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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

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理論上、国境を越えた経済が均衡すれば戦争はなくなる 

 理論上、国境を越えた経済が均衡すれば戦争はなくなります。
 戦争をする意味がなくなるからです。

 しかし、国境を越えた経済が均衡する事は永遠にありません。
 よって、戦争も永遠に無くならないと断言します。


 世間では、「TPPを始めとする自由貿易協定が、世界を平和にしていく」という理屈がよく聞かれますね。
 つまり、「国と国の経済的結びつきを強固にして、互いが互い無しでは存続不可な状態まで依存し合えば、戦争を起こす事は出来なくなるはずだ」という理屈です。

 ただ、これは一見ま逆に見える、共産主義のコスモポリタニズムと酷似した思考経路ですよ。

 そもそも、戦争や軍事対立は、国家どおしの経済の不均衡で起こる場合がほとんどですね。
 すると、「人類普遍の経済的合理性」なるものがあれば、国どおしは決定的な対立を起こさずに済むーーと、こう考える奴がいつの時代にもいるんです。

 しかし、「人類普遍の経済的合理性」など、存在しません。
 よしんば存在したとしても人間には絶対に解明できません。この先、いかなる大天才が登場しようとも、永遠に不可能です。

 ですから、何らかの「人類普遍の経済的合理性」を持ち出して、「戦争がなくなっていきます」とやる輩は、100%嘘つきなのです。



 共産主義のコスモポリタニズムの理屈が間違いであることは既にお分かりかと思います。
 共産主義は、国境を取っ払った経済の生産や消費を、全て一つの政府で計画し、統制し、コントロールしていけば、全ての人類に平等に物質が行き渡るはずだーーという理屈ですね。

 しかし、共産主義における政府の役割は、政府がこなしうる領域を越えているんです。
 何故なら、そもそも「政府がどのように経済へ介入していくのが適正か」というのは、「国家の歴史的な伝統、慣習、慣例」にしたがっていたからこそ、上手くいっていたのですから。
 つまり、政府の能力は有限であり、政府の果たすべき領域も国家の伝統によって各国各様に違うものであって、ひとたび国境を越えればその平等の価値基準すら違う……から、コスモポリタニズムは間違っているんです。



 対して、自由貿易によるグローバリズムも極めて類似した間違いを犯そうとしています。

 自由貿易によるグローバリズムは、「各国政府が経済には口を挟まず、それぞれの国にいる人間が国境を越えて自由に経済活動をすれば、市場原理が働いて世界経済は均衡する」ーーという理屈です。

 しかし、グローバリズムにおける民間市場経済の役割は、市場原理がこなしうる領域を越えているんです。
 何故なら、そもそも「市場原理の機能」というのは、おおむね国民経済が「国家の歴史的な伝統、慣習、慣例」にしたがっていたからこそ上手くいっていたのですから。
 つまり、市場の能力は有限であり、市場の果たすべき領域も国家の伝統によって各国各様に違うものであって、ひとたび国境を越えればその自由の価値基準すら違う……から、グローバリズムは間違っているんです。



 政府であろうと、民間市場であろうと、経済は『国家』に基づいていなければ、適正さの根拠を失うのです。

 世の中には「国家と経済は切り離して考えるのが平和的で素晴らしい」みたいな風潮がありますが、実際の所、『経済の問題』とは、(政府と国民とを含めた)『国家の問題』と、ほぼ同一なんですね。
 また、経済を捉えるのに国家を考える必要があるなら、経済問題を軍事(パワー)と切り離して考える事など不可能であることを、認める必要があると考えます。


(了)



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Category: 経済

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Janre: 政治・経済

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コメント

行きすぎたグローバリズムは全体主義へ

ども。
仰るとおりで、地球政府が出来ない限り、そんなものは欲しいとも思わないが、完全な自由化はありえません。

TPPを理念通り推し進めれば、各国の伝統や慣習を無くしていかねばならず、また、反対勢力を排除していくことになり、全体主義まっしぐらでしょう。

そういう意味で言えば、TPPは断固反対です。

ただ、TPPは、経済に関して似た価値観同士が集まって、他の勢力と立ち向かうという観点で考えれば賛成します。

TPPは、関税で妥協しても、安全基準や仕組みとかでは絶対に妥協してはなりません。

そんな条件で締結出来るならアリだと思います。

アメリカとの二国間交渉とTPP交渉は、あんまり変わらんのだから、TPP交渉でもよいと考えます。TPP交渉で決裂したら、二国間交渉に移ればよいと考えます。

ちなみに、日中韓FTAは、絶対ありえません。TPP反対派で日中韓FTAに反対!と声を大にして言っている人をあまり見ないのは残念です。論外なのかもしれんが。

ただのぶ #- | URL | 2013/08/26 21:36 [edit]

Re: 行きすぎたグローバリズムは全体主義へ

> ども。
> 仰るとおりで、地球政府が出来ない限り、そんなものは欲しいとも思わないが、完全な自由化はありえません。
>
> TPPを理念通り推し進めれば、各国の伝統や慣習を無くしていかねばならず、また、反対勢力を排除していくことになり、全体主義まっしぐらでしょう。
>
> そういう意味で言えば、TPPは断固反対です。
>
> ただ、TPPは、経済に関して似た価値観同士が集まって、他の勢力と立ち向かうという観点で考えれば賛成します。
>
> TPPは、関税で妥協しても、安全基準や仕組みとかでは絶対に妥協してはなりません。
>
> そんな条件で締結出来るならアリだと思います。
>
> アメリカとの二国間交渉とTPP交渉は、あんまり変わらんのだから、TPP交渉でもよいと考えます。TPP交渉で決裂したら、二国間交渉に移ればよいと考えます。
>
> ちなみに、日中韓FTAは、絶対ありえません。TPP反対派で日中韓FTAに反対!と声を大にして言っている人をあまり見ないのは残念です。論外なのかもしれんが。




> ども。
> 仰るとおりで、地球政府が出来ない限り、そんなものは欲しいとも思わないが、完全な自由化はありえません。
>
> TPPを理念通り推し進めれば、各国の伝統や慣習を無くしていかねばならず、また、反対勢力を排除していくことになり、全体主義まっしぐらでしょう。
>
> そういう意味で言えば、TPPは断固反対です。
>
> ただ、TPPは、経済に関して似た価値観同士が集まって、他の勢力と立ち向かうという観点で考えれば賛成します。
>
> TPPは、関税で妥協しても、安全基準や仕組みとかでは絶対に妥協してはなりません。
>
> そんな条件で締結出来るならアリだと思います。
>
> アメリカとの二国間交渉とTPP交渉は、あんまり変わらんのだから、TPP交渉でもよいと考えます。TPP交渉で決裂したら、二国間交渉に移ればよいと考えます。
>
> ちなみに、日中韓FTAは、絶対ありえません。TPP反対派で日中韓FTAに反対!と声を大にして言っている人をあまり見ないのは残念です。論外なのかもしれんが。





ただのぶ様、毎度コメントありがとうございます!

 日中韓FTAですとかアールセップですとかは、勿論、おっしゃるように論外なのだと思います。

 現状、TPPが日本で最も推し進められていているので、どうしてもTPPの名が出てしまうのですが、俺は、TPPだけではなく、「これ以上、経済が国境を越えるのを自由にしていく事」そのものに慎重な立場なのです。
 そもそも俺には、今行っている自由貿易の水準で、何か重大に閉鎖的な所があるとは思えないからです。それは、日本市場も、アメリカ市場もです。

 ですが、もちろん、(何度も申し上げておりますが)現実には軍事力の問題があり、資源の問題がありますので、政府がTPP交渉に参加している事を非難するつもりはありません。
 この類の事では、国民は、政府への寛容の心を持つべきだと思うからです。

 ただ、基本的にそれは、「良いものとして受け入れる」といった種類のものではなく、「悪いものだが、現実の問題として受け入れざるをえない」といった種類のものであることを自覚していなければならないとは思います。
 要するに、現実の問題が故にTPP交渉に参加していても、TPPの理念そのものに肯定的であるのはよろしくないと、こう言いたいのです。

 また、TPPそのものがマズいというよりは、TPPの理念を肯定する立場を取ることによって、「他の二国間における経済外交の態度もその理念に準じなければ辻褄が合わなくなっていってしまう事」の方が、マズいのだと考えています。


 毎度TPPにつきましては多少意見が食い違いますが、いつも有益なコメントをいただきとてもありがたいです。
 どうぞ、またお越し下さいませ。

後藤真(おーじ) #- | URL | 2013/08/28 22:49 [edit]

No title

「各国政府が経済には口を挟まず、それぞれの国にいる人間が国境を越えて自由に経済活動をすれば、市場原理が働いて世界経済は均衡する」

これは通貨統合のときの理屈ではないでしょうか。域内で景気変動にばらつきが起きてしまった場合、それを放置してはおかしくなるので、人間(労働力)の移動でそれを調整する。たしかマンデルが60年代後半にそういう研究をしていたと思います。

他方、自由貿易なりグローバリズムは「国家」を前提としており、人間の移動は必ずしもその要件ではないと思います。

#- | URL | 2013/10/18 06:59 [edit]

Re: No title

その「景気変動を、国境を越えた人の移動で調整する」という理屈には、「国境を越えた市場において、相対価格が均衡する」という前提が不可欠でしょう。例えば、「製品価格と労働価格や原材料価格が、国境を越えた大きな範囲では、最終的には均衡していくはずだ」というファンタジックな筋がなければ「景気変動を人の移動で調整する」などという理屈は成り立たないですね。

そうなると、「人が国境を越えることによって、景気変動を調整しうる」という考えには、「通貨統合したってちょっと考えられないような、とても都合の良い国際市場」という非現実的な世界を前提としてしまっていることが分かるわけです。

逆に言えば、そこまで都合の良い国際市場があるのであれば、通貨をその域内で統合したって問題はなくなるじゃないですか。
だって、「景気変動を、国境を越えた人の移動で調整する」ことが可能な世界では、「国境を越えた所で相対価格がほぼ統一されている」はずなのだし、それならば為替の交換比率は至極明瞭になって固定化し、理論上、それぞれの国家が自国通貨を持つ意味もほとんどなくなるでしょう。



つまり、俺が言いたいのは「国境を越えた所で、そんなに都合の良い市場は築きようがない」ってことです。

もし、労働価格、原材料価格、あらゆる製品の価格におけるそれぞれの比率が、A国とB国でほぼ合致して適正だと思われるほどに、両国の歴史、価値観、文化、習慣、生活様式が同じなんであれば、それはそもそもA国とB国で分かれている理由がないって話なるじゃあないですか。



さらに、『国家』というものは、おおよそ人が何世代にも渡って留まるということを前提にしなければ、国家の輪郭ももあやふやになるでしょう。
また、そもそも人はそんなに簡単に国境を越えたいとは思わないはずです。

ですが、企業体や資本や証券は、簡単に国境を越えるし、それが故に国籍すらなくなっていきます。それらと、人そのものの間の感覚の乖離は、実体経済と信用市場の乖離を広げてもいるのですから、国境を越えた市場を過剰に頼りにするのは、ほとんどお花畑的な空論なのだと思います。

そもそも、国境を越えた取引をどうするかってのは核兵器の話と切って切り離せないはずなのに、そこを含めない貿易の議論に何か現実を反映したものがあると考えるのは難しいのですよ。

後藤真(おーじ) #- | URL | 2013/10/18 10:02 [edit]

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