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日本が日本であるために

時事、ニュース、政治、経済、国家論について書きます。「日本が日本である」ということを政治、経済の最上位目的と前提します。

 

     
  

名目成長率0で実質成長率が0.5でデフレだなあ……というだけのこと 

 昨日18日に、内閣府が2017年1~3月期のGDP速報値を発表しました。

「名目成長率は前期比マイナス0.0%」

「実質成長率は前期比プラス0.5%」

 だそうです。


工業



 これは直近の3ヶ月間のGDPが、前の3ヶ月に比べてどれだけ伸びたか?……ということだから、いちいち年率に換算されたりします。

 だから、

「年換算すると実質は2.2%伸びたよ」

 というふうに報道される。
 ので、ワケわからんふうになる。


・GDP実質2.2%増 1~3月年率、輸出けん引
http://mw.nikkei.com/sp/#!/article/DGXLASFS18H0G_Y7A510C1MM0000/

・GDP1─3月期年率+2 .2%、5期連続のプラス成長
https://newspicks.com/news/2250312



 ・



 それから、

「実質」成長率というのは「物価変動を加味したGDPの前期比較」

 という意味。

「名目」成長率というのは「額面どおりのGDPの前期比較」

 という意味です。



 だから、「名目成長」=「普通にお金の額面どおりの成長率」でいけば直近の三ヶ月はゼロ成長だった。

 でも、物価が下がったから、物価を勘案すれば(実質では)0.5%伸びた……ということなのです。



 つまり、「デフレ」ということ。

 事実、

「GDPデフレーターは前年同期比マイナス0.8%で3四半期連続でマイナス」

 だそうです。



 ・



 これを、

「デフレで下駄を履かせてもらっているから楽観できない」

 みたいに言う人がいますが、それはまだまだ楽観です。

 何故なら、

「デフレ」
 =
「物価が下がる状態が続くこと」
 =
「実質成長率が名目成長率を上回るのが続くこと」

 そのものが問題だからです。

 まだまだ、あたかも「名目より実質の方が重要かのごとき誤解」を大前提する振る舞いは、みんなの思想にこびりついているように見えます。



 でも、大事なのは、物価を加味しない額面どおりの『名目成長率』の方なのです。

 すなわち、「物価を加味しない額面どおりの名目成長率」が「物価を加味した実質成長率」を上回ることなのです。



 ・



 ただ、厄介なのは、「金融緩和さえしときゃデフレは克服できるという前提で、財政出動には消極的な連中」=「リフレ派」も、「名目成長が大事」という線までは言うということ。

 直近で失敗しているので現今リフレ派はもう死に体ですが、リフレ派は「ちょっとしたら復活する」というしぶとい性質があるので、警戒が必要です。

 実質で成長すりゃあいい……という誤解は「デフレは問題ではない思想」の問題で、これはリフレ派の問題とはズレる。



 たから、デフレ克服の敵は、

1「経済成長はもうできない派(リベラル)」

2「デフレは問題ではない派(経済学者)」

3「金融緩和さえしときゃ良い派(リフレ派、ホシュ)」

 などなど多様にあるという理解が必要になってきます。

 彼らは「政府は無駄遣いするに決まってる」という不況時の大衆的反政府的気分を、代わる代わるに代表するのであり、だからこそ適切な財政政策が施されずデフレが長期化しているわけです。

 そう考えると、日本人は自業自得でデフレで苦しんでいるのであり、まさに「ザマーミロ」という話なのですが、これからの若者のことを考えるとそうも言っていられないですね。



(了)

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森友騒ぎと大衆の卑劣さ 

 
 まず、森友学園問題騒ぎを振り返るのに、
 
ブログ“The Midnight Seminar”様の
 
『森友学園問題を理解するための個人的なメモと、まとめ年表』
http://blog.midnightseminar.net/entry/2017/03/31/132501
 
 を紹介させていただきたいと思います。
 
 
 左右いろいろな説明が施されてきた森友学園問題ですが、あの渦中にあってこの記事がおそらく日本で最も冷静な分析をされていたと思います。
 
 ほんとうに素晴らしいまとめだと思いました。
 
 私がこのまとめを要約してしまうと主旨を損なう可能性があるので、是非直接ご覧になってください。
 
 
 
 ・
 
 
 
 ただ、ここで気をつけたいことが一つあります。
 
 たとえば、推奨したこの記事には一つコメントが付いているのですが、この無粋なコメントを見ればわかるように、ただ「そうであること」を「そう」と言っているだけの記事に対して、すぐに「在日がどう」「サヨクがどう」という話をして誤魔化す人間がいるということです。
 
 でも、この森友学園問題「騒ぎ」の本質は、「これだけショボいこと」に対してあたかも三流芸人のごとくオーバーリアクションを取りまくる「大衆」がこれほど卑劣で、醜く、浅ましく、滑稽であるということに尽きるのです。
 


 ・



 そんなふうに言うと、

「大衆はそこまで考えていない」

「実際に森友学園問題を騒いでいたのはリベラルやマスコミじゃないか」

 と、おっしゃる方もおられるかもしれません。


 しかし、そうではないのです。
 
 そりゃあ大衆の一人一人は、別にサヨクのように森友騒ぎで「ウヨク叩き」をやろうなどとは積極的に思っていないでしょう。
 
 また、(内閣支持率というのが「イコール大衆の支持率」だと前提すると)大衆は安倍内閣を大いに信任してさえいる。
 
 
 ただ、そもそも大衆が安倍内閣を信任する理由を象徴的にかいつまんで言えば、
 
「なんか戦略感を醸して屈服感をやわらげつつアメリカに屈服して、その上で自衛隊を重んじる」
 ことによって
「自衛隊以外の国民(自分)の生命と財産を守ってもらえそう」
 
 という計算が一人一人の大衆の心うちに、ほぼ無自覚的にあるからでしょ。
 
 さらに、中国やISや北朝鮮など対外的な脅威への不安が高まる中、この力学はさらに大きいものとなっているので、自然と内閣支持率も高水準を維持するわけです。
 
 
 
 ただ、その一方、大衆はこうも思っている。
 
 すなわち、国家に縛られたくない……と。
 
 
 
 つまり、大衆というのは、「国家に縛られたくない」けれど「(自分の)生命と財産は守って欲しい」わけです。
 
 だから、自分の生命と財産が守られる前提の上で、なるべく国家が個人(自分)を制限しない程度に「政府を制限」しておけたらベスト……とほぼ無自覚的に計算している。
 
 そして、こうした無自覚の計算があることは、現代では別にノンポリもホシュっぽい人もリベラルっぽい人も同じなのです。
 
 ただ、その「計算観」がノンポリとホシュっぽい人とリベラルっぽい人で違うということに過ぎないのです。
 
(※こういう計算が大人の中にあることは、私は中学生の時から知っていることでしたので、当然今の子供も知っていることでしょう。そういう意味で子供は、このような属国民としての大人を憐れみ、自分も将来属国民として生きることになるのだと絶望しながら成長してゆくのです。また、これは今の大人も子供の頃は知っていたことだったに違いないけれど、社会に出て家族を作るためには知らないフリをしていないと心が壊れてしまうであろうことは明瞭なので、みんな「無自覚に計算しておく鍛錬」を積んでから社会へ羽ばたいてゆくのであります)
 
 
 
 だから大衆は、森友学園問題の騒ぎで「政府を制限していた」のです。

 つまり、

1「国民(自分)の生命と財産を守れよ!安倍!」

 という大衆的請求はデフォルトとしてあり、その上で、

2「国民(自分)を縛るんじゃねえぞ!安倍!」

 という制限を施すために、「戦前」を「踏み絵」にするのはとても都合が良いということ。


 誤解して欲しくはないのですが、私は別に戦前を取り立てて捨象して礼賛するつもりはないし、森友学園に至ってはそもそも嫌いです。
(※あんなに非人道的にイジメられて倒産させられるほどの罪があるとは思われませんけど)

 でも、「戦前」を「踏み絵」に「政府を制限」して「国家に縛られなくて済むようにしよう」とする仕方は、現代において戦前を取り扱う場合のメジャーなやり方でしょう。

 そりゃあ、今を戦前にする必要もなければ、今は戦前にならない。

 しかし、「今を戦前にさせない」などという強調がわざわざ必要になるのはそういうことでしょう。

 森友学園のような「戦前コスプレ保守」に対する「軽蔑」も普通限度というものがあるはずで、限度を越えた軽蔑は「差別」になるのであり、そして何故そういう差別が必要になるかというかと言えば「踏み絵」にして「政府を制限」し、「国民(自分)が国家に縛られないようにしている」からなのです。



 もちろん、大衆の大多数は「今を戦前にさせない」とか言わないし、「森友学園の戦前ウヨク教育がケシカラン」などとも直接言いません。

 それを言うのはサヨクの役割ですよ。

 でも、サヨクにそういう役割があるのは、そういう大衆の需要があるからです。

 そう。大衆は卑劣にも自分では直接言わないのです。

 だって、「これみよがしなウヨク叩き」は「これみよがしなウヨクそのもの」と同等に大衆の一人一人の処世としてはよろしくないでしょ。

 だから、「これみよがしなウヨク叩き」は、リベラルが大衆の求めるところを代行するというわけ。

 しかし、これへ大衆が直接加われる筋が一つあります。

 それは汚職や疑獄事件という筋です。

 大衆的処世では、「ウヨクがケシカラン」という差別はギョッとされるものであるが、「政治家叩き」や「既得権益叩き」や「役人叩き」はどれだけピーピー言っても許されえる差別ということになっている。

 だから、疑獄事件という装丁さえあれば、大衆処世的にはこれを騒ぐ障壁が緩和されることになるのです。

 すると、
1「疑獄事件を騒いでいる」
 という体で、
2「戦前のイメージを踏み絵にして政府を制限する」
 ことによって
3「国家に国民(自分)を縛らせないようにする」
 ということが可能になるでしょう。

 これは極めて都合が良い。

 都合が良いので大量に騒ぐ。

 森友騒ぎは、そういう大衆精神構造的に見事なまで都合の良い体系を有していたので「炎上」したのです。



 もちろん、その疑獄事件としての内容そのものが、それなりの騒ぎに値する内容であれば、上で申したような「大衆の都合」と断じるのは不当かもしれません。

 しかし、“The Midnight Seminar”様の『森友学園問題を理解するための個人的なメモと、まとめ年表』 でも述べられている通り、疑獄事件としての内容そのものはあまりに「ショボい」のです。

 でも、その「ショボさ」に関わらず大量の騒ぎに発展したのは、疑獄事件以外の都合が大量の大衆に共有されたからと考える他ないのです。

 さらに言えば、大衆はそうやってピーヒャラ騒いでいる時も、別に安倍内閣を倒そうと思っているわけですらない。

 ここでの大衆の目的は、安倍首相に「なんか戦略感を醸して屈服感をやわらげつつアメリカに屈服して、その上で自衛隊を重んじる」ことによって「自衛隊以外の国民(自分)の生命と財産」を守らせつつも、「戦前の踏み絵」を首相に踏ませて「政府を制限」して、なるべく国民(自分)を国家に縛らせないようにすること……なのですから。

 そして大衆はこうした卑劣で狡猾な態度を、「ニュートラル」で「中道」で「戦略的」で「国益を重視したもの」とすら思っていたりするのです。


(了)

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一票の格差の問題の問題~衆院選挙区の区割り 

・区割り法案が閣議決定 衆院97選挙区で見直し
https://m.newspicks.com/news/2245424



 第一に、「一票の格差」が個人のケンリを毀損しているというような最高裁判所の違憲判決は極めてチープ。

 最高裁判所が間違っているか、憲法が間違っているか。



 第二に、仮に一票の格差を是正するにしても、「議員定数を増やす道」も想定しうるのに、定数削減が大前提とされているのはおかしい。

 そもそも国家が複雑になればなるほど政治家の数が必要なのは明らか。



 第三に、そもそも一票の格差が広がった背景には国民全体で大騒ぎして行った90年代の「政治制度改革」によって小選挙区制度が導入されたことが大きな原因にもなっている。

 あの改革騒ぎが「あやまち」であったことについての国民レベルの反省がないままに、個々のケンリの保全ばかりに目が行くのは現代人の悪弊。



 第四に、一票の格差是正のために、人口の少ない選挙区の定数を減らしたり、道州制の発想に見られるように地方行政の過激な統合を進めれば、地方の経済や共同体をさらに衰退させてしまうことは明らか。

 すると、長期的に見ると、「一票の格差問題」→「是正」→「地方衰退と一極集中」→「さらなる人口格差」→「一票の格差」というふうに堂々巡りになってしまうはず。


(了)

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藤井聡教授のフィナンシャルタイムズ訳から読みとく~赤字財政拡大でアベノミクスは成功する 

 京都大学の藤井聡教授が以下のような記事を書かれております。


・英FT紙はなぜ「プライマリーバランス亡国論」を日本に警告するのか?=内閣官房参与 藤井聡
https://www.google.co.jp/amp/www.mag2.com/p/money/226316/amp

 内容は、イギリスのフィナンシャルタイムズのコラムが『 静かな、しかし実質的なアベノミクスの成功』と題して指摘する「アベノミクスの評価と不足箇所」を紹介するものでした。

 結論を言えば、「アベノミクスの不足箇所」とは、ひとえに「財政拡大の不足」ということです。

 つまり、

「政府がもっと借金をしてお金を使っていればアベノミクスは大成功してたんじゃね?」

 ということを、フィナンシャル・タイムズが指摘していたのです。




 そもそもアベノミクスは当初、「三本の矢」と言われて始められました。

 そのうち「第二の矢」というのはまさにその「財政出動」……つまり、「政府がよりカネを使うこと」であった。

 しかし、フィナンシャルタイムズの述べるところでは、

「政府の支出するお金がこれじゃ全然足りん。だから(そこそこ効果は出ているものの)アベノミクスは微妙な感じになっているのだ」

 というふうに言っているわけです。



 実際、第二次安倍政権成立以降、財政拡大と言える予算は2013年度だけです。

 2014年度以降は、当初予算こそ微増であるものの、補正予算の方は抑制され、年間の支出規模は総じて抑制されている。

 デフレを脱却しようという時に、これは明らかな支出不足です。

 だから、アベノミクスの問題は「金融緩和のやりすぎ」ではなく、「財政拡大のやらなすぎ」にある。

 そういう話なのです。


 ・


 では、何でこのような「財政支出の不足」が起こっているか。

 それは、日本政府が「愚かで場当たり的」な「財政均衡」にこだわっているからだと、フィナンシャルタイムズは指摘します。

 すなわち、年間の政府の「支出」を「収入」のぶんだけに抑えようとする思想が、結果として「政府支出の不足」を起こしていると言っているのです。



 ちなみに、この
「年間の政府の支出を収入のぶんだけに抑えようとする目標」
 を、
「プライマリーバランス目標」
 と言います。

 年間の支出が、年間の収入とピタリ一致して、プラス・マイナスゼロになれば、目標達成というわけです。

 このプライマリーバランス目標を、政府は2020年までに実現すると言ってきました。



 しかし、このプライマリーバランス目標実現のために「政府支出の拡大が抑制されてきた」ことが、アベノミクスにおける最大の癌(ガン)だと、藤井教授は訴えます。

 そして、フィナンシャルタイムズは、こうした目標によって政府の支出権限を制限するのは、「愚かで場当たり的」な対応であると非難しているのです。

 つまり、プライマリーバランス目標を撤廃することが、アベノミクスを真の成功へ導く第一歩なのです。

 逆に言えば、プライマリーバランス目標が存在する限り、適切な財政出動が不可能になり、デフレを克服することができず、故に税収も伸びず、プライマリーバランスそのものも毀損されてしまうでしょう。


 ・


 これらは安倍政権そのものがどうであろうと、別問題の厳然たる事実です。

 政府が赤字と借金を恐れずに「財政支出拡大」をしさえすれば、安倍政権の是非は別としても、アベノミクスは成功するのです。


(了)


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普通に2018年自民党総裁選で首相交代ではダメなのか? 


 そう言えば私、2016年はほぼ丸々一年ブログを書く余裕がなくお休みしていました。

 ですが、それなりに時事などを見ていた感想から言うと、去年はとりわけ酷い年でしたね。

 マジで病むかと思いました。

 ちなみに、私はそれで「倒閣運動をやろう」だなんて思わないけれど、「暴力ならば命と引き換えな分ギリギリセーフかも」とは思う派です。(やりませんけれど)

 それで、2016年は首相に「天誅」が下されても致し方ない出来事が少なくともすぐに三つは思い浮かぶ。


 第一に、天皇のお気持ちに従わず、専門家会議に従って譲位を特例法で済まそうとしていること。

 第二に、オバマの広島訪問後の真珠湾慰霊。

 第三に、トランプ当選後のTPP関連法案強行採決。


 他にも、日露外交の失敗やIR法案などあったし、おまけにギリギリ2015年末だったけど日韓合意がありました。

 2017年になっても相変わらず自由貿易路線は変わらないし、水道法や種子法など構造改革路線の「国家の切り売り」は加速しているようです。


 ・


 しかし一方で、「国民の政権選択で政権に鉄槌を……」みたいな話に至ると、私はそこには同意できません。

 何故なら、小選挙区制度に象徴される「一人一人の国民の政権選択によって時の政権に鎖を付ける」という民主主義的力学を、私は信じないからです。

 そう。
 原則として(暗殺でなければ)、安倍内閣は普通に自民党の総裁選で終わるべきなのです。

 ここ数年のことで言えば、2015年自民党の総裁選で他の候補が出なかったことが最大の問題だったのであり、衆議院選や参院選は別に自民党の勝ちでいいのだし、それ以外にありませんよ。

 安倍政権の問題とは別で「政権与党は自民党であるべき」だし、「安倍首相がダメ」ということと「自民党でなくても済むかどうか」ということはまた別問題でしょう。


 ・


 小沢、小泉に破壊されたとは言え、「自民党」の位相を抜きにして、行政官僚を中心にした国家の諸機能が果たされないのは、これまた無視せざるべからざる現実なのです。

 それは90年代の非自民連立、2000年代後半の民主党政権の歴史から見ても明らかでしょう。

 でも、自民党の位相がマストであるからと言って、別に安倍晋三氏が総裁、首相でなければならないということにはならない……というだけのこと。

 むしろ、安倍内閣が強く長期化すればするほど、次の総裁が首相をやるときの世論の風当たりが強くなる懸念がある。

 私の予想では、おそらく安倍政権後の数年後、再びリベラル政権が立つと思います。

 なぜなら、現今の大衆は、安倍政権を放逐しはしないだろうが、その次の自民党総裁を徹底的に放逐しにかかるであろうからです。

 つまり、結局のところ安倍総裁の次か、次の次で政権交代が起こる可能性が高い。

 それは、安倍政権が不当に長期化すればするほど、確率のあがる最悪な未来予測なのです。


 ・


 2018年に総裁選があり後に衆院選がありますけれど、これは「安倍三選」などという暴挙を許さないのが大事なのであって、現今では「自民党が新たな総裁で衆院選を勝ち抜く」という道筋が、考えうるあらゆる筋の中で一番マシなのです。

 その意味では、今年の三月の自民党党大会で正式に三選が党規則で認められることとなってしまったのは、非常に痛いことなのかもしれません。

 派閥組織や族議員の構造が壊れてしまっている以上、「首相の支持率」にすがる他ないという力学が自民党に蔓延しているのかもしれませんが、それでは自民党に未来はありません。

 自民党に未来がなくなることそのものは別にどーでもいいのですが、自民党に未来がなくなれば、日本は既存の政治構造を抜本的に失うことになります。

 自民党員にはそこらへんよくふまえて、次期総裁と2018年総裁選について真剣に考えてもらいたいです。


(了)

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