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日本が日本であるために

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アベノミクスにおける二つの流れと、麻生太郎の重要さ(前編) 

 今回は、安倍内閣の中で、麻生太郎大臣が重要な位置を占めている事についての、国家的な意義を論じたいと思います。

 勿論、それは様々な角度から論じる事が可能です。
 例えば、近頃論じてきたように、麻生大臣は「直接的な民主主義への懐疑」を常に持っている政治家です。これだけでも十分に希有な政治家と評して然るべきでしょう。また、元総理ということもあって、外交的にも顔が売れていますね。


 しかし、今回は、少し経済の話題に絞ってお話したいと思います。
 もっと言えば、「アベノミクスが、二つの流れの経済思想において別々に組み立てられている現状」において、麻生太郎という政治家が内閣の重要な位置にあるということは、歴史的な意義がある、という事を主張したいのです。




 さて、このブログでは、アベノミクスという言葉が出始めた頃から何度も、「アベノミクスは、二つの方向性の流れで、全く別の組み立てがされている」という事を申してきました。
 それは、ある種当然起こりうる話で、『アベノミクスの三本の矢』(金融政策、財政政策、経済成長戦略)とは言いますが、その三本をどのように「束ね、筋立てるか」というのはそれぞれが持つ『経済思想』によって方向性が変わってくるわけです。


 当初、俺はそれを、『リフレ派』と『ケインズ派』といったように名づけ分類し、論じました。
 参考過去記事:『アベノミクスとリフレとケインズ



 ただ、衆院選によってグチャグチャに纏まっていた去年の暮れと比較して、昨今の「経済思想の対立」はより鮮明化しているように思えます。特に、三本目の矢『経済成長戦略』においては、明確に正反対の立場で対立しているのです。
 ですので、名称を以下のように分かり易くしてみました。


①『リフレ、規制緩和派』
②『ケインズ、産業政策派』

(我ながら、シンプルで歯に衣着せぬネーミングだと思いますww)


 というわけで、まずは、そのアベノミクスにおける二つの流れを解説したいのですが……その前に一つ。

 世の中の『経済における考え方』を見るときには、経済において「民間の領域を大きくしていくべきとする」か、「政府の領域を大きくしていくべきとする」かの、どちらにより『思い入れ』があるかという根本の感情を見ようとする態度が必要になります。

 そもそも、経済とは決して人間が「科学で解明できるもの」ではありません。これから先どんな大天才が現れたとしても永遠に解明できない、と断言しても良いです。(もし解明できたら、戦争はなくなりますけど)
 ですので、あたかも科学であるかようなのふりをしている『経済学』とうようなものも、実は学者や評論家の感情的な思い入れの方が先にあって、その感情に基づいて「仮定を組み立て、現実の一部から数値を選んで、モデリングをし、数式を作り、グラフ化する」という事をしているに過ぎないのです。
 その感情の根本にあるのが、「政府と民間」という対立軸です。
 つまり、「経済において、どこからどこまでが政府の領域であるべきで、どこからどこまでが民間の領域であるべきか」という見解の感情がどうであるか、という所が経済思想を見極める肝なのです。


 ものすごく乱暴に言うと、①『リフレ、規制緩和派』は、「どちらかというと、民間市場の領域をなるべく広げるために、政府が経済に介入する領域は制限すべきだ」という感情に強いです。

 対して、②『ケインズ、産業政策派』は、「どちらかというと、政府は経済に介入していくべきだと考え、民間市場の領域はそこそこ制限されるべきだ」という感情に強いです。


 では、そういった『リフレ、規制緩和派』と『ケインズ、産業政策派』は、それぞれどのような筋でアベノミクスを方向づけているのかをそれぞれに示してみます。




①『リフレ、規制緩和派』

 リフレというのは、主に第一の矢である『金融の緩和』をもって、デフレ状態を解消しようとする姿勢のことを言います。
 昨今言われているリフレ的な『金融緩和』の筋とは、「日本銀行が円をたくさん刷って、一般の銀行から国債を買い取って、金融市場に出まわる円の量を増やす」という『日銀の買いオペレーション』の事ですね。
 つまり、「物やサービスの量に対して、円の量が増える」と「相対的に量が多くなった円の価値が下がるはず」で、よって「デフレが解消される」と、いった筋なのです。

 ここに、リフレ派の特徴があるのですが、彼らにとって『デフレ』とは、あくまで「日銀が円を刷る量が足らなかったから引き起こったもの」であるらしいのです。

 なので、通常、『リフレ、規制緩和派』は、第二の矢である『財政政策』を、重要視しません。たとえ、アベノミクスに賛成の意を示していても、第二の矢には言及しないか、「少しで良い」という立場を取ります。

 何故なら、彼らは、「需要と供給の不均衡」は、通貨の量さえ正常なら、市場にいる民が合理的な判断をして解消されるはずだ――と、『民間市場』なるものを強く信用しているからです。
 『財政政策=財政の出動』とは、「市場における供給の過多を、政府の支出をもって修正する」ということですから、彼らからすると民間市場の機能を疑われた気がして、好ましくないんですね。

 さて、アベノミクスの第一の矢と第二の矢は、主にデフレの解消という短期的な課題をクリアする上で話題に上げられるものですが、第三の矢は『経済成長戦略』ですので、もう少し長いスパンを睨んだ話題でもあります。
 すると、短期的問題を睨んだ場合の筋には、あまり目立たなかった「民間市場への信頼、政府への不信用」という彼らの根本感情が、この第三の矢では赤裸々になります。

 それが、『経済成長戦略』=『規制緩和』という解釈です。

 つまり、政府が、民間に対して敷いている『規制』をどんどん取り払って、「民間市場の自由の領域」を増やせば、そこで切磋琢磨が行われて、イノベーションや新しいビジネスアイディアが生まれて、経済が成長していくはずだーーという理屈です。

 デフレという短期的な話題で『リフレ』という態度を取っていた者が、こうした『経済成長戦略』=『規制緩和』という立場を取るのは、ある意味当然ですよ。
 何故なら、リフレの論理には、そもそも「市場機能への強い信用」があるので、『経済を成長させる為の戦略』と聞けば、イコール「民間市場をより自由にする事」を思い浮かべる……という風に、頭の構造がなっているからです。

 まとめると、①『リフレ、規制緩和派』は、

・第一の矢『金融緩和』に大賛成
・第二の矢『財政出動』に消極的、或いは否定的
・第三の矢『経済成長戦略』は「規制を緩和して、民間市場を自由にすること」だと解釈




②『ケインズ、産業政策派』

 ケインズの論理は、「そもそも、民間市場は失敗をする事もある」という前提に立っています。
 つまり、彼らにとって、デフレにおける「需要と供給のギャップ」は、「民間市場の失敗」と捉えるべきなので、第二の矢『財政出動』をもって、足りない需要分を政府が強制的に補填する必要があると、まず考えます。

 また、その財源はいかにするかと言えば、建設国債を刷ります。別に、現状、日本において国債が累積すること自体問題ではないのですが、せっかくですので政府が刷った国債を買った民間銀行から、日銀が国債を買い取ります(第二の矢、金融政策)。
 つまり、ケインズ派は、日銀が刷ったお金を政府が使って、ゼネコン等へ直接需要と資金を注入するーーという筋で、第一の矢と第二の矢が束ねられているのです。

 リフレ派と比べると、経済における政府の介入すべき領域が大きいのはお分かりでしょうか。
 つまり、このケインズ派の筋には「民間市場への懐疑と、政府の経済への介入の肯定」があるのです。

 また、このデフレという短期的な話題に対する態度が、第三の矢『経済成長戦略』という長期的なスパンを睨んだ話題となると、より赤裸々になります。

 それが、『経済成長戦略』=『産業政策』という解釈です。

 産業政策とは、つまり、主に経産省による、国家の重要産業や新興産業への支援と指導です。
 彼らからすると、「市場原理とは何かしらの方向性や基準も無しに、全く自由に放っておいて機能するものではない」から、「政府が、国家の重要産業を指導したり、研究、開発に公的に投資したりして、それなりの方向性を示す事」によって、民間の投資家も基準を得て、長期的方向性を睨み、身動きが取れ、産業が派生して、経済が成長していくはずだーーという話です。
(例ーー明治の殖産興業、戦後の傾斜生産方式、高度成長期の通産省)

 デフレという短期的な話題で『ケインズ』という態度を取っていた者が、こうした『経済成長戦略』=『産業政策』という立場を取るのは、ある意味当然です。
 何故なら、ケインズの論理には、そもそも「市場機能への懐疑」があるので、『経済を成長させる為の戦略』と聞けば、イコール「政府による、民間市場への方向付け」を思い浮かべる……という風に、頭の構造がなっているからです。

 まとめると、②『ケインズ、産業政策派』は、

・第一の矢『金融緩和』に賛成
・第二の矢『財政出動』に大賛成
・第三の矢『経済成長戦略』は「政府が、成長の方向性を指し示す戦略」だと解釈





 ……そういうわけで、「アベノミクスの三本の矢をどう束ねるか」という所で分かれている二つの流れを提示してみました。

 正直に言いますと、俺はどちらかと言えば『ケインズ、産業政策派』の方を支持します。

 短期的なデフレというものに対する態度は以前から書いてきたとおりですし、また、『リフレ、規制緩和派』の言うような、「民間市場を自由にしていけば、そこで切磋琢磨が行われて、イノベーションや新しいビジネスアイディアが生まれて、経済が成長していくはずだ」という話は、ちょっとガキくさすぎて理解ができません。
 
 そもそも『自由』というのは、『適正な不自由』があるからこそ成り立つのであって、規制や指針の無い自由の下では、「新たな産業への投資」など起こりようもありません。そういった過度な自由の下で起きる投資とは「単に生産効率を上げるモノ」だったり、ブーム的で流行廃れの激しいTwitterのような持続可能性の低いもの、或いは、ごくごく短期的な金融への投機くらいでしょう。

 別に、それで国力があがるのだったら良いのですが、小泉政権下において「規制緩和、構造改革、無駄を削って小さな政府、民間の自由(プラス金融緩和)」という方向性が、何一つ経済を好転させたり国力を上げたりしなかったことは、つい最近起こった事でしょう?
 逆に、「改革の炎は絶やさない!」とおっしゃりつつ、実体はそういった方向性の手を弛めていた第一次安倍内閣においての方が、名目GDPが上がっていたりするわけです。
 
 まあ、俺の意見(オピニオン)がどうとか、そんなことは取るに足らない小鳥の囀りのようなものなのですが、少なくとも、大衆化した社会での不況というのは、どうしても「めちゃくちゃ政府に依存しすぎて社会主義化」したり、「めちゃくちゃ政府から権限をとりあげて過度に自由化」してしまったり、そういった極端な経済思想が流行るものだ、ということは理解すべきです。 
 
 
 例えば、フランス革命前夜に、財務長官ネッケルという男がいました。彼は、パリ市民から圧倒的な支持を得ていたのですが、その手法は、やはり「貴族や公的な立場にある『政府』というものの規模や権限を制限していく」というものでした。つまり、「政府のムダを排除」して、「財政を切り詰め」たり、「貴族の既得権益を排除」して「民に開放」したりといったような政策です。
 
 しかし、当然ながらそんな政策で経済が好転するはずなどなく、経済の縮小によって税収が下がり、財政問題ですらより悪くしてしまったのです。
 ルイ16世は、賢い君主でしたので、さすがにネッケルを罷免したのですが、パリ市民はこの期に及んでネッケルを支持していたので、一部が暴徒化します。これがバスティーユ牢獄の襲撃ですね。(ちなみに、勘違いしてもらったら困るのですけど、バスティーユ牢獄にはただの一人の政治犯も収容されていなかったのですからね。このとき開放されたのは、一般の犯罪者と精神病患者の四名のみだったと言われています。)
 
 
 現在の日本の経済状況と、当時のフランスの経済状況は違いますので、ひと括りにできませんが、今の世論が雰囲気的に求めるものは、当時のパリ市民と物凄く似通っていませんか?
 つまり、「政府や公から権限を取り上げ」て、「民に開放する」ことを求めるんです。そうなると、なんとなく経済状況が良くなるような気がするんですね。しかし、そうはならないんですよ。 
  
 いつの時代だって、経済に普遍的な解答なんてないんです。「政府に過剰に権限を与える事」も、「政府から過剰に権限を取り上げる事」も、経済の持続的発展や国力の増進にしさないんですね。
 
 
 
 
 アベノミクスに話を戻しますが、現在、安倍内閣では『リフレ、規制緩和派』が主流を占めてしまったように見受けられます。
 
 これは、別に、安倍内閣の中にある閣僚自体がどうこうというのではなく、むしろ周辺の経済学者や知識人といった者達の影響が強いと考えます。何故なら、通常の政治家は『経済思想』を持つほどに、経済なるものへ強い思い入れを持たないからです。
 
 そして、経済学者や知識人は、何に基づいて理屈を吐くかと言えば、直接的な世論の雰囲気に迎合するのが常です。何故かと言えば、学者や知識人は、世の中からチヤホヤされたいと考えるし、多くの人から本を買ってもらわなければならないからです。
 
 こういった状態の中、安倍内閣の中でほとんど孤軍奮闘の体で、『ケインズ、産業政策派』の立場に立っておられる「経済にとても思い入れの強い重要閣僚」が一人います。
 
 それが、麻生太郎大臣です。 
 麻生大臣は、まごうことなく『ケインズ、産業政策派』なのです。

 
 
※次回、『アベノミクスにおける二つの流れと、麻生太郎の重要さ(後編)』へ続く。
 
 
 
(了)
 
 
 
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Category: 経済

Thread: 政治・経済・社会問題なんでも

Janre: 政治・経済

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コメント

私には政府が適切な産業政策を取ることができるという発想こそガキみたいでついていけません。
 なぜ、複雑な需要を政府が把握できるのか? 日々市場で売れ行きを見ながら分析している民間企業ならともかく。
 財政政策は失敗します。1990年代の公共事業が莫大な政府債務を生んだように。
私も極端に小さな政府は懐疑的です。ただ、かつては国民負担率が25パーセント程度で、それだけ民間でお金が回っていたのに、今や40パーセント程度。
(財務省サイト参照)
その上消費税増税で極端に大きな政府にするのは間違いです。日本の伝統である民間の自立、小さな政府、に立ち返るべきです。

トミー #- | URL | 2013/08/12 07:35 [edit]

Re: タイトルなし

トミー様、コメントありがとうございます。

頂いたコメントへの返答は、こちらにまとめて記事にいたしましたので、そちらをご覧ください。
『トミー様よりいただいた一連のコメントに対する返答』http://shooota.blog.fc2.com/blog-entry-93.html

後藤真(おーじ) #- | URL | 2013/08/13 23:48 [edit]

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