ下での増税はむしろ減収を招く」という
技術論だけが横行すると、ただ単純に「自分が物を買う時に消費税が上がってると嫌だ」と考えているだけの世間の多くの人間が、さも「何か全体に考えを及ばせている」というポーズを取りつつ見当違いの消費税反対論を物知り顔で叫びのたまうことができてしまうからです。

 俺は、こういう『少し知識を付けて声を荒げる一般市民』みたいな連中が森羅万象において最も嫌いです。醜くて、おぞましくて、吐き気がします。
 いや、正直に「自分が物を買う時に消費税が上がってると嫌だ」と言って反対しているのなら、何も文句はないのですよ。ただ、単なる「増税がイヤだ」という気持ちを、いかにも全体の事を考えている風体を装い、部分的な理屈だけををツギハギする態度が低劣で汚らしくてしょうがなく見えるのです。


 例えば、「デフレ下での増税はむしろ減収を招く」ので「消費増税には反対だ」ーーと、こうやるわけでしょう?
 だけど、これって、一つ掘り下げて考えるとおかしいわけです。
 だって、この「デフレ下での増税はむしろ税収減を招く」という論法は、どこまで行っても、「消費税を『今』上げること」に反対する根拠にしかならないわけです。
 デフレが永遠に続くという前提である場合以外、『デフレ』は「消費税の増税そのもの」を恒常的に反対する根拠には絶対に成り得ません。
(これから先、ずうっとデフレを解消する意志が無いのなら別ですけれど)


 また、「消費税を『今』上げることに反対する論理」を聞いたら、「じゃあ、デフレ状態でなくなった時は、消費税をどうすべきなのか」と、脳味噌のある人間は気になるはずですよね。
 しかし、コメンテータとか評論家達は、これへの言及を避けるわけです。
 何故なら、デフレを根拠にできる『短期的な話題』に終始しておけば、世の中の「とにかく増税とか嫌だしムカつく」という心理に迎合できるからです。しかも、そういう心理を表層に出さずにいられて、何か大儀名分がたっているかのような理屈ですので、大衆にとってはすこぶる都合が良い。
 また、『政府の規模』という長期的な話に及ぶとなると、インフレ、デフレの根拠を持ち出すことは論理的に不可能になりますから、言及を控えている傾向にあるような気もします。



 勿論、「長期的にはみんな死ぬ」というのは真理ですから、短期的な『物価』『タイミング』といった話題は重要視すべきです。
 しかし、だからと言って、長期的な方向性の何もない所で、短期的な話題にのみ終始していたら、その「短期的な話題」自体にも意味がなくなってしまいますよ。或いは、短期的な論理を、本来長期的な話題であろうはずの所へも適用しだす輩が増えてしまうでしょう。

 つまり、まず「政府の適正規模に鑑みて、税そのものをどうすべきか」という長期的方向性の議論があり、その上で技術論としての短期的な「税と物価動向の話題」でなければ、何が何やら分からなくなってしまうのです。
 だって、「政府の適正規模を論じ、増税か、維持か、減税かの方向性を定める」事なしに『タイミング』は計りようがないでしょう? タイミングを取る技術の方が先にあっても、一体何のタイミングを計れば良いのか分からないではどうしようもないじゃあないですか。



 俺は、「現在の日本政府の規模は民間の領域に比較して小さすぎになっている」ので、「せめて六、七十年代の頃の政府の大きさに戻すべきだ」と考えています。故に、政府が増税を強制して、国民負担率を上げ、民の領域に偏った力の配分を政府の領域に適正な分割り振り、バランスを取るべきだ、と思っているのです。

 ですから、俺は、消費増税そのものには大、大、大賛成です!

 しかし、短期的な技術論として、デフレ状態での増税は、タイミングが悪いと考えるので、『今』の増税には慎重になるべきだと考えるわけです。



 勿論、この俺の考えが絶対に正しいとは言いませんが、せめて、政府の適正規模に議論を及ばせて、消費増税そのものに賛成か反対かの方向性を示した後に、短期的な技術論を論じるべきです。

 例えば、「そもそも消費税の増税そのものに反対」という考えならば、別にそれでも良いのですよ。ですが、「消費増税そのものへの反対」の根拠を「デフレだから」とするのは、あまりに卑怯なゴマカしじゃあないですか?

 繰り返しますが、「デフレだから」は、「今現時点での増税の断行」を否定する根拠にしかなっていないのです。

 「消費増税そのものに反対」の者は、誤魔化さず、きちんとそれなりの根拠を正直に示すべきです。
 まあ、消費増税そのものに反対する人々の思考の筋立ては、色々と想像ができますよ。「政府が嫌いだから、小さな政府にしたい」とか、「累進性に欠くのが気にくわない」とか、「単に税金が上がるのが嫌だ」とか。
 そういった事を正直に提示しているのなら、まあ、意見としてはあって良いんじゃないんですかね。賛成はしませんけど。
 しかし、意識的にか無意識的にか知りませんが、そういった心底を露わにせず、「デフレだから、消費増税そのものに反対」と、筋立てをスリ替える大衆の偽善はマジで許しがたいです。



 まあ、俺がムカつくというだけなら別に良いんですが、「デフレだから消費増税にそのものに反対」というワケの分からん論法をもって、軽々に政府を批判する輩共がいますよね。

 最も近い話で具体的に言えば、麻生財務相がG20にて「消費増税は国際公約」と発言した事に対する過剰な批判。
 確かに、「消費税の増税」が、国内で決定していない内にこの発言があったのなら、「国家の主権を国際社会に放棄する行為だ」との批判はあって然るべきでしょう。しかし、ご存じだとは思いますが、「消費税の増税」は『既に国内の法律で決定されている事項』なのですよ?誤解して欲しくないのですが、いわゆる『附則18条』は、消費増税を止める可能性を示唆した条項じゃないですからね。景気の動向によって、「消費増税の時期を延期する条項」なのですよ。つまり、「将来、消費税が上がること自体」は、もう決定している事なのです。

 それで何故、大臣が、議会の議決の通った、もう法律で決まっている『消費税の増税』に肯定的じゃあいけないんですか?
 デフレだから?
 何もデフレのうちに上げるなどとは仰っていないじゃあないですか。ただ、「消費税の増税」そのものを肯定しているだけでしょう?しかも、もう法律で決まっている事を仰っているだけなんですよ。

 いや、これも別に、「消費増税そのもの」に反対する観点を示して批判するならまだ筋立てとして理解はできるのですが、ここでも「デフレだから」という論法で大臣を批判しにかかるのは、正直ワケが分かりません。
 もし、麻生財務相が、消費増税に関して「附則を適用せず」といった旨の発言を行っていたのなら、「デフレだから論法」での批判は成り立ちますよ?しかし、全然そうではないじゃないですか。


 一般大衆が「税金が上がるのが嫌、ムカつく」と思うことについては別に批判しません。が、ゴチャゴチャな理屈で自分を正当化するのは、マジでみっともないから止めて欲しいです。正直に、「税金が上がるのが嫌だから、ムカつくから」と言えば良いんですよ。
 或いは、そう思っている人間の大多数の心理に迎合している者は、自分が大衆迎合をやっていると少なくとも意識して欲しいものです。



(了)



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また、いつもご覧くださっている方、ご支援くださる方には、重ねて御礼申し上げます。
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Category: 経済

Thread: 政治・経済・社会問題なんでも

Janre: 政治・経済

tb 0 : cm 6   

コメント

1960年代、70年代は、政府規模はもっと小さかったですね。財務省のサイトで国民負担率の推移をみてください。当時は25パーセント程度です。今は40パーセント程度。
 政府の肥大化が民間活力の低下した生んでいます。かつての日本はもっと民間が自立しており、政府への依存が小さく、それゆえ活力がありました。
増税なき財政再建を目指すべきです。
 

トミー #tRtGEt2Y | URL | 2013/08/12 06:59 [edit]

低下した生んでいます→低下を生んでいます

失礼しました

トミー #/5lgbLzc | URL | 2013/08/12 09:31 [edit]

Re: タイトルなし

トミー様、コメントありがとうございます。

頂いたコメントへの返答は、こちらにまとめて記事にいたしましたので、よろしくお願い致します。
『トミー様よりいただいた一連のコメントに対する返答』http://shooota.blog.fc2.com/blog-entry-93.html

後藤真(おーじ) #- | URL | 2013/08/13 23:43 [edit]

Re: タイトルなし

トミー様、コメントありがとうございます。

頂いたコメントへの返答は、こちらにまとめて記事にいたしましたので、よろしくお願い致します。
『トミー様よりいただいた一連のコメントに対する返答』http://shooota.blog.fc2.com/blog-entry-93.html

後藤真(おーじ) #- | URL | 2013/08/13 23:44 [edit]

No title

 私は短期でも長期でも消費税UPは反対です。確かに直間比率の見直し・高齢化社会・社会福祉の財源という意味では決して反対ではありません。問題は益税・逆進性の不是正、大企業の特例・輸入業者の特例・国庫に正しく税金が入らない。これらを政治家は直そうとしない。それを取り巻く周りの有識者もこのことには知らん振り。だからいくら消費税UPしても税収は増えません。だから私は消費税UPに賛成できません。

宮崎人 #FTmPcKe. | URL | 2013/09/01 17:15 [edit]

Re: No title

 宮崎人様、コメントありがとうございます。

 つまり、宮崎様は、「年金社会保障の直間比率を見直し、その財源の確保の為の増税自体が必要なのは認める」けれど、「消費税は累進性が乏しい」ので、「もっと累進性の強い税のあり方を考えろ」とおっしゃっているのでしょう。

 良い意見だと思いますよ。
 俺は賛成しませんが、世の人が皆そうやって正直に意見を述べれば少なくとも議論にはなるというものです。

 俺がこの記事で最も問題にしているのは、「デフレだから」という短期的な技術論を隠れ蓑にして、長期的な意見を押し隠す態度です。
 つまり、そもそも長期的に消費税に反対な人間が、「デフレだから論」を持ち出すのは卑怯だし、その人間の本当の所の意見が示されていないが故に議論にすらならなくなるだろうーーと言いたかったのです。



 さて、せっかく良い意見をいただきましたので、その上で、「長期的には消費増税に大賛成」という俺の意見を重ねて申し上げ、反論していきたいと思います。(消費増税自体は既に法律で決まっていますから、政府の擁護ということになります)

 まず、少子高齢化による年金社会保障費の確保に対する問題意識は宮崎人様とほぼ同じでございます。
 ただ、俺は、それを「累進性の高い形で行う必要はない」と考えているのです。
 何故なら、年金を含め、社会保障というものは、別に「弱い人が可哀想だから」といって存在するものではないからです。

 そもそも、社会保障とは、「ある『弱い者』を放置しておくことは国家の歴史的な常識から鑑みて非常識である」とする先入見が、国民の間で共有されているからこそ必要になるのです。
 政府は、その歴史的な常識に基づいて弱い者に保障を与えるわけですが、それはあくまで「歴史的な先入見に基づき、国家を長期的に安定させるため」であって、「弱い人の一人一人の権利の水準を平らかに確保するため」であってはなりません。

 具体的に上げれば、「歳をとる」のは、途中で死なないかぎり国民全員です。この場合、大勢の国民が「明日は我が身」なのであって、年金制度の未充足が国家を不安定にするであろう事は容易に推測できます。健康保険、医療制度などもそうですね。

 対して、「累進性の確保」というのは、「再分配」の話であって、社会保障の話とは切り離して行われるべき問題です。

 再分配というのは、「金持ちと貧乏人の差が、あまりに広がっては国家が安定しない」から行われるものです。
 ですので勿論、ある程度の再分配は政府によって行われるべきだとは思います。しかし、金持ちと貧乏人の格差というのは、国家、社会にとってある程度必要なものでもあります。
 累進性の強い弱いというのは、そのさじ加減なわけです。

 結論を申しますと、「年金社会保障の案配」と「再分配の案配」は、別の軸で話されるべき問題だ、という事です。
 すると、「金持ち貧乏人を問わず税を徴収して、年寄りの生活を保障する」という事が必要な場面も当然出てきます。

 俺は、所得税、法人税も増やして、現状弱くなっている政府の権限(特に軍隊と官僚機構)を強めるべきだと思いますので、累進性はそちらで案配をつければよいと思います。
 対して、年金、医療に関しては、どのような階層にも適応されるべき『保険』なのですから、金持ち、中流、貧乏人からも広く徴収できる消費税をもって成すのが、道義的に見ても適切であろう……というように考えるわけです。

後藤真(おーじ) #- | URL | 2013/09/02 22:27 [edit]

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